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1-1. 凍れる炎帝



 この世界には、「持つ者」と「持たざる者」がいる。

 精霊に加護を受けし者――すなわち、魔法を使える者と、そうでない者だ。


 精霊たちの多くは気まぐれな存在で、誰に加護を与えるかは気分次第。

 散歩中に偶然見つけた生まれたての赤子に加護を与えてみたり。祭りや酒宴で仲良くなった人間に加護を与えてみたり。病魔に襲われた者を哀れに思って、加護を与えてみたり。

 中には、一つの街の住民全てに加護をかけている、酔狂な精霊もいるという。


 精霊たちの中でも、最も力が強いとされるのが、地水火風光闇の六大精霊である。

 光と闇の精霊に関しては謎に包まれているが、地水火風の四大精霊は、他の精霊たちのように気まぐれで加護を与えることはなく、代々同じ血族の者に加護を授けることが多い。

 大精霊の加護を受けた者は、皆、特別強い魔法の力を持つ。そして、その代わりに、精霊たちにとって大切な地を保護する役目を負っているという。


 ある者は、一国を治める王となり。

 ある者は、教会で精霊のために祈りを捧げる日々を送り。

 またある者は、人里離れた地で自然と共に生きる。



 だが。

 強い力を持つということは、すなわち、畏怖され忌避される存在にもなり得るということだ。

 中でも、火の精霊の加護を受けた男は、他者を圧倒する力を持ち、人々から畏れられていた。


 男がひとたび手を振るえば、辺り一面に高温の白炎が迸る。

 彼は人の身にして、魔の者や異形の者すら平伏させ、凶悪なドラゴンをも使役するという。


 男は、いつしか人の世界を捨てた。

 恐ろしい魔物の棲む森の奥で、男は一人、ひっそりと暮らしている。


 男の髪は闇を溶かしたように真っ黒で、瞳は燃えるように紅く輝き、人とは思えぬほど美しい。

 しかしその心は、氷刃のごとく冷酷無慈悲で、何者にも溶かすことが出来ない。

 付いた二つ名は、『凍れる炎帝』フリージング・ブレイズ――麗しき孤高の炎使い。



 ――あの日、私は死んでしまうはずだった。

 そんな私が、『凍れる炎帝』フリージング・ブレイズに拾われたのは、精霊の導き――あるいは運命、だったのかもしれない。



 ――*――*――



 パチ、パチ。


 炎が爆ぜる小さな音で、目を覚ます。

 ゆっくり瞼を開くと、目の前にあったのは――ツヤツヤの鱗に覆われた、輝く黒い瞳だった。


「わあ!? 目が開いたです!」

「えっ……?」


 驚きの声をあげると共に、黒い瞳は遠ざかる。

 風を感じて瞬きを繰り返している間に、声の主は私に背を向けた。


「アデルー! 川で拾ってきた女の子、起きたですー!」


 声の主は空中に浮かび、緑色の鱗に覆われた翼をパタパタと動かしながら、甲高い声で誰かを呼んでいる。

 その姿はまるで、翼の生えた――、


「……トカゲ?」

「きぃー! 失礼な奴なのですー!」


 空飛ぶトカゲは、私の呟きに即座に反応し、振り返った。


「どっからどう見ても、ドラコはドラゴンの妖精なのです!」

「っ、ドラゴン?」


 空飛ぶトカゲ……もとい、ドラコという名前らしいその生き物は、ドラゴンの妖精らしい。

 ドラゴンというと、私の知識では巨大で凶悪な魔物のはずだが……ドラゴンの妖精、とは一体――。


「ぷんすか! トカゲは喋らないし、翼もないし、ツノだってないし、こんなに可愛くないのです! キサマの目は節穴なのですー!」

「ご、ごめんなさい。今まで、ドラゴンの妖精さんに会ったことなかったから」

「……ふむ? まあ、魔物体じゃなく妖精体の姿をとれるドラゴンは珍しいですからね」


 ドラコ……くん? ちゃん?

 性別はわからないが、ドラコさんは、鼻息を荒くしてプリプリと怒った。しかし、私が正直に謝ったら、少しだけ溜飲を下げてくれたようだ。


「ところで……私、生きてる、のよね」

「そりゃあこうしてドラコと喋ってるんですから、アンデッドじゃなかったら、生きてるんでしょうね」


 まだ怒りは収まっていないらしい。ドラコさんはつっけんどんに言葉を返す。


 どうやら私は、ベッドに寝かされているようだ。身体のあちこちが痛くて、思うように動かせない。

 視線の先、ドラコさんの後ろには暖炉がある。それが、パチパチと爆ぜる音の正体だったらしい。


 部屋は木造で、あまり広くはない。窓はあるものの、シンプルなカーテンが引かれていて、この家の場所はわからなかった。


「あの、ここは……」


 ドラコさんが質問に答えてくれるより先に、部屋の扉がノックされる。

 ドラコさんがパタパタと飛んで行って扉を開くと、一人の男性が入ってきた。


 見たところ、二十代前半だろうか。彼は長い黒髪を腰まで伸ばし、緋色の髪紐で一括りに纏めている。ゆったりとした、黒一色の、ローブのような衣服に身を包んでいた。


 長い睫毛、すっと通った鼻筋、薄い唇。秀麗な面輪は凍れるように冷たく白く、きめ細やかだ。

 切れ長の瞳は燃えるように紅く、新雪に落ちた血痕のように、鮮やかで――けれど、とても澄んでいた。


 人の域を超えた芸術品のような美しさに、私はただただ、彼の顔をぼうっと眺める。

 彼は、私の顔を一瞥すると、すぐにドラコさんの方を向く。

 そうして、形良い唇から発せられたのは、氷のように研ぎ澄まされた、冷たく低い声。


「――それで? 何を騒いでいた?」


 その鋭利な響きに、私は思わず息を呑む。

 だが、ドラコさんは物怖じする様子もたじろぐ様子も見せることなく、男性に返答した。


「聞いてくださいアデル! この小娘、起きるなりドラコをトカゲ呼ばわりしたのです! トカゲは喋らないし、翼も――」


 トカゲという言葉は禁句だったのだろうか。ドラコさんの怒りはまた復活したらしく、アデルと呼ばれた男性に対して、先程私にまくし立てたのと同じ話を繰り返している。


「ドラコ、普通の人間はドラゴンの妖精体を見たことがないんだ。そう怒るな」

「……むぅ、アデルがそう言うなら仕方ないのですー」


 不服そうなドラコさんから視線を外し、黒髪の男性――アデルさんは秀麗な顔をこちらに向ける。澄んだ紅い瞳が、まっすぐに私を見据えた。

 私は慌てて起きあがろうとするが――、


「――痛っ」


 身体を起こそうとすると、鋭い痛みが走る。私は顔をしかめた。


「そのままでいい。全身に傷や打撲がある。俺には医療の心得がないから、簡易的な手当てしか出来なかった。傷が開くとまずいだろう」

「す、すみません」


 冷たく固い表情や口調とは裏腹に、アデルさんの言葉は、私を心配するものだった。

 それに、どうやら、私を治療してくれたのも彼のようだ。案外、怖い人ではないのかもしれない。


「あの……助けて下さり、ありがとうございます」

「いや、構わない。ドラコ、水と何か食べる物を」

「了解ですー!」


 ドラコさんはパタパタと空を飛び、部屋の外へ出て行った。


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