脇目も振らず、濡れることすら気にせず街中を駆けるライト。
イデアルを探しに出るわけでもない彼が駆け込んだのは、先ほど寄ったばかりの
「ガウ支部長! お願いだ、力を貸してくれ!」
「ああ……ってライト、ずぶ濡れじゃねえか。それに息も荒れて……おい誰か、タオル持ってきてくれ!」
床を濡らし、己から滴らせながらも声を上げたライト。
そんな彼の声は、たまたま受付で話していた支部長のガウによって気付かれ駆け寄られた。
「だ、大丈夫ですかライトさん……?」
「ああ、ありがとう。我ながら少し冷静じゃなかった」
「普段動じないお前がそんなに取り乱すとは……聞かせろ、何があった?」
ガウの声にいち早く反応して動き、心配そうにタオルを持ってきた青髪の受付嬢リゼ。
リゼからタオルを受け取り頭を拭いたライトは、ガウと共に応接間へと移動し、温かいお茶と代わりの服を用意された後に話を始めた。
「……なるほどな。まさかあのイデアルまで攫われちまうとは、そう易々と誘拐されるタマには見えなかったが?」
「……分からない。あいつは強いけど、抵抗したような形跡がなかった。逃げたにせよ、抵抗していれば部屋はもう少し荒れるはずなんだ」
家の惨状。イデアルの失踪。家の扉、そして屋根が壊されていたこと。
それらを考慮し、誘拐された可能性が高いと。
手で顎を撫でながら耳を傾けていたガウへ、ライトはゆっくりだが自らの考えを口にしていく。
イデアルは強い。それは他ならぬライト自身が一番理解している。
戦いの経験があるのかは知らないが、少なくともあの膨大な魔力があるのなら、放出するだけで並の人攫い程度対処出来ると知っているからだ。
だがライトが見た限り、ボロ小屋内に戦闘が行われた跡などなかった。
ラルラル川で見せたような、地形を変えてしまいそうなほどの魔力が行使された形跡はなく、雨によるボロ小屋に見られた損傷は扉と天井くらいであった。
何よりそんな魔力が振るわれたのなら、周囲で少なからず騒ぎになっているはず。例え町外れのボロ小屋であろうと、誰かしらは異常を嗅ぎつけるだろう。
つまりイデアルは抵抗できずに、或いは抵抗せずに誘拐犯の手に渡った。
それがボロ小屋から役場までの間、雨に濡れながら走ったライトがまとめた結論であった。
「やっぱり、最近の行方不明事件と繋がっているんでしょうか?」
「どうだろうなぁ。ただ俺は黒だと見ている。大国ヴァリオール、その中でもゴルザは他国に比べ魔族差別が少ない方だが、それでもないわけじゃない。更に言えばこちらから他国……そうだな、黒帝国ボルザーク辺りへ持ち出せば高値で取引されるだろう。あっちは奴隷制度を公認、むしろ支持しているからな」
ガウはモノクルを光らせ、憎らしげに顔を歪めながらそう吐き捨てる。
「……ともかく、俺は捜しに出ます」
「ちょ、待てよ。そんな闇雲に動いたって見つかるわけないだろ?」
「──そうだよライト。こういう時こそ冷静に、それが冒険者の鉄則だろ?」
話は終わりだと、部屋から出て捜索に出ようとしたライト。
そんなライトを制止しようとするガウと重なるほど同時に、応接間へと響いた男の声。
ライトとガウ。共に聞き馴染みのある声を掛けながら応接間へと入ってきたのは、銀の短髪をした長身で容姿の整った男。等級Bの冒険者である“飛剣“のバルスであった。
「失礼ながら、話は聞かせてもらったよ。その話、俺にも協力させてくれないかな?」
「バルスさん。力を貸してくれるんですか?」
「もちろんだよライト。同じゴルザの冒険者、困った時はお互い様だとも。何より、罪のない人が巻き込まれているのなら人として見過ごせないね」
焦るライトを肩に手を置いて窘めながら、バルスは協力すると笑顔を見せる。
ゴルザでも実力ある冒険者とされるバルス。
そんな彼の協力はありがたいと、ライトはひとまず落ち着きを取り戻して話し合いへと戻った。
「スライム狩りの、それなりに名の通った冒険者の連れまで狙ったんだ。騒ぎになるのを考えれば、彼らもきっと事を急いでいるはず。街を出るなら今日中だろうね」
「だろうな。偶然か、それとも今日を狙ったのか。連中はこの雨に紛れて逃げ果せるつもりだろう」
冷静に己の見解を述べるバルスに同意したガウは、街の全体を把握出来る地図を取り出して広げる。
歓楽街ゴルザ。壁に囲まれた街の外への通行を担うのは東西南北、全部で四つの門のみ。
把握されていない隠し道があるのなら別だが、仮に今日逃走を予定しているとすれば、必ずこのいずれかから脱出することになる。そこを抜けられれば、誘拐された魔族を助けるのは不可能だろう。
「魔族狩りがこの国を離れるとして、使う可能性の高い門は東か西、次点で北のはずだ。ヴァリオール内部へ続く南の道は、他国へ渡る際の利点が少ないからね」
「だろうな。北は逃げるに適さないルールル山があるから低い……となれば東か西、素直に西が最有力か?」
東と西、そして北門を順に指で叩きながら話すバルスにガウも賛同する。
東はヴァリオールから出る最短ではあるが、西には大山脈──その先にある帝国がある。魔族狩りの目的が他国での商売だとすれば、必然一番可能性が高くなるのは西というのが共通の見立てだった。
「警団の連中にも援軍を頼むが、それでもすぐに動くのは難しいだろう。今
「ならライトニングのメンバーを散らし、四箇所全てで現場の指揮を執らせよう。可能性の高い東と西に冒険者の大多数に回し、北を俺が最小限の数で見張るのが理想かな。この方針でどうでしょう、ガウマン支部長?」
「……そうだな。実力、評判を考慮すればお前らが指揮役に一番適している。だがバルス、お前の負担が多いが大丈夫か?」
「問題ないです。
それなら自分は東へ行くべきと、ライトは内心自ら向かうべき方角を決める。
東。つまりもっとも可能性の高い門へ向かい、イデアルを助ける。
それが今の自分の取るべき──否、しなければならない最善だと手に持つ剣に強く握った。
「さあ時間はない! 事態は一刻を争う、お前達は先に向かってくれ! 逃げ切られたらのゴルザの恥だと思えよ!」
パンと、ガウが大きく手を叩いた後、応接間で話した三人は行動を開始する。
支部長であるガウは街の警団への呼びかけ、冒険者への緊急
北門へ向かうバルスは、その前にライトニングの仲間へこれからのことを伝えるため。
そしてライトは、一人の通行とて見逃さないようにといの一番で東門へ向かおうと役場を後にしようとした。
そんなライトが入り口ですれ違ったのは、黒のポンチョで身を隠した男──グロームだった。
「……信じて、いいのか?」
「全てはお前次第さ。選ぶのも歩むのもお前だぜ、ぐいーっひっひ!」
すれ違い様に、耳元でライトへある事実を告げたグローム。
それを聞いたライトは急いでいた足を止めて確認するが、帰ってくるのはいつも通りの笑い声だけ。
「餞別だ。いい男は水も滴るらしいが、ずぶ濡れでは姫の迎えには相応しくないだろう……ぐいっひっひ、ぐーいっひっひ!」
無駄に格好付けた動作で着ていた真っ黒なポンチョを脱ぎ去り、空中へと放り投げながら役場の奥へと進んでいくグローム。
黒い大布はひらりひらりとは空を舞い、水滴と共にライトの導かれたように手元へと収まった。
数秒、立ち尽くしてしまうライト。
グロームが囁いた情報。それは自分が取るべき決断を変えるべきか、大きく迷わせるものだった。
「……待ってろよ、イデアル」
自分はどうするべきか。イデアルを助けるために、どこへ向かえばいいのだろうか。
時間にして五秒ほど。永遠にすら感じた一瞬の果て、決断したライトは再び雨の中を走り出す。
目指す場所は一つ。そこにイデアルは、攫われた自身の同居人は必ずいる。