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いつも見てしまう夢、男が少年であった頃

 夢というものは未練の表れであると、いつかどこかで聞いたことがある。

 あまり夢を見ないが、見るときはいつも同じ夢ばかり見てしまう。

 もしもこれが未練なのであれば、きっとそれは正しい。少なくとも、俺はそう考えている。


『なんでお前みたいな才なし小僧に教えにゃならん。帰って親の仕事でも手伝っとれ』


 見る夢の始まりは、確か八……いや、九を越えた辺りの頃。

 まだ村にいて、両親に愛されて、裕福ではないものの不自由なく生きていたあの頃のことだ。


 その年に村へと住み着いた、変わり者とちょっとだけ距離を置かれていた爺さん。

 残り少ない白髪で、猫背なのでいつも杖を手から離さず、風貌に合わぬほど見事な剣を二本持っていた謎の爺さん。

 幼馴染は才能を買われて教えられていたのを見て俺もと頼み込むのだが、爺さんはあっさりと拒否してくる。それが夢の始まりだった。


 子供に夢を与えない、突き放すような宣告。

 大人として最低で、けれどどうしようもないほど正しい、夢を潰して道を潰さない拒絶。多分爺さんは面倒だから教えたくなかっただけだろうけど、俺としてはそれはそれで正しいと思える。


 才能がないなら時間の無駄。無駄な時間を使うのなら、違うことをして将来へ備えた方が役に立つ。

 そんなことは分かっていた。それでも俺は、彼から剣を教わることを諦めきれなかった。


 子供の頃の何もなく、何も誇れる物を持たなかった俺は強さが欲しかった。憧れていた。

 そんな中、幼馴染へ教えるために見せた、舞ってるみたいに華麗な剣裁き。

 普段杖を突き、背中の丸い爺さんとは思えないほど、振るう剣は今まで見たどんな綺麗よりも美しく、目を奪われてしまった。


 この剣を学んで強くなり、強大な敵を倒せるようになれば、何かを得られるはずだと思った。


 魔物を狩り、未だ拓かれぬ未知を進む冒険者のように。

 悪鬼を退け、王の名の下に国を守る騎士のように。

 剣聖審議ソードジャッジの覇者、ヴァリオール最強である剣聖の称号を持つ者のように。


 強くなれば何かを見つけられる。自分の胸の中にある空虚を、埋められると信じていた。

 邪念と言われてしまえば、きっとそうなのだろう。

 爺さんだって子供の浅ましい欲望など、きっと見抜いていた。どうせ九割は面倒だからで断っていただろうけど、残り一割くらいはそれを見抜いていたからなはずだ。


『なら約束しろ。お前はこの剣を、誰にも教えず墓場まで持っていけ。クソみたいな才で継いだ剣など、誰にも教えぬと誓え。それを守れるのなら教えてやるさ』


 お願いし続けた。毎日剣の腕を磨く幼馴染のよそに、何度断られても俺は頼み続けた。

 それを一月ほど続けた頃、ついに爺さんは約束と引き替えに折れ、俺にも剣を教えてくれた。


 教えを乞うようになってから、俺に剣の才はないと嫌が応にも実感させられた。


 俺がまともに素振り出来るようになった頃には、幼馴染は既に数種の型をこなしていた。

 俺が第一剣を未熟ながら形にした頃にはもう、幼馴染は全ての型を爺さんのお墨付きで振るえるようになっていた。


 剣を学ぶ前の身体能力にそこまで変わりなく、学び始めの差はたった一ヶ月。

 初めの差はたったそれだけだったのに、気がつけば幼馴染は、背中が見えないほど遙か先の領域へと進んでしまっていた。


 嫉妬はあった。けれどそれ以上に、彼女の剣を美しいと思っていた。

 いつぞやの夜。夜更かしして、稀にしか出ない雲を二人で見ようと家から抜け出したあの日。

 村の外にて見せた彼女の剣舞は、爺さんにも劣らぬ、むしろより冴えていると魅入ってしまうほどだったのだから、嫉妬など抱けるはずもなかった。


『小僧。第四剣ここまで食らいついたのは賞賛してやるが、やはりお前のセンスは並でしかねェ。お前を何かが起きない限り、いくら修行しようとここまでが限界だろうよォ』


 齢十を迎える間際。俺が第四剣を会得した頃、爺さんはつまらなさそうにそう断言した。

 残酷な宣告。だが修行の果てに己の才を自覚した俺には、何となくだがそうなんだろうなと納得出来た。


 爺さんの教える剣技。その第五剣は開花の剣、剣才ある者達にしか至れぬ境地。

 必要なのは技術ではなく資格。

 だから第五剣以降には至れる可能性はないと、例え才能がないのを自覚している俺が理解出来ないはずがなかった。


『ま、精々励めよォ。俺がその代表例だが、人生なんて何が起きるか分からねえからなァ』


 そうして無責任な励ましと夢だけ残して、爺さんはぽっくりと死んだ。

 爺さんを看取った俺は、既に爺さんの剣の全てを継いでいた幼馴染と共に剣の修行に明け暮れた。


 例え次の剣を得られずとも、俺は強くなったと思えていた。

 例え幼馴染に及ばずとも、俺との打ち合いが幼馴染にとって何一つ実りにならないと気付いていたとしても、村では二番と自負出来るほど強くなったという自信が、少しだけでも空虚だった胸を埋めることが出来ていた。


 そんな幼い自惚れを粉々に打ち砕いたのは、爺さんが死んで一年経ったある夜のことだ。

 いつも、いつまでも頭にこびり付き、忘れることのない夢の終わり。

 村に滅びを与える厄災──夜竜やりゅうの襲来が、前兆もないまま始まったのは。

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