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第8話 見つける。

それから十分後。

俺たち三人はいくつかの動詞カードを〈見つけ〉ていた。


【見つける】他動詞、ラ行下一段活用


とは言え、俺以外の二人はその場を動けないわけだから、見つけたカードの回収は俺の仕事だった。正直に言うと、ぎこちない動きのせいで身体じゅうの筋肉が痛いのだが…。

まず最初に見つけたのは、〈歩く〉だった。


【歩く】自動詞、カ行五段活用


ピクトグラムは、立って両足を動かす人のシルエット。この動詞を思い出した瞬間の爽快感は言葉で言い表せないほどだった。もはや右足、左足の動きを考える必要はなく、従来よりもはるかに優雅でスマートな動きが可能なのだ。少しも記憶にないが、ガキの頃に初めて立って歩いた時もこんな気持ちだったのだろうか?この歳になって再び歩くことの喜びを知るとは思わなかった。


次に見つけたのが、〈持つ〉。手の中にボールがあるシルエットだった。


【持つ】他動詞、五段活用


歩くほどではないが、持つもまた便利な動詞だった。

「さあ、思い出して」

俺はカードを二人に見させながら、微妙な違和感を感じていた。見させるとは、動詞〈見る〉の使役形である。だから「俺は二人にカードを見させた」で、文法的には正しいはずなのだが、どうにも違和感が残る。もっと言えば、そこには強制的なニュアンスが生じるのである。現に、二人は明らかに不愉快そうだった。

「この状況下でとやかく言いたくはないが…。私は一応お前より年上だぞ。もう少し態度というものがあるんじゃないのか」

「イスルギさん、ちょっとエラソ。正直、フカイですネ」

動けない二人のための行為なのだから、文句を言われる筋合いはない。好き勝手言われて、こっちだって不快である。が、俺も流石にちょっと考えた。見させる、より、もう少し適切な動詞があるはずなのだ。きっと、〈見る〉からそれほど遠くない場所にあるはずの動詞なんだろうが…。

――あ。〈見せる〉、か。


【見せる】他動詞、サ行下一段活用


手に持ったカードを水書とホセ君に見せる。これなら使役による強制のニュアンスもなく、自然にカードを見せられる。

「なるほど、見ると見せるか。本来別の動詞のはずだが、意味が近いと思い出せるのか?これは発見だ」

水書はぶつぶつ言いながらペンを動かしていた。メモを残しているのだろう。


今度は〈開ける〉を見つけた。段ボールの上にあったから、俺は思い出した記念に箱を開けてみる。中にはさらにもう一枚のカード〈入る〉があった。いや、せっかく思い出したのだから〈入っ〉ていた、と言うべきだろうか。


【開ける】他動詞、カ行下一段活用

【入る】自動詞、ラ行五段活用


その後、ドアの隙間にあった〈行く〉と〈上がる〉のカードを見つけた。これで見つけたカードは7枚。


【行く】自動詞、カ行五段活用

【上がる】自動詞、ガ行五段活用


「これだけ見てもないのなら、恐らくこの部屋にある動詞カードはこれで全部だろうな」

「おーぅ。少なーイですネ」

水書の言葉に、ホセ君はがっかりした様子を見せる。だが俺はカードの少なさについてではなく、そもそも何故ここにカードがあるのかを考えていた。俺の背中に付いていたカードと言い、箱を開けると入っていたカードと言い、明らかに作為的である。水書も同じことを考えていたらしく、俺の視線に気がつくと、独り言のように言った。

「このカードは動詞を消したヤツが残した、ということか?」

現状、そうとしか考えられない。だが理由がわからなかった。

「トコロデ、他の皆サンは、ドコデショー?」

それもわからない。昨日から外は雪だし、多分三人ともこの家のどこかにいるとは思うのだが…。適切な動詞なきいま、気軽に彼彼女らの場所を知ることは難しいのだ。

我らがシェアハウスは二階建てであり、ここリビングとキッチンは一階にある。一階にはほかに、俺の部屋とホセ君の部屋、風呂、トイレ、洗面所、あとは玄関。俺の部屋には当然誰もいないから、それ以外の場所だ。

「ホセ君の部屋には誰もいないよね?」

「ノーバディデスね。僕の部屋イツモ孤独」

ソロ活サイコーウです、とホセ君は言った。ということは、風呂やトイレに行っているのでない限り、三人は二階の部屋にいるのだろう。

二階には四つの個室がある。水書の部屋と、ここにいない三人の部屋。すなわち、宮食サク、和賀宮ヤスカ、それから静水止シュウの部屋だ。

「多分みんな、それぞれの部屋にいるんじゃないですか?」

俺がそう言ったとき、二階から何かが動く物音が聞こえた。思わず俺たちは天井を見上げる。やはり二階に誰かがいるらしい。

「誰でショ?」

「わからん。だが、物音を立てられる、ということはつまり、何らかの動詞を知っているということだ」

「動詞が消えたのは俺たちだけだったんですかね?」

「さあな。それよりも私は、犯人の足音である可能性が高いように思う」

物音は水書の部屋のあたりから聞こえたように思うが、正確にはわからない。

「とにかく、まずは水書さんの部屋に行きましょう。廊下の一番奥だから、他の部屋の様子もついでに見られる」

「ああ。だが気を付けろよ」

水書は妙に深刻な様子である。

「何に気を付けるんです?」

「犯人に、だよ。お前、犯人が何故動詞を消したのか、目的を考えなかったのか?」

俺は首をふるふると左右に動かした。わからない。けど、イタズラとかじゃないのか?

「もちろん、単なるイタズラの可能性はある。だが仮に動詞を消すこと、それ自体が目的ではなく、手段だったらどうだ?」

「…つまり?」

「動詞が消えたことは事件じゃない。本当の事件はこれから起きる、ということだ」

「ワオ。ジケーン、デスか?」

「そうだ、事件だ。恐ろしいことが起きるぞ」

「ナンチューコトデス…」

ホセ君はあんぐりと口を開けている。いや、どうだろうか。懐疑的な俺とは対照的に、水書はもう完全に推理小説モードに入っていた。

「とにかく、注意が必要だ。今の私たちはひどく無防備だぞ」

あんまりそう言われると、流石の俺もちょっと怖い。そんなわけがないと思うが、実際俺たちが無防備なのは事実なのだから。

俺はおそるおそる、廊下へのドアを開けた。



☆これまでの動詞は、三十八個。 (意味別)

〇存在

ある、いる

〇発生・消滅

生まれる、起きる、起こす、起こる、消す、消える、現れる、残る、とどまる

〇獲得・所有

持つ

〇知覚

感じる、見る、聞く、嗅ぐ、触れる、味わう、見つける、見せる

〇知的行為

思う、考える、知る、望む、わかる、よぎる

〇移動

動く、動かす、歩く

〇位置変化〇

入る、上がる

〇状態変化〇

開ける

〇接触〇

付く、付ける

〇作成

立つ

〇言語行為

読む、言う



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