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第8話


 無事に県大会を終え数日が経った。

 ある日、嫌がらせを無事解決したことをお兄ちゃんから聞いた。

 本人は「中居たちのおかげだよ」と謙遜していたけど、それもお兄ちゃんの力だと思う。


 直近の憂いも晴らし、意気揚々と部活に行くとご機嫌な新島先輩がいた。


「新島先輩何かいい事あったんですか?」

「友也君にキスされちゃった!」


 ちょっと胸がチクッと痛む。なぜだろう。

 ていうか付き合ってるんだからキスくらい当然だよね。


「まだしてなかったんですか? 確かに県大会も重なって忙しかったですけど、流石に遅すぎですよ」

「そういうわけじゃないんだけど……昨日はすごかったの」


え? それってもしかして……。

 いろいろ想像していると


「もしかして妬いてるの~?」


 と先輩に突っ込まれる。


「そ、そんなわけないじゃないですか! 揶揄わないでくださいよ!」

「アハハ、ごめんね」

「も~……それで、昨日何があったんですか?」


 と聞くと同時に部活が始まった。


「あ、もう行かないと。詳しい事は後で話すね」

「はい、わかりました」


 練習を終え、インターハイ予選を兼ねる地区大会に向けての選抜メンバーが発表された。

 私は引き続き新島先輩とダブルスを組むことになっている。


「これからもよろしくね、柚希ちゃん」

「よろしくお願いします。それで、さっきの話なんですけど」

「そうね。とりあえず場所を変えましょうか」


 帰り支度をし、私たちは駅前のスタバへ向かった。



 席につき一息ついた後、新島先輩が昨日の事を話してくれた。

 皆の前で堂々とキスだなんて、やるじゃん!


「すごい! 交際も順調なんですね」

「うん、そうなんだけどね……」

「何か心配事でもあるんですか?」


 さっきまでのテンションとは裏腹に浮かない顔をしている。 


「最近、南が元気ないみたいなの。やっぱり私たちの事が原因なのかな」  

「あぁ、そういえば水瀬先輩ってお兄ちゃんの事好きでしたもんね」

「だから私、南にはやっぱり悪い事したかなって感じてるんだよね」


 独占欲が強い頃の先輩からは考えられないようなセリフが飛び出した。

 良くも悪くもお兄ちゃんは新島先輩を変えてしまった。


「でもそれとこれとは関係ないじゃないですか。恋愛は早い者勝ちです! 真剣勝負なんです!」


 私がそう言えば新島先輩なら納得してくれる。

 そう思っていた。

 だけど目の前の先輩はまだ浮かない顔をしている。


 失望感にも近い憤りを感じた私は、それを視線に乗せる。

 しかしそれに気づくことなく先輩は


「それよりも今は部活に集中しないと! まずは地区大会ベスト4入りね」 


 と、無理やり話題を変えた。

 ――――こんなの、新島楓じゃない。


「……そうですね。お互い頑張りましょう!」


 その後、私たちは他愛もない話をして別れた。




 家に帰ると当然私はお兄ちゃんに尋問する。


「新島先輩とキスしたんだって~? しかもみんなに見せつけるように堂々とさ~」

「ど、どうしてそれを!?」

「いや~。今日、新島先輩が機嫌よかったから問いただしてみたら話してくれたよ~。やるじゃんお兄ちゃん」

「くそ~楓のやつ余計な事を」


 その後、私に散々弄り倒されたお兄ちゃんはゲッソリとして部屋から出て行った。

 夕食の時に私がニヤニヤしながら視線を送るとお兄ちゃんはそっぽを向く。

 それが面白くて何度も繰り返す。

 それに気づいたお父さんが話しかけてくる。


「何だ柚希、さっきからニヤニヤして」 

「なんでもな~い」

「そうか」

「うん……そういえばさ、お父さんたちのファーストキスってどんな感じだったの?」


 お父さんとお兄ちゃんが同時に噴き出す。


「な、何だいきなり! ハッもしかして柚希、お前彼氏が……」

「え~そうなの? 柚希おめでとう」

「そんなのいるわけないじゃん。ただ、友達がそういう話をしてきたからさ~」


 と言ってお兄ちゃんの方をチラッと見る。すると


「ごちそうさま!」


 と逃げるように2階へ上がっていった。



 湯船につかりさっきの事を思い出す。

 お兄ちゃんの反応は凄まじかった。

 それほど新島先輩に本気なのだろう。


「本気なんだ……妬けちゃうなぁ」


 ――――妬けちゃう? 何で私が?


 意味わかんない。

 きっとのぼせたんだろう。

 ぼーっとしたまま湯船から上がり浴室から出ると、丁度洗面所の扉が開いた。



「「え?」」



 お兄ちゃんと目が合い、何が起きたのか理解できないまま数秒がすぎた。

 するとお兄ちゃんは顔を真っ赤にし


「ご、ごめん! わざとじゃないんだ!」


 そう言って勢いよく扉を閉めて出ていった。



 部屋に戻り暫くすると呆けた頭が鮮明になっていく。

 それと同時にお風呂で火照った身体がさらに熱くなっていった。


 お兄ちゃんに見られた。

 思い返すだけで恥ずかしくなる。

 心臓がドキドキする。


 とりあえずお茶を飲んで気を紛らわそう。

 そう思いキッチンに行くと再びお兄ちゃんと鉢合わせた。


「「あ」」


 洗面所の事が頭をよぎり、顔が一気に熱くなる。

 何か言わないと、とまごついていると


「柚希、さっきはごめん!」


 と勢いよく頭を下げて謝られた。


「……見た?」

「な、なにが?」

「見たかって聞いてるの!」

「見てない見てない!」

「ならいいんだけど。っていうか兄妹だし別に気にしないし!」

「でもお前、今気にしてたよな?」

「は? してないし! もういい! おやすみ!」


 と強がって話を切り上げ部屋に戻った。 



「なんでだろう、胸のドキドキが止まらない」


 ベッドに潜り込んで考える。

 確かにお兄ちゃんの事は好きだけど、それは兄妹としてだ。

 でも幼稚園の頃の私は……。

 そんな事を考えていたら、いつの間にか眠りについていた。


 それからの私は一心不乱に練習に打ち込んだ。

 だけど私の中にあるモヤモヤが消える事は無かった。



 そして終末、選抜メンバーだけの練習を終え、帰ろうとした時


「楓~、一緒に帰ろう」


 と手をブンブン振りながら、一人の女子がやってきた。


「あ! 南~。こっちも丁度終わったところだよ」

「さっすがわたし! ナイスタイミングだね!」


 水瀬南先輩――陸上部所属で新島先輩と同じ2年のトップカーストの一人だ。

 お兄ちゃんから聞いていた通り、すごく明るい人だ。


「あの、はじめまして、佐藤柚希といいます」

「柚希ちゃんは友也くんの妹さんなんだよ」

「え~っ! あなたが佐藤の妹なの~!? すっごい可愛い~! そしたらさ、柚希ちゃんも一緒に来ない? これから買い物に行くんだ♪」


 突然の提案に少し驚いたが、これは良い機会かもしれない。

 これまでは水瀬先輩に関する事は新島先輩頼みな事が多かった。

 でもこれからは私が直接繋がればもっと動きやすくなる。

 それに、この間の新島先輩の話も気になるし。


「え? 良いんですか?」

「あったぼうよ! 佐藤の面白い話とか聞かせてよ」

「あはは、良いですよ。それではご一緒させていただきます」


 こうして3人でショッピングモールに行く事になった。



 ショッピングモールに着くなり水瀬先輩が「まずは腹ごしらえだー!」と言い出したので昼食を摂る事になった。

 食事をしながらお兄ちゃんのエピソード等を話し、盛り上がった。


 昼食を済ませた私達は、モール内を散策する。

 新島先輩は「南が元気ない」と言っていたが、じゃれ合いながら歩く二人を見ると、とてもそうは思えない。

 新島先輩の目当ての店に入り、服を選んでいる。


「あ、楓この服に合うんじゃない?」

「え~そうかなぁ?」

「そうだよ! これなら佐藤も惚れ直すよ!」

「う~ん……じゃあ買っちゃおうかな」


 水瀬先輩の推しもあり、買う服を選んだ新島先輩はレジに向かう。

 その後ろ姿を水瀬先輩は悲しげな表情で見ていた。


 やっぱり……まだお兄ちゃんの事が好きなんだ。



 ショッピングが終わり、今は水瀬先輩と二人で歩いている。


「水瀬先輩が同じ最寄駅だったなんて驚きました」

「そういや佐藤もそんな事言ってたな~。やっぱり兄妹だね~」


 兄妹と聞いてお風呂での一件を思い出すが、すぐに振り払う。

 そんな事よりも、今は水瀬先輩にかなきゃいけない事がある。


「お兄ちゃんといえば新島先輩と上手くやってるみたいですね」

「っ……そうだね」


 やっぱり二人の話題になると、少し言葉に詰まった。

 それでも私は水瀬先輩の気持ちを確かめる必要があった。

 だからこ執拗に先輩の心に踏み込んで行く。


「水瀬先輩はこのままで良いんですか?」

「なにが?」

「お兄ちゃんの事好きですよね?」

「……そうだね、好きだったよ」

「今も好きなんじゃないですか?」


 と私が言うと水瀬先輩は立ち止まる。

 私も立ち止まり振り返る。


「どうしてそう思うの?」

「さっき新島先輩の事を寂しそうな目で見てたので」

「……そっか、分かっちゃったかぁ」

「新島先輩も気づいてますよ。この間相談されました」

「やっぱり楓は凄いや」

「それと……『南には悪いことした』とも言ってました」

「そんなに気を使わせちゃったかぁ……。でも、私は楓の恋を応援するつもりだよ」


 なんで? 自分の気持ちを捨ててしまうの?

 私には……分からない。

 そう思った時、抑えられない感情が込み上げてくる。


「本当にそれでいいんですか? お兄ちゃんの事好きなんですよね? 諦められるんですか?」


 そう問いかける私の言葉が、自分の胸に一番刺さった気がした。


「だったら私はどうすればいいの!?」


 そう叫ぶ瞳には涙が滲んでいた。


「諦めようと思った!? だけど諦めきれないの! 私はどうしたらいいの? ねぇ、答えてよ……」


 私が言葉に詰まっていると


「ごめんね急に大声だして。今日の私なんだか変だな」


 そう言って水瀬先輩は涙を拭い、そして悲しげに笑った。

 そんな姿を見て胸が苦しくなる。


「なんか、八つ当たりみたいな事言ってごめんね」

「いえ、その……私の方こそすみませんでした」

「柚希ちゃんが謝る事じゃないよ。それじゃあ私コッチだから。またねバイバイ」


 と言って走り去ってしまった。

 私は何も出来ず、去っていく後ろ姿をただずっと眺めていた。

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