一通り食べ終え、談笑していると店員さんが
「失礼します。食後のデザートをお持ちしました」
と、デザート皿を2つテーブルに置いた。
「あの、デザートは頼んでないんですが」
「いえ、こちらはカップル限定のサービスでして」
「え? いや俺たちそんなんじゃ――」
「わぁ~素敵! ありがとうございます!」
「お、おい柚希」
「せっかく私たちの為に用意して下さったんだから。ね、お姉さん」
困惑するお兄ちゃんを後目(しりめ)にお姉さんに微笑みかける。
すると店員さんも満面の笑みで
「はい。彼氏さんも是非!」
とお兄ちゃんにデザートを勧める。
「い、いやだから――」
「さ、友也。溶ける前に食べよ! お姉さん、ありがとうございます」
「ごゆっくりどうぞ」
そう言ってお姉さんは立ち去る。
「おい、どういうつもりだ? 俺たちがカップルって」
「タダでデザート貰えたんだしいいじゃん」
「そりゃそうだけどさ」
「だったらいいでしょ。ほら、アイス溶けちゃうよ?」
私がそう言うと漸くお兄ちゃんも食べ始めた。
「美味しいね。友也」
「それやめろって」
「あはは。でも店員のお姉さん、私たちが本当のカップルだと思ってたみたいだね」
「どっからどう見ても兄妹なのにな。って何だこのスプーンは」
「ほら、あーん」
「しねぇよ!」
「いいから! あーん」
「……あーん」
「美味しい?」
「……あぁ」
「ふふ、よかった」
食事を終え、時間も頃合いになったところでお会計を済ます。
名残惜しさを感じながら、お店の外に出る。
はぁ。今日はいい思い出が出来たなぁ。
もう少し、この余韻に浸っていたいな……
「ちょっと待っててくれ。今タクシー呼ぶから」
「いいよ。歩いて帰ろ?」
「歩いてって……お金の事なら心配しなくていいぞ」
「違うの! そういう気分なの!」
「まぁ、そこまで言うなら俺はいいけど……」
「よし! じゃあ出発~」
この余韻を少しでも長く感じていたい。
そんな気持ちを噛みしめるように、ゆっくりと私は歩き出す。
そして、そんな私の我儘に付き合うようにお兄ちゃんは歩幅を合わせてくれた。
「ねぇお兄ちゃん」
「何だ?」
「今日はありがとね。私すごく嬉しかった」
私は素直な気持ちをありのまま伝える。
するとお兄ちゃんは少し間を置き口を開いた。
「俺の方こそありがとうな」
「え?」
「この一週間、柚希は俺の為に朝も夜も手料理を作ってくれただろ? 部活も忙しいのにさ」
「ホントだよ。お兄ちゃんも料理くらい出来るようになってよね」
「はは、そうだな。でもそれだけじゃないんだ」
そう言うとお兄ちゃんは立ち止まり、私の目を見て言葉を続ける。
「今年に入って柚希の特訓を受けて、自分に自信がついた。俺を慕ってくれる友達だって沢山出来た。ここまで来れたのも柚希のお陰だ。この一週間……いや、もっとずっと前から、柚希には感謝してたんだ。今日はそれを伝えたくてさ」
真剣な顔で、だけど優しい微笑みを浮かべ、お兄ちゃんはそう言った。
「だから柚希。ありがとう」
思いもよらないありふれた言葉に、心が跳ねる。
胸の内から熱いモノが込み上げてくる。
お兄ちゃんがそんな風に思ってくれてた事が、ただ嬉しかった。
私は泣きそうになるのを必死に堪え、それを悟られないようにお兄ちゃんの腕に飛びつく。
「……えいっ!」
「うわっ!何だよいきなり」
「へへ。いいの何でも」
「何でもってお前……」
「こっち見ないでよ」
「はぁ?」
「見~な~い~でってば!」
私の腕を振りほどこうとするお兄ちゃんの腕を、私はしっかりと抱える。
お兄ちゃんは観念したのか、力を緩めてゆっくりと歩き出した。
「全く……わけわからん」
「いいの。わからなくて」
嬉し過ぎて口元が緩む。
涙が零れそうになる。
こんな顔、見せられないよ。
他愛もない話をしながら歩いていると、見慣れた公園まで帰ってきた事に気が付いた。
普段はこんな時間まで出歩かないので新鮮な感じがする。
「ここ懐かしいね。小さい頃は近所のみんなで走り回ったっけ」
「そうだな。あっちの方では家族でバーベキューもしたよな」
アスレチック広場や備え付けの焼き台などが目に留まり、色んな思い出が蘇ってきた。
「ねぇ、この公園通って帰ろうよ」
「いいぞ。街灯もあるから真っ暗ってわけじゃないし」
「もしかしてオバケが出るとか思ってるわけ?」
「バカ言うなよ。そんな子供みたいな事思うわけ……」
と、会話の途中でお兄ちゃんが一瞬固まる。
どうしたんだろう?
不思議に思いその視線の先を見ると、ベンチに座ったカップルが目に付いた。
さすがの私でも見ててちょっと恥ずかしくなる程にイチャイチャしている。
「あ~。何ていうか、その……時間も時間だしな」
「そ、そうだね」
「……」
何でそこで黙るのよ。
っていうか何で私も意識しちゃってるの!
「あ、お兄ちゃん。あっちから帰ってみようよ」
「へ? お、おう。そうだな」
目の前のカップルを邪魔しないように違う道を進む。
街灯に沿って歩いていると、今度は複数のカップルがベンチでイチャついていた。
「……」
「……」
だからどうしてここで黙っちゃうのよ!
そのまま無視して歩けばいいのに!
頭の中で1人混乱しているとお兄ちゃんが突然
「なぁ柚希……ちょっと休憩していかないか?」
と囁いてきた。
このカップルだらけの状況で何をそんな悠長な。
と思いつつ目を前方に向けると
【休憩 3000円】
の文字が光る看板が目に留まった。
……あぁ、休憩ね。
3000円かぁ……。
って休憩ってアレのこと?
いやいや何言ってるのウチのお兄ちゃんは。
そもそもまだ付き合ってるわけじゃないし。
っていうか私たち兄妹だし!
まぁでも、私は別にそれでも、いい、けど……。
「なぁ、いいだろ?」
「いや全然よくないし!」
「はぁ? いいじゃんベンチで休憩するくらい。あそこなら誰も座ってないし」
「いや誰もいないからってそれは……へ?」
お兄ちゃんが指さす先。
そこには私が見た看板……のずっと手前下にベンチがポツンと置いてあった。
「おいおいどうした? そんなに慌てて……ぐほぉ!」
「疲れたからそのカバン持って!」
「いてて……なに怒ってるんだよ柚希!」
「お兄ちゃんのバーカ!」
「待てよ柚希~。おーい」
も~私のバカ!
1人で勝手に舞い上がってホントバカみたい!
その後、私たちは半ば追いかけっこの様な状態で家に着いた。
部屋に飛び込むなりお兄ちゃんに
〈今日はありがとう! おやすみ! また明日!〉
とだけ送ると夢の中へ逃げるように無理矢理寝た。
こうして私とお兄ちゃんだけの一週間は終わった。