今日は折角部活が休みなのに、出掛ける事なく、ずっと考え事をしていた。
『私やっぱり諦めきれない。友也さんの事が好きなの!』
めぐの言葉が頭の中で繰り返される。
めぐの為にもお兄ちゃんには何としてもデートさせないと。
そう考えていると、丁度お兄ちゃんが帰ってきた。
〈今から部屋に来て〉
と送信し早速呼び出す。
ドアをノックされたのですぐに扉を開けてお兄ちゃんを強引に引っ張り部屋の中へ入れる。
「お兄ちゃんにはこれから二股掛けて貰います!」
めぐの為にも今回のデート計画は絶対に成功させたい。
そんな想いを悟られないように、私はあえて感情を高ぶらせる。
「何いってんだ? そんな事出来る訳ないだろ」
まぁ普通はそういうよね。
だけど今回は私も引き下がるわけにはいかない。
「あっそ、好きにすれば? ただ、めぐがどうなっても知らないから」
私は感情の消えた目で言い放った。
突然の二股勧告に不機嫌になるお兄ちゃん。
「まぁまぁ、そんなに睨まないでよ」
「これが睨まずにいられるか!」
「別に本当に二股掛けろって訳じゃないから」
「は? どういう事だよ?」
想定通りお兄ちゃんは食いついてきた。
勝負はこれからだ。
「覚えてる? リア充に成る為の特訓の目標」
「学校一のリア充になる事だよな?」
「それもそうだけど、それの先の『彼女を作る』だよ」
「あ!」
そう。本来の目的は『学校一のリア充になってから』彼女を作る事。
だけど、新島先輩が予想以上に積極的で目標を達成してしまった。
「それじゃあまだゴールって事にはならないって訳か」
「まぁそうだね」
お兄ちゃんは、「そっかぁ」と呟きながら俯く。
「今、新島先輩と付き合って注目集めてるのにって思ったでしょ?」
「う……」
「今の段階じゃ学校一のリア充には遠いよ」
「どこがダメなんだ?」
「少なからず、男子女子共にお兄ちゃん達を快く思ってない人が居るからだよ。心あたりない?」
「……」
お兄ちゃんはただ黙り、お腹をさすっている。
やっぱり何かあったみたいだ。
「楓もそんな風に思われてるのか?」
「新島先輩は元々が完璧美少女だったからほんの一部だよ。それもただの嫉妬とかだしね」
お兄ちゃんは「なるほど」といったような顔をする。
だけどすぐに疑問をぶつけてくる。
「今の話と二股に何の関係があるんだ?」
「言ったでしょ? 新島先輩に嫉妬してる子達がいるって」
「ああ」
「言い変えればお兄ちゃんの事が好きな子が居るって事」
「はは、去年までの俺なら考えられないな」
春休みまでのお兄ちゃんならそんなの気のせいとか言ってたと思う。
だけど今はすんなり受け入れられている。
自分に自信が出来た証拠なのだろう。
「それでね、ある1年の女の子がお兄ちゃんの事好きだったの」
「うん」
「お兄ちゃんが新島先輩と付き合って諦めようとしたんだって」
「……うん」
「でも、この間の放課後、私に泣きついてきたんだ」
「……」
「諦めようと思ったけどやっぱり諦められない! 私どうしたらいいの? ってね」
「……そうか」
「だから、お兄ちゃんにはその子と一日だけデートして帰りにキッパリ振って欲しいの」
「おいおい、デートしておいて振るのかよ!」
「それがその子の望みだから。キッパリ振られれば諦めがつくって」
「ん? じゃあさっき言ってた二股っていうのは」
「その子との一日デートの事だよ」
「なんだそう言う事か。それならめぐを脅しに使わなくてもよかっただろ」
「そうでもしないとお兄ちゃんはオッケーしてくれないでしょ?」
「それは……、でも楓に内緒でデートは出来ない」
「じゃあお兄ちゃんの事好きな子は放っとくの?」
「いや、楓を説得してみせる」
「ふ~ん、じゃあ明日結果聞かせてよ」
「わかった。ちなみにその子の名前は?」
ここでめぐの名前を出すか迷ってしまった。
優しいお兄ちゃんなら積極的に協力してくれるかもしれない。
だけど、その優しさが今は逆にめぐを苦しめる。
だから……。
「今は言えない。会った時のお楽しみ」
こうして今日の会議は終了した。
翌日の会議で、新島先輩からデートの許可を貰ったとお兄ちゃんが報告してきた。
それを受けて私は、デートの日程と待ち合わせ場所を伝えた。
後はめぐ次第だ。
二人がデートした日の夕方、めぐからLINEが来た。
そして一つの恋の終わりを告げられた。
間もなくお兄ちゃんが帰ってきて自室に籠もった。
そして夜の11時、いつもの様に会議が行われる。
「今日はお疲れさま、めぐお兄ちゃんに感謝してたよ」
「もう二度とこんな事やらないからな」
と、釘を刺してきた。
今回の事はお兄ちゃんに恨まれてもしかたない。
それでもめぐが報われたなら私は満足だ。
「大丈夫、今回だけだから」
「ならいいんだけど」
「まぁこれで女子は落ち着くと思うよ」
「そうなのか?」
「めぐが告白してダメだったっていうのが広まればそうそう告白しようなんて思わないよ」
「だと有り難いな」
「それよりも男子の方が問題なんだよねぇ」
「1年の男からも妬まれてるのか……」
やれやれといった感じでおもむろに頭を抱える仕草をする。
「1年はそこまでじゃないかな。そもそも新島先輩とほとんど接点無いしね。憧れの人に彼氏が出来てショックって感じかな」
「それならよかった。これ以上敵が増えるのは嫌だからな」
「問題は2年生なんだよねぇ」
そう私が言うと納得するように頷いた。
やっぱり心当たりがあるようだ。
「どう? きつい?」
「正直言えばきついな」
その言葉を聞いて少し考え込む。
1年は中居先輩のおかげもあって問題ない。
3年生も安全とは言えない。
こんな時に3年生とのコネクションがあれば……。
だけど今はやっぱり2年生が一番厄介だ。
「犯人は分かってるんだよね?」
「ああ」
「そうしたら、中居先輩達に助けを求めるのもありなんじゃない?」
「そうだな、何かあったら言えって言われてるしな」
「ならそれで……」
「ちょっと待て」
「なによ?」
私が話してるのに……最後まで聞いてよね!
私はわざとらしく頬を膨らませる。
「その事については俺一人で解決したい」
予想していない回答に一瞬驚いてしまったが、気を取り直し
「できるの?」
と尋ねた。
するとお兄ちゃんは
「どうだろうな、でもこれは俺がリア充に成る為の試練だと思ってる。ここで中居達に助けて貰ったらダメな様な気がするんだ」
と変わらず真っすぐな目で答えた。
「でも中居先輩達の力を借りるのもお兄ちゃんの力だよ?」
「そうだな、いざとなったら頼るかもしれないけど、出来る範囲は一人でやってみたいんだ」
ここまではっきりと自分の意見を通すのは珍しい。
こうなったらテコでも動じないのが佐藤友也なんだ。
そう再認識した。
私は後ろにひっくり返り、そのままベッドに寝転がった。
「やっぱりお兄ちゃん変わったね」
「そうか?」
「うん、昔のお兄ちゃんなら直ぐに中居先輩達に助けを求めてたと思う」
「……そうかもしれないな」
「でもいい事だよ。これが解決出来たら学校一のリア充も近いかな」
「解決出来たらな。下手すると今より酷くなる可能性もある」
「そしたらまた相談に乗ってあげる」
「ああ、サンキュー」
こうして今日の会議は終了した。
さっき昔のお兄ちゃんなら直ぐに中居先輩達に助けを求めてたと思うと言った。
中学の頃のお兄ちゃんなら助けを求めてただろう。
だけど、
小さい頃、私を助けてくれた様に。
だから、さっき一人で解決すると言われた時は胸が踊った。
お兄ちゃんは忘れてるみたいだけど、
「私が思い出させてあげるからね、お兄ちゃん」
と誰も居ない部屋で呟き、私は眠りについた。