ふと目が覚める。
スマホのボタンを押し夜明けにはまだ早い事を知る。
目を閉じる、けど妙に寝つけない。……お兄ちゃんの布団だけ空っぽだ。
どこ行ったんだろう。トイレかな?
辺りをよく見まわす。
障子が少し開いていた。
隙間を覗くと、お兄ちゃんの姿が見えた。
お兄ちゃんも眠れないのかな。
みんなは、まだ寝てる。
今なら……お兄ちゃんと2人きりになれる。
私は静かに布団から抜け出し、縁側に腰掛けた。
「……ん? あぁ、柚希か」
「なに黄昏てんの」
「ちょっと目が冴えちゃってな。夜風に当たってたんだ」
月明りの下、裏庭の中心で佇んでいるお兄ちゃん。
いつもとは違って見えるその横顔に、胸が一瞬高鳴った。
「――よな」
「え? 何?」
「だから、沙月と友華さんが仲直りできたみたいで良かったよな、って」
「あ、うん。そうだね」
私の相槌に微笑むと、お兄ちゃんは私の隣に腰かける。
家で会議をしている時とは違う。
非日常的な雰囲気に、緊張が高まっていく。
「柚希、変わったな」
「急に何よ」
「だって初めて友華さんの話をした時は『他人に構っていられない』って言ってたのにさ。自分の事みたいに嬉しそうにして」
「私、そんな顔してた?」
「してた」
自覚が無かった。
ペースが乱れる。
お兄ちゃんの所為だ。
だけど、自分の事のように嬉しく感じているのは本当だ。
やっぱり私、変わったんだ。
「まぁ、そりゃ嬉しいよ。沙月ちゃんも友華さんも、友達なんだから」
「あぁ」
「仲良くなって、お互いの事を話すようになって、力になりたいって思った」
「友達だからな」
「うん。でも、それだけじゃない」
「え?」
「私達と同じだったから」
「俺達兄妹と、あの姉妹がか?」
「友華さんは沙月ちゃんの事を想って身を引いた。沙月ちゃんはお姉ちゃんの事が大好きなのに素直になれなかった。そんなところがお兄ちゃんと私の関係とダブって見えたんだ」
「確かに、友華さんと俺って地味だったところとか、妹にプロデュースされた経緯とか似てるかもな。ってことは、柚希と沙月も……」
「うん。」
私はコクリと頷いた。
「友華さんって水樹先輩と同じで、小さい頃は結構人気があったみたいなの。そんな2人に憧れていた面が悪い方に発展しちゃったから沙月ちゃんが男遊びが好きな子になっちゃって」
「なるほどな。だけど柚希とどう関係してるんだ?」
「それは……」
私は言葉に詰まった。
このまま流れで話してもいいのか迷った。
――私は小さい頃、人気者だったお兄ちゃんに憧れていた。
私が虐められて困っていた時はいつでも助けてくれて、どんどん好きになっていった。
お兄ちゃんに近付くために、頑張って努力して、みんなが認める私になったんだ。
だから、本当はお姉ちゃんが大好きな沙月ちゃんの気持ちが、私にはわかる――。
「柚希……それって、つまり……」
「え?」
「だからその、小さい頃から俺に憧れてて、だから沙月の気持ちがわかる……って」
その言葉でようやく気が付いた。
もしかして、口に出てた?
考えてた事、全部。
「私、そんな事言ってた……?」
「お、おう」
えーーーー!?
どうしよう!
ここまで言うつもりなかったのに!
これじゃずっと好きでしたって言ってるようなもんじゃん!
恥ずかしさで顔が熱くなる。
「聞いてるのか?」
「えと、その……」
どど、どうしよう。
でも今更言い訳するのも、おかしい、よね?
あ~でもでも、このチャンスを逃したら次はいつになるかわからないし!
頭が混乱してぐちゃぐちゃになる。
「私……」
「何だ?」
「お兄ちゃんの事が好き」
気が付くと思考が追い付く前に本音が出ていた。
「本当は小さい頃からずっと好きだったの!」
ヤバイ。
もう言い訳できない。
「柚希」
「ごめん……今の忘れて」
「いいから。こっち見ろよ」
真剣な眼差しで見つめてくる。
今までで一番カッコよく見える。
ダメだ。
心臓が鳴り止まない。
「俺も……柚希の事が好きだ」
思いもよらない返事が返ってきた。
突然の事で喜んでいいのかもわからない。
だけど、私の答えは一つ。
私はゆっくりと、眼を閉じる。
「お前は最高の妹だ」
「……え?」
「俺がここまで変われたのも柚希のお陰だ。それにほら、料理も上手だし」
「いやぁ、こう改まって言うのも恥ずかしいな。はは」
もしかして、伝わってない?
まさかここまで鈍感だとは思わなかった。
はぁ。
「どうした?」
「何でもない」
「何怒ってるんだよ」
「怒ってない! おやすみ!」
思い切り八つ当たりした私は、静止を振り切りそのまま布団にもぐりこんだ。
そして朝まで恥ずかしさと情けなさと八つ当たりの怒りでずっと悶えていた。
気がついたら朝になっていた。
いつの間に寝たのかもわからない。
「おっはよー!」
「ふぁ……おはよう南」
「ん~うるさいですねぇ。毎朝こんな感じなんですかこの人は」
「トゲトゲしないの沙月。賑やかでいいじゃない」
眠い~うるさい~。
その言葉だけが頭を巡る。
すると突然、思い切り布団をはがされる。
「柚希ちゃーん! おはよー!」
「うー」
「さぁさぁ起きて起きて! 朝ごはんが逃げちゃうよ~」
「お腹すいてないですー」
両腕を引っ張られて上体を起こす。
寝ぼけた目をこすると、水瀬先輩は隣の布団にダイブしていた。
「おはよう、寝坊助さん。兄妹揃って寝坊なんて仲良いわね」
「そうだよ~柚希ちゃん。あ! もしかして昨日何かしてたんじゃ」
「え? そうなの柚希ちゃん?」
私は無言で首を振る。
眠い。
「そうよね。兄妹なんだから何もないわよね」
「禁断の兄弟愛……は無いですか。少し残念ですね」
「何言ってんのお姉ちゃん。さ、友也さんも起きたみたいだし私達は先に朝食行きましょ!」
私とお兄ちゃんを置いて先に部屋を出ていってしまった。
「お兄ちゃん。おはよ」
「ふぁ~。おはよ、柚希」
「先、洗面所使うよ」
「はいよ~」
身支度をし布団を軽く整えながら考える。
お兄ちゃんにもし昨日の事をまた訊かれたらどうしよう。
次は誤魔化せない。
恐る恐るお兄ちゃんの顔を見ると、目が合った。
「どうした? オバケでも見るような顔して。もう朝だぞ心配するな」
「な、何でもない!」
普段通りに接してくる。
昨日はそれが憎たらしかったけど、今はそのままでお願いします。
「とりあえず朝食行こうか。みんな待たせてるし」
「うん」
ドアノブに手をかける。
「そうだ柚希」
「ん? 何?」
「俺、お前がずっと好きでいてくれる兄貴になれるように頑張るよ」
力強く優しい笑顔でそう応える。
ずっと昔から好きだった、私の大好きなお兄ちゃんの笑顔。
その笑顔が見れるだけで今はいい。
そう思えた。
「そんなんで満足しないでよね。私のお兄ちゃんなんだから」
「おう。任せろ」
「ほら早く行こ。私もお腹すいちゃった」
私も自然と笑顔になる。
私達は部屋を後にし、食堂へ向かった。
それからみんなと楽しく朝食を摂りチェックアウトをした。
帰りの電車の中でも、南・沙月コンビが場を盛り上げていた。
そんな沙月ちゃんを優しく見つめる友華さんを見て、私まで優しい気持ちになれた。
最初はハーレムだなんてちょっと
想像とは全く違う形だったけど、お兄ちゃんに私の気持ちも伝えられた。
まぁ、どこまで伝わってるかはわからないけど。
でも焦ることはないよね。
少しずつ近づいていけばいいんだ。
私は改めてそう自分に言い聞かせた。
こうして、夏休み最後のイベントは終わった。