お兄ちゃんのインスタについて盛り上がっていると、いつの間にか学校の近くまで来ていた。
もう少し話してたかったなぁ。
ちょっと残念。
「あ、中居だ」
その言葉に前を向くと、向こう側から歩いてくる中居先輩が見えた。
私が軽く会釈をすると中居先輩は手を挙げて応えてくれた。
すると次は何かに気付いた様子で頭を抱え……
「ワッ!」
「きゃっ!」
「うぉ!?」
びっくりした!
突然後ろから響いた声に身体が跳ねる。
振り向くと、そこにはしたり顔の田口先輩がいた。
「おい田口! 急に何すんだよ!」
「佐藤くんだってどういうつもりさ! 朝からそんなカワイイ子と同伴なんてずるいじゃないか!」
「いや同伴って……それにこれは妹だから」
「え? そうなの?」
「あ、はい」
「なんだ~ビックリしたよ! あまりにも仲睦まじかったからさ。一瞬カップルかと思ったわ」
「お前はカップルにいつもそんな事やってんのか!」
ツッコミを入れるお兄ちゃん。
それにしても、カ、カップルだなんて。
すると次は水樹先輩が会話に入ってきた。
「バカ田口。だから『あの子は違う』って言っただろ?」
「それなら妹さんって言ってよ!」
「言う前にお前が先行ったんだろ」
2人の先輩がギャーギャー言い合っていると、中居先輩が合流した。
「ったく。お前は朝からテンション高すぎんだよ、田口」
「あ、中居くんおはよ! 中居くんからも言ってやってよ~」
中居先輩にすがるようにしがみ付く田口先輩。
コントみたいで面白い。
「しょうがねぇなぁ、俺は反対側から全て見てたからな」
「な、中居く~ん」
「田口、お前は水樹の声に振り返りもせず、気持ち悪い笑顔と忍び足で佐藤達まで近づき、犯行に及んだ。よって有罪」
「えぇ~!」
「田口容疑者は『カワイイ女子と登校してるから嫉妬した。後悔はしていない』と供述しており」
「佐藤くんまで!?」
「「「ハハハ」」」
今のやり取りを見るだけで楽しい学校生活が送られているのが分かる。
「……と、まぁ冗談は置いといて」
コホン、と水樹先輩はわざとらしく咳払いをする。
「お前達、いつまで腕組んでるんだ?」
その言葉でお兄ちゃんの腕をガッチリと抱えていた事に気づき、私は慌てて手を放した。
「やっぱり兄妹仲良いんだな」
「ま、まぁな。そんなことより中居はどっか行ったのか?」
「ほっとけ。俺の話なんてどうでもいいだろ」
「そうだぞ友也。中居は及川に連れまわされて大変だったんだ」
「勝手に決めつけんな」
「いいや、間違いないっしょー! 2人共部活終わったらそそくさと帰っちゃってたし?」
「チッ」
図星を突かれたようで中居先輩はそっぽを向いてしまった。
及川先輩がちょっと羨ましい。
「そうそう、友也と柚希ちゃんは楓達と海行ったんだろ?」
水樹先輩が爽やかな笑顔を向けてそう言った。
そういえば先輩と沙月ちゃん達は従兄妹だったっけ。
「ユウ姉と沙月が世話になったな」
「いえ。私も沙月ちゃんと友華さんと仲良くなれたので楽しかったです」
「あぁ、そうだな。というか水樹も誘えばよかったな。ごめん」
「いや、ユウ姉から話は聞いてたんだけど、何というか、色々忙しくてどうせ行けなかったと思う」
「色々?」
バイトでもしてたのかな?
お兄ちゃんと一緒に首を傾げていると田口先輩が
「はぁ~。合コンは不作だったし、どうせなら俺達も海行けばよかったね!」
とケロッとした様子で言った。
「なるほど合コンか」
「まぁな。コイツが『どうしても彼女ゲットしたい』ってしつこくて」
「いやいや~水樹くんだってノリノリだったじゃないの~」
「オマエほどじゃねぇよ」
水樹先輩って新島先輩の事が好き……なんだよね?
やっぱりみんなには隠してるのかな。
「で、結構な数こなしたけど田口は1人もゲットできなかったワケだ」
「あ? そりゃそうだろ。それが田口だからな」
「グサッ! それを言わないでよ~」
そう言って田口先輩はオーバーリアクションでその場に膝をつく。
それを見てみんなが笑顔になる。
それから暫く談笑した後、校舎の前でお兄ちゃん達と別れた。
上履きに履き替え教室までの廊下を歩く。
『久しぶりだね』
『夏休みどうだった?』
校舎内はどこもそんな会話が飛び交っていた。
真っ黒に日焼けした女子や、ピアスを空けている男子もいた。
私にとって一番の夏休みの思い出は、みんなで海に行った事だ。
最初は自分の為に持ち掛けたハーレムだったけど、今はただ、もっとみんなと一緒にいたいと思ってる。
お兄ちゃんを好きな気持ちは変わってない。
けど今はそれと同じくらい、みんなの事が好きだ。
教室に入り席に着くと数人の女子に話しかけられた。
「おはよう佐藤さん」
「おはよう」
「ねぇねぇ、さっき校門前で水樹先輩達と話してたよね?」
「え? うん」
「あの先輩達と仲良いなんて、羨ましいなぁ」
「ん~私自身が仲良いってわけじゃないんだけどね」
私はただ知り合いと普通に会話してただけなんだけどなぁ。
「気づいてた? 通る生徒みんな注目してたよ!」
「そ、そうなんだ」
「3学年まとめてもトップ人気の先輩達と、あんな目立つ場所で仲良く話してたら見ちゃうよね~」
「そうそう! やっぱ佐藤さんってすごいよ」
そう言って彼女達は羨望の眼差しを向けてくる。
まさかここまで褒めちぎられるなんて。
「そんな事ないって」
「え~謙遜しなくてもいいのに~」
別に謙遜でも何でもなく、自分でも信じられないくらいに優越感がなかった。
正直、欲しくもない賛美を塗り付けられているような気分。
「ほらほら~騒いでないで席つけ~」
先生と日直当番のめぐが教室に入ってきた。
めぐは先生にお辞儀をすると自分の席に座った。
新学期初日のSHRが始まる。
先生はまず簡単な挨拶と連絡事項を終えた。
「来月は文化祭だ。知ってるとは思うが、ウチは体育祭はない。その代わり! どこよりも気合の入った文化祭になるように皆で頑張ろう!」
「「「はぁ~い」」」
「うん。いい返事だ。じゃあ早速クラスの出し物を決めようと思う。その前に! 文化祭実行委員やりたい奴いるか~?」
先生は手を挙げながらクラス内を見渡す。
私自身も含め誰も手を挙げなかった。
隣からめぐが小声で話しかけてきた。
「ゆず、やらないの?」
「ん~、今回はいいかな」
「そっか。じゃあ私、やってみようかな」
こうして実行委員にはめぐが選ばれた。
今日は初日という事もあって、SHRが終わるとすぐに下校の流れになった。
私が帰り支度を整えているとめぐが
「ねぇゆず。何かあった?」
と、少し心配そうな顔で問いかけてきた。
「体調悪いとか、しつこく付きまとわれてるとか?」
「あはは、全然。急にどうしたの~?」
「だっておかしいよ。いつもなら委員会とか積極的に立候補してたのに」
「たまたま気分じゃなかっただけだよ」
そう笑顔で返すが、めぐはまだ納得していないみたいだ。
めぐは少し俯きがちに口を開いた。
「夏休みの関東大会の時から感じてたんだ」
「え?」
「ほら、ゆずって負けず嫌いなところあるから。負けた時はすっごく悔しそうな顔、昔はしてたから」
確かに昔の私なら目立とうとしたと思う。
誰よりも目立って、誰からも認められる事が何より嬉しかったから。
「……そう、だね」
「大会で新島先輩とゆずが負けちゃって、新島先輩が倒れた時、何て声を掛けたらいいか正直わからなかったんだ。だけど新島先輩もゆずもすごく明るくて、まるで何も後悔してないって、そういう顔をしてた。今もそう。何ていうか、前よりいい顔してる」
「…………」
ずっと注目を集める事だけ気にしてた。
人に〈どう見られているか〉なんて、考えもしなかった。
「ゆずは変わったね」
「……っ!」
その言葉を聞いた瞬間、何かがハッキリと見えたような、そんな気がした。
中学の卒業式の日から、お兄ちゃんを変えたいとずっと思っていた。
その想いで今まで色々とやってきた。
――――でもその中で私自身も変わっていったんだ。
私が一番変えたいと思っていたのは、私自身だったのかもしれない。
「そっかぁ。ふふ、そうかもね」
私は笑顔でそう答えた。