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軽い依頼で自己紹介を

 ゴルザ北東付近、ラルラル川。

 ゴルザの東門から出て、西と同じくラウン街道を少し歩いてから道を逸れると姿を現わす川である。


 水の色は澄んだ緑。流れは緩やかながら、大人の膝ほどという歩き渡るには少し躊躇う深さ。

 付近と川内、共に生息している生物の危険度の低さから釣りのスポットとしても名の上がるほどだ。

 その川を架けられた唯一の橋こそがラルラル橋。

 依頼を受けて街から出てきた冒険者のライトともう一人──スライムの魔族、イデアルがぼんやりと橋上から川を見下ろしていた。


「なーライトー。いつまでこうしとるんじゃー? スライムー、スの字も見えないんじゃがー?」

「スライム自体はいるだろう、すぐそばに」

「そういうことじゃなくてなー?」


 服を自分好みの軽装に変え、腹も満たし意気揚々と街から出てきたイデアル。

 しかし橋に辿り着き、暫し眺める時間が生じてしまえば既に熱意は萎え、だらりと身を蕩けさせながら柱の柵に寄りかかってしまっている。

 一方のライトは、そんなだらけ魔族のことなど見向きもせずじっと川を眺め続けていた。


「透明色のスライムを目視が難しい。水内に潜伏していた場合、発見に時間がかかってしまう」

「そういうもんか? 我は魔力の流れを辿れる故、どこにいるかなど一目瞭然じゃが」

「……そういうの先に言ってくれないか?」

「聞かれなかったしなぁ」


 だらんと溶けかけながら、紫色の人差し指でまっすぐ水面の一点を差すイデアル。

 一見他と何ら変わりなく、波が生じることすらない川の表面。

 人並み程度にしか知覚出来ないライトには分からないが、イデアルはそこにスライムがいると確信して──否、橋から見下ろした瞬間には隠れてさえいないと理解していた。


「早く我の実力お披露目したいなー。なんかハプニング起きないかなー? もう我、川ごと吹き飛ばしちゃっていいかー?」

「駄目だ。俺も見たいし記録を取りたい。だが吹き飛ばして川に影響を及ぼすのは……おっ、動いた。本当にそこにいるとはな驚きだ、行くぞ」


 そんな話していれば、ようやく行動を始めた川中のスライム。

 のそりのそりと低速ながら、水面に揺れを起こしながら移動する魔物を見失わないように注意しながら、スライムの下へ駆け出すライトは背中の鞄に手を入れまさぐり出す。


「気になっていたんだがその鞄、さては魔法鞄マジックバッグか?」

「ああ。入れた物の位置が固定され、所有者の意志以外で振ろうがひっくり返そうが中身に影響しない優れものだ」

「ほうすごい。実に器用な仕様、中々の職人による技巧じゃな」


 鞄について聞かれ、心なしか自慢げに説明し出すライト。

 ライトが冒険者になって最初の一年の報酬を貯めて購入した、中身固定の付与された魔法鞄。

 ライトの収入ではより高価な収納区域拡大の鞄には届かなかったが、それでも現状においてもっとも必要だと購入して以来重宝している愛用品だ。


「透明色のはちょうど不足してきた所だ。ふふっ、補充出来るのはありがたいな」

「ほじゅー? それって……ああ、飛び込んじゃった。何考えてるんだろ、あいつ」


 透明色で純度の高い、清浄なスライムは、水よりも人の肌に馴染みやすく。

 一度濾過し、更に加熱消毒すれば、薬や飲料など様々な利用方法があると研究によって使用出来る。


 そんな説明を一切放棄したライトは、大きめの空瓶を二つほど、そして腰に備えていた短剣を抜き。

 役目を終えたとばかりに鞄を放り捨て、走る勢いのままラルラル川のスライム付近へと飛び込んだ。


「ふふっ、こいつは中々質の良いスライムだ。主食は水……いや、この川だけじゃここまでの透明度にはならないはずだ。これはまた調べ甲斐も使い甲斐もある……ふふ、ひひひっ!」

「手慣れてるなぁ……そんでそうやって人に見せられないにやけ面で我も剝ごうとしたんじゃな、おお怖い怖い」


 イデアルは大げさに、おどけながら自らを抱きしめ怖がる。

 ちなみにスライムにとって水中というのは有利に近く、普通の人にとっては不利に近い。

 手段、状況によっては小型の弱いスライムが大人の命を奪うかもしれないほどなのだが、まあそんなことは今のライトにはそんなことは関係なかった。


「ふうっ、頑張った頑張った。川の水と混ざらないよう配慮するのは骨が折れたが、それでも上々の収穫だ。これなら当分は困らないだろう」


 これは当分終わりそうにないなと。

 ノリについていけないイデアルが体育座りをしながら川縁で呆れながら眺めていると、採取の終わったらしいライトが器用にスライムの体を蹴って水の中から帰還する。


「我に近づくな。濁るから水に濡れるのは嫌いなんじゃ」

「そうなのか、気をつける。それで待たせたな。イデアル、お手並み拝見といこうか」

「やっとかぁ。待ちくたびれて液体になっちまいそうじゃった」


 それはそれは機嫌良さそうに、拾い上げた鞄へ丁寧に瓶を仕舞うライト。

 そんなスライム馬鹿の指示を受け、やっとかとばかりに重い腰を上げるも腕を組んで悩み出す。


 ライトに体の一部を奪われ、ざばんと水面に顔を出しながら二人の下へ迫る透明スライム。

 通常のスライムの体に人間や魔族のような神経は通っておらず、触れられようが斬られようが感じる事はない。

 だが体の中に潜むスライムの心臓たる核は、ライトを自らの敵だと本能的に理解し、吸収して自らの糧に変えるべく狙いを定めていた。


「しかしせっかくのお披露目、ただの見せるというのもあれじゃな……そうじゃライト! 何か潰していい火種でも持ってないか?」

「火種? 安物のライターはあるけどそれで足りるか?」

「十分じゃ。むしろその程度の方が分かりやすくなる」


 少なくとも、二人の倍ほどはあろうかとスライムの体。

 起こしたそんな大きさなのにもかかわらず、二人が危機感に苛まれることはなく、鞄から取り出されたライターがイデアルへと投げ渡されていた。


「スライムが摂取、吸収する物に応じて自らを変質させていくのは当然知っているじゃろう? 当然我にもそれは適応されるんじゃが……我のはちと特別でな、はむっ」

「……食べた?」


 カチカチと音が鳴った後、使い切りの安物ライターに火が灯る。

 点いた小さな火を前に満足しながら頷いたイデアルは、そのままライターを口元へ寄せて火を食べてしまう。



「刮目するがいい。──魔力放出、火染まりリリースマギ・ファイア



 川の外、二人を呑込まんと迫る透明スライム。

 そんな魔物へイデアルが右手を翳した直後、放出された尋常ならざる炎によってスライムは消し飛んでしまう。


「……驚いた。今のは魔法なのか?」

「否、ただの魔力放出じゃ。ただし喰った火種の性質が乗った、な?」


 全身を焼け焦がし、ボロボロと崩れ去っていく透明スライム。

 その一瞬の光景に目を見開き、そのまましばらく驚きを隠せないライトだったが、イデアルはどうだとばかりに胸を張って説明されたことで、今度は違う意味で驚いてしまう。


 魔力放出。それは言葉どおり魔法でなく、自身のある魔力を弾として放出する技術。

 魔法使いが魔法よりも前、魔力操作の基礎として学ぶ技術。魔法を扱える者であれば、誰にだって可能とされる技術である。


 魔力自体の密度は限りなく薄く、平均的な魔法使いが人に放とうと目くらましが精々、例え一流であろうとそれを火力にするのは相当の技量を要する。


 一切の魔力を持たず、その手のことついては初歩の知識程度しか持ち合わせていないライト。

 それでも昔、知り合いからの魔法使いから聞かされたことを覚えていたから。そして何より、イデアルの言葉を信じているからこそ驚愕してしまう。


 イデアルは確かに魔法ではなく魔力の放出と口にした、ライトに聞き間違いはない。

 つまりその、一流であろうと威力が出せるはずもない魔力の放出のみでスライムを消し飛ばした。一流の魔法使いにすら困難な芸当を、いともたやすく行ったのだのだと。


「まあ全ての物とはいかないが、我は喰った物の性質を利用できる。種火程度なら一度利用する程度が限度じゃがな。ほれどうだ、存分に褒めよ褒め……もう、空気読めんなぁ」


 反応すら追いつかないライトを前に、勝ち誇ったように笑みを浮かべるイデアル。

 だがそんな笑顔も、川内からばしゃんと飛び出してきた水の塊。

 熱で核が爛れながら、それでも生き残ったスライムが川の水を魔力で操作し、仮初めの肉体を構築して反撃に転じたのだ。


「弁えぬ死に体風情が。なら次は我の魔力そのままにて、芥の域まで散らせて──なっ?」

「必要ないよ。もう終わったから」


 興醒めとばかりに顔から笑みを消したイデアルは、再び手を翳して魔力を手に溜める。

 先ほどとは違い、紫色の手に満ちる魔力。

 それが放出されればスライムの核は愚か、ラルラル川の地形すら容易に変えてしまそうなほどの魔力量。


 だがそれが放出されることはなく。

 イデアルの魔力が満ちる間もなく、銀閃が煌めいたと思えば、次の瞬間には透明スライムの核は寸分の狂いなく均等に両断され、水共々力を失ったように落ちていった。


「え、斬った……の? たった一振りで? 嘘ぉ?」

「所詮はスライムだ。硬化するでもなく、さして大きくもない個体なら簡単に核を斬って終わりに出来る」

「今のはそういう問題じゃない気がするんだが……ま、いっか! そこは我が見込んだとおりってことで!」


 カチン、と小気味好い音を立てて剣を収めるライト。

 溜まった魔力を霧散させながら、ぽかんとした顔で驚くイデアルを尻目に再び川へと飛び込んだ。


「こっわ。我、最初に和解を求めてなければ死んでたんじゃないか?」

「あんな魔力を見せられるとそうは思えないけどな。さて、これで依頼は達成。用は済んだしもう帰るか、それとも釣りでもしていくか?」

「とっとと帰って飯じゃ。朝と夕では街は色を変える、当然違う美味も姿を現わすものじゃからな!」


 ライトは手にスライムの核を握りしめながら川から上がり、鞄からタオルを取り出して拭いていく。

 出会ったあの日、殺し合わずに済んで良かったと。

 互いに安堵を抱きながら、二人はこの後について和やかな様子で話し出した。


「……ところで我、仮にも女子がいる前で着替え始めるのはどうかなーと思うわけ。それとも新手の変態か?」

「……悪い。依頼は基本一人だったからつい、反省するよ」


 ……和やか、なのだろう。きっと。






 ライトとイデアルがラルラル橋にて依頼を済ませた日、その夜が更けた頃。

 ラウン街道、ゴルザとルミクの中間点。

 木の看板の立てられた、スライム狩りことライトとイデアルが初めて出会った場所に、突如として空間の穴が開いた。


 穴から現れ、月の優しい光を受けるのは皺一つない執事服を来た青肌の男。

 綺麗に締められたネクタイ、身につけられた白い手袋。臀部から伸びた一本の尻尾。

 だが何より目を引くのは、男の背に付いた大きな蝙蝠翼。そして頭へ付けた一対の角であった。


 ──悪魔デーモン。知る人が男を見てしまえば、たちまち恐怖で震え上がることだろう。

 魔族における最上種、或いは番外。

 十二の数のみ存在する種にして、悪魔のみが生きる魔界エンディアからの来訪者。竜にも並ぶこの世頂点の一角、人が根源から恐れ戦く強き者。それがこの男の正体だった。


「よっと。転移なんて使うの何年、そんで本大陸こっちまで来るのは何百年ぶりだ?」

「まったくマーリン爺さんめ。これまで散々見逃してきた癖して死に際で荷担するとは……あの嬢ちゃんの笑顔にでも絆されたか?」


 青肌の男は実に気安い口調で独り言ちながら、何かが目に付いたのか少し歩いて屈む。


「あららっ、こうも綺麗に残滓が残っちまってるか。……ったく、逃げるなら上手く逃げてくれよな。余計な仕事が増えちまう」


 白い手袋で地面を軽く撫でながら、困ったと言わんばかりに顔を上げて一点を見つめる。

 男が見つめるのは街道の先──ゴルザの街の方角だった。


「乗り切れねえが仕方ない。恨むなら己が宿命だけにしてくれよな、イデアルお嬢さま?」


 青肌の男は背の翼を広げる──ことはなく、先ほど手を付けた地面を足で擦ってから歩き出す。

 彼が去ったすぐ後、空間の穴は最初からなかったかのように消えてしまう。

 唐突に、されど鮮烈に穴の中から現れた青肌の男。

 彼は自らの痕跡は一切残さず、来訪を誰一人とて知られることなく、ラウン街道はいつも通りの静けさを取り戻した。

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