沙月ちゃんとトイレから戻る途中、香織が泣きながら部屋から飛び出してきた。
「香織? ねぇ、どうしたの!?」
香織はこちらの静止も聞かずそのまま店内へ出ていった。
私は部屋のドアを開け放ち声を荒げる。
「ちょっと、香織に何したの!」
「い、いや俺たちは何も……」
「上杉の奴が……」
私は黙って上杉を睨みつける。
お兄ちゃんを侮蔑し、その上香織にひどい仕打ちをした上杉に怒りが爆発しそうだった。
そんな私とは対照的に、沙月ちゃんが冷静な口調で上杉に問いかける。
「上杉さん、一体何があったんですか?」
「聞いてくれよ沙月ちゃん。実は、俺と香織は昔付き合ってたんだけど……」
「はい。香織から聞いたことがあります」
「そっか。それでさっき、香織からもう一度やり直さないかって言われたんだ」
「そうなんですか……」
「そうなんだよ! だから俺は言ったんだ。『俺と君は釣り合わない。俺は君には勿体ない』ってさ」
そう言って上杉は肩を落とし、落胆の表情を顔に張り付ける。
長口上で見苦しい言い訳なんかして。
白々しい。
「……私もそう思います。確かに釣り合わないですよね」
「良かった! 沙月ちゃんもわかってくれるかい?」
上杉は顔を上げ、笑顔になる。
そんな上杉に沙月ちゃんは笑顔を崩さず、
「えぇ、十分にわかりました」
というと、冷たい視線で射貫くように見下ろす。
そして笑顔を消し、感情の消えたトーンで言い放った。
「アンタみたいなクズ男に香織は勿体ないってね」
「なっ……」
上杉は目を丸くしていた。
阿部さんと伊藤さんは部屋の隅でおびえるように縮こまっている。
「行こ! 柚希ちゃん」
「う、うん」
沙月ちゃんに腕を取られ、カラオケルームを後にする。
私は安堵していた。
私と同じ上杉に対する怒りを、沙月ちゃんも持っていた事に。
そしてそれを堂々と表す強さも持っている事に。
沙月ちゃんは私が思った通り……いや、それ以上の女の子だ。
この子ならきっと、仲良くなれそう。
店を出て辺りを見回すと、香織が座り込んで泣いていた。
「香織……」
「ぐすっ……ごめんね。せっかくみんなで楽しくやってたのに……」
「私と柚希ちゃんは全然気にしてないよ」
「で、でもぉ~せっかくの合コンなのにぃ~」
泣きじゃくりながらも必死で謝ってくる。
「もう! 今度また合コンセッティングしてあげるから!」
「……ぐす。ほんとぉ?」
「ホントホント! 次はもっといい男呼んであげるから!」
「……約束だよ?」
「うん。約束、約束!」
沙月ちゃんは香織の小指を取りブンブンと振る。
そして香織はゆっくりと立ち上がり涙を拭う。
「ほら、とりあえず今日は家に帰ってゆっくり休んで」
「……うん、そうする。柚希ちゃんもごめんね」
「気にしないで。またね、香織」
「うん。またね」
香織を見送った後、私と沙月ちゃんだけが残った。
香織には悪いけど、ようやく沙月ちゃんと2人きりになれた。
今回の合コンで沙月ちゃんが私と同じだと確信した。
――――沙月ちゃんになら、色々と相談できるかも。
「柚希ちゃんも私と同じでしょ?」
「え?」
「さっきトイレで話した時に思ったんだ。あぁ、この子は私と同じ人種だって。それに、私が何でわざわざ制服を着てきたかって疑問に思ったでしょ? あんな事訊いてきたって事は少なからず柚希ちゃんも私と同じなんじゃない?」
そう訊かれた私は少し考える。
ちょっと踏み込み過ぎたかな。
ここはどう返すのがベストだろう?
沙月ちゃんは間違いなく私の本性を見抜いている。
だとすると、今後の関係を考えるなら嘘は吐かない方がいいか。
「よく分かったね。私も皆から注目浴びるのは好きなんだ」
「やっぱり~」
「だけど、私の場合は、老若男女問わず注目されたい。だから勉強や部活も一生懸命やってる感じかな」
「なるほどな~。私が思ってた通りで良かった。柚希ちゃんとは仲良くなれそう」
「ふふ、私もだよ」
意気投合した私たちは場所を変えて話をすることにした。
駅前のスタバに向かう途中で、水樹先輩との関係を尋ねると色々と教えてくれた。
水樹先輩と沙月ちゃんは従兄妹であること。
小さい時はまるで兄妹のように仲が良かったこと。
そして、高校に入る前には疎遠になってしまったこと。
どうして仲が悪くなったかまでは教えてもらえなかったけど、今の私にはそれで十分だった。
スタバに着き席に座ると
「さーてと。私が話したんだから柚希ちゃんも教えてよ。お兄さんの事」
「うん、いいよ」
私はお兄ちゃんがリア充に変わった経緯を話した。
沙月ちゃんは終始黙って話を聞いていた。
「ふ~ん、なるほどね~。……ひとつ訊いていいかな?」
「なに?」
「中学の卒業式の日に虐められたのがきっかけって言ったけど、あれってホント?」
「どうしてそう思うの?」
「だって柚希ちゃんみたいな子がカンタンに虐められるだなんて変だもん。それとも、ワザとだったんじゃないの?」
「わかっちゃったかぁ」
「うん、わかるよ。悪い意味で有名だったお兄さんが突然イケメンリア充になって注目されたら、当然妹も注目されるもんね」
「そういうこと」
私が説明するまでもなく、沙月ちゃんは私の思惑まで手に取るように理解している。
感心を通り越して頼もしく感じる程に。
そんな沙月ちゃんがまだ腑に落ちない顔をしている。
「ん~でも、何でわざわざそんな回りくどいやり方したの?」
私は少し考えた後、口を開いた。
「小さい頃の私は臆病で人見知りで、愛想笑いしか出来ない子だったんだ。だからよく虐められててさ」
「そうだったの? 信じられない」
「あはは。私もそう思う。それでね、そんな私をいつも助けてくれたのがお兄ちゃんだったの。小さい頃のお兄ちゃんは今よりも明るくて優しくて、カッコよくて……私の憧れだったんだよ」
「昔から仲良かったんだね」
「うん。私もお兄ちゃんみたいになりたいと思って、明るくて人気者になろうって決めたんだ。だから、今の私があるのはお兄ちゃんのお陰かな。でも、私が中1の時に色々あって……お兄ちゃんは変わっちゃったの」
「…………」
「だからね、私が憧れていたあの時のお兄ちゃんに戻って欲しくて。あの時の気持ちを思い出して欲しくて。そうして今度は私がお兄ちゃんを変えようって、そう思ったんだ」
私が話し終えると、沙月ちゃんはニヤニヤとこちらを見つめてくる。
「な、なぁに?」
「ん~? んふふ。柚希ちゃんカワイイなぁと思って~」
「ちょ、ちょっと。揶揄わないでよ」
「だってぇ~お兄さんの話してる時の柚希ちゃん、恋する乙女って感じだったからさぁ~」
「えっ!」
私そんな顔してたの!?
ウソ、超恥ずかしいんですけど!
「好きなんでしょ? お兄さんのこと」
「……うん」
うぅ~顔が熱い。
まさか私の気持ちまで見抜かれてるなんて。
桐谷沙月、なんて恐ろしい子!
「じゃあさ、いっそのこと告白しちゃえば? 小さい頃から好きでしたーって」
「えぇぇ!? そ、そんな事出来るわけないよ! 兄妹なんだし、それに……」
「それに?」
「お兄ちゃんは今、2人の女子から同時にアプローチを受けている、から」
「なるほどね。その2人は柚希ちゃんにとっても特別な相手ってワケね」
「うん」
「そして、お兄さんには昔みたいに戻って欲しい。その上で柚希ちゃんの気持ちに応えて欲しい。そういうワケだ」
「うん。はは、ちょっと欲張り過ぎだよね」
「本気でそう思ってる?」
「ううん、全然」
私の話を纏めると、沙月ちゃんはストローを咥えたまま黙り込んでしまった。
流石の沙月ちゃんでも少し考えているようだった。
そして突然、パッと顔を明るくして口を開いた。
「いいこと思いついた! ハーレム作っちゃえばいいんじゃない? そうすれば誰も悲しい思いしないでしょ?」
「ハーレム?」
「そ! お兄さんを中心にハーレムを作ればイケメンリア充に磨きがかかる。そして、柚希ちゃんが妹枠でハーレムの一員に付けばお兄さんに警戒されることなくアプローチできるってワケ!」
そっか、その手があった!
表面上はデキる妹で通せるし、新島先輩たちからも不審がられないかもしれない。
確かに私にとっていい隠れ蓑になるかも。
「だけど上手く行くかなぁ」
「大丈夫! 私もハーレムの一員になって協力してあげる」
沙月ちゃんがそう言うだけで不安が消えていった。
何より、私の気持ちを知っている沙月ちゃんが味方なのは心強い。
その後私たちは連絡先を交換した。
こうして沙月ちゃんと協力してハーレム計画を立てることになった。