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動詞が消えた夜
動詞が消えた夜
0和田理史
文芸・その他ノンジャンル
2025年02月08日
公開日
4.5万字
連載中
あらゆる動詞を消し去るという謎の発明品「動詞ナイザー」。 水書教授がどこからか持ってきたそのマシンによって、平穏なシェアハウスは混沌と恐怖の館と化した。 我々はもはや、〈話す〉ことも〈歩き回る〉こともできない。 それどころか〈泣く〉ことすらできない…。 恐ろしいくらい地味で、そのくせ致命的な事件が幕を開ける。 ※※※※※※ 本作品は、一部を除いてほとんどの動詞が失われた状況から始まる。 主人公である石動は、限られた動作しかとることができない。 また、彼自身の意識である小説文章自体も、限られた動詞のみで記述される。 話が進み、石動が思い出すことによって動詞の種類は増える。 なお、石動が有する動詞については、各章末尾のリストを参照。

第1話 消える。











暗い。



なんだ、これは。


どうして真っ暗なんだろう?

上も下も、右も左も、前も後ろも真っ暗だ。何もない。

ただひたすらの闇。


ここはどこだ?


それにしても不思議な感覚だった。目がおかしいのではなく、本当に真っ暗である。停電でもない。


だいいち、暗いだけじゃないのだ。ここには少しも音がない。

怖いくらいの無音。それからにおいもないし、暑くも寒くもない。

もちろん酸いも甘いもないし、痛みも柔らかさもない。

一切の感覚がなかった。


いや、感覚どころか、この空間には何もないのだ。

創世の神話以前のような、一条の光すらない状態。

じゃあ俺は神か?

いや、それはおかしい。そんなはずがない。

俺の名前は石動で、年齢は二十四歳。男性。身長百七十二センチ、既往歴はなし。ついでに仕事もない。無職だ。

要は、俺は神でもなんでもなく、ただの一般人なのである。

それじゃ、この状況は何だよ?

無職の一般成人男性と虚無の真っ暗闇。

それとも、もしかしてこれは精神的な話なのか?

俺の将来の希望が何もないから、ここにも光がないのか?

特にあてもなく計画性のない人生だから、真っ暗なのか?


いや、そんなことはない。絶対に。

ここにないのは、ローソクとか太陽とか電灯だとかの物理的な光源でもなく、あるいは俺の将来の希望とかの抽象的な明るさでもなく、もっと別のもの。

恐らくは言語的なものだ。つまり?


――ここには、動詞がない。



そう、ここには動詞がないのだ。

これまでの俺の思考も、名詞とか助詞とか形容詞だとか、すべて動詞以外のものだった。

「暗い」は、形容詞。「なんだ」は助動詞で、連体形活用。「これは」は、指示語「これ」と副助詞「は」。「右も左も」は…。

いや、これではまるで、ひどく退屈な国語の授業みたいだ。

そうじゃない。問題はこまごまとした文法のことじゃなくて、動詞がないことだ。

どうして動詞がないんだろう?

ひどく奇妙だ。

俺という存在には、というか人間全般には、動詞が必要不可欠なはずだろう?だって俺たち人間は「動物」なのだから。

それなのに動詞のことをちょっと考えようとするだけで…。


あれ?


おいおい、〈考える〉だなんて…。

そりゃ、どう〈考え〉ても動詞だろう。


【考える】他動詞、ア行下一段活用。


よかった、動詞があった。

まあ考えてみれば当たり前の話だ。「思考」は考えるという動詞が前提なのだから。


あれ?


「思考」ということはつまり、〈思い〉そして〈考える〉ことじゃないか。

(すると当然、〈思う〉も動詞だよな)と、俺は思った。


【思う】自動詞、ワ行五段活用。


(われ〈思う〉、ゆえに、われ〈あり〉!)


【ある】自動詞、ラ行五段活用 。


素晴らしい。これで動詞は三つ。〈ある〉は存在の意味。〈思う〉と〈考える〉は知的行為の意味だ。

それではこの調子で〈考え〉よう。何故、ここは真っ暗なのか?

理由は恐らく、知覚の意味の動詞がないからだ。具体的にその動詞が何かを考えても…。

ダメだ、全然わからないな。少しも〈思い出せ〉ない。

…おっと、ここでまた一つ、知的行為の動詞だ。


【思い出す】自動詞、サ行五段活用。


いやあ素晴らしい。

この状況において、〈思い出す〉は相当たのもしい動詞だ。

これさえあれば、過去に何があったのかを〈思い出せ〉る。

なぜ動詞がないのか、その理由が〈わかる〉はずだ。

…ここで動詞がまた一つ。さっきと同じく、知的行為の動詞である。


【わかる】自動詞、ラ行下二段活用。


それでは、さっそく思い出そう。

確かあれは、つい昨日の出来事で…。





■■■■■■■■

これまでの動詞は、五つ。(登場順)

考える

思う

ある

思い出す

わかる




☆基本ルール☆

この小説では、主人公である石動が思い出した動詞のみが文章に登場する。

開始時点では動詞はゼロだが、徐々に石動は動詞を取り戻していく。


なお、初出の動詞は基本的に〈山括弧〉つきで表記される。

例:〈思い出す〉


また、各章の末尾に「思い出した動詞のリスト」を掲載する。


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