ゴルザの支部長、ガウ・ガウマンに通されたの
客を招くにふさわしい綺麗さ、武器を携える冒険者がいるには少し不釣り合いな一室。
そんな部屋のソファにライトは座り、向かい合ったガウに依頼の詳細について報告していった。
「……なるほどな。つまり道を塞いでいたスライムがその方……ちなみにだが、見かけどおりの年齢でいいのか?」
「さあな。我に限らずとも、
「報告と身元の証明に偽装も隠蔽もして欲しくないのは当然だと思うんだが……まあいい。ともかく昨日の報告通り、街道の脅威については解決したで良いんだな?」
「はい。少なくとも、依頼にあった正体不明の大型スライムの影響はもうないはずです。等級Cの冒険者として、スライム狩りとして断言させてもらいます」
差し出された茶菓子を優雅に食べ、気怠そうに頬杖を突きながら淡々と答えるイデアル。
そんな彼女の態度に少し困ったように苦笑いを見せるガウへ、ライトは若干同情しつつも報告を終えた。
「しかし紫の肌、スライムの魔族か。……俺も長いこと支部長やってるが、正直初めて聞いたな」
「俺もです。正直に言えば、ちょっとドキドキしています」
腕を組んで唸るガウ。対して笑顔こそないが、今の心をそのまま伝えるライト。
自らの知識と直感に間違いはなく、イデアルの言葉も正しく。
決しておくびにも出さないが、やはり自身の夢へと近づくための千載一遇の機会と、その見立ては間違っていなかったのだと気持ちを弾ませていた。
「イデアル。あなたに一つ、ゴルザの支部長として問わせてくれ。この街を……人間を害する気はあるか?」
改まってイデアルへと向かい直し、モノクルを光らせながら真面目な声色で尋ねるガウ。
場合によってはそれ自体が無礼と、そう捉えられてもおかしくはない問い。
先ほどのような破裂直前の緊迫で場を満たすのではと、ライトは少しだけでも警戒してしまう。
「ない……と断言はせん、というかあってもあるとは言わんだろう。我のこれからなど我と周囲が絡まった因果の末路でしかない。握手には握手を、敵意には敵意を、血みどろには血みどろじゃ」
けれどもそうはならず。
イデアルは欠片も機嫌を変えることなく、食べ終わってしまった自分の分だけではなく、まだ手の付けられていなかったライトの茶菓子を摘まみながらそう答えた。
「……そうか、なら信じよう。他国から流れてきた魔族が恨みのままに暴れ、悲劇の果てに討伐なんてのはたまにある話だ。そうならないことを祈るよ」
ガウはその返事に納得を示し、少し重かった雰囲気を霧散させる。
どうやらまとまりそうだと、ほっと息を吐きながら茶菓子に口を付けようとしてそれが既にないことに今気付き、ちょっとだけ口角をひくつきながら茶を流し込んだ。
「ふうっ、それよりスライムの依頼はありますか?」
「……はあっ、お前がいつも通りだと安心するよ。ほらよっ、どうせ誰も受けたがらねえハズレ扱いだ」
ゆるりと一服した後、さくりと思考を切り替えたライトはガウへと尋ねる。
ガウはやれやれと首を振りつつも、言われるのを分かっていたとばかりに懐から巻かれた紙を取り出して、適当にライトへと放り投げる。
中に記されていたのは、ライトの求めたスライムについての依頼。
ゴルザより北東にあるラルラル川に架けられたラルラル橋。その付近にて発生したとされる透明に近いスライムの駆除、及び周辺への影響の確認が主な内容だ。
川に発生したスライムは水を吸い、大型へと成長しやすい傾向にある。
それを危惧した上での依頼。推奨等級はC、同じく等級Cであるライトにとっては妥当な依頼である。
「……なるほど、受けます」
「そう言うと思った。ならとっととサインして行っちまえ」
とはいえ、ライトにとって依頼の難度など関係なく。
スライムの依頼。その一つの要点をもって承諾し、さくっとサインを済ませて立ち上がる。
つい先ほど会話など過去のもの。ライトの思考はすでにこの場ではなく、依頼についてへと切り替わっていた。
「……そういえば、最近のカンドゥラさんの営業場所、心当たりありませんか?」
「カンドゥラ? あー、そういや最近見てねえなあの婆さん。場所は分からんが、周期的にそろそろ出てくるんじゃねえか?」
「そうですか、ありがとうございます。では失礼します」
そういえばと、聞くべき事を思い出したと立ち去る前に尋ねたライト。
受諾の処理へと取りかかっていたガウが知らないと答えると、ライトは今度こそ部屋から立ち去っていく。
「なあなあ? それで依頼とやら、我も付いていっていいか?」
「構わないが……スライムだぞ? 同族を狩るのを見るのは、嫌な気持ちにならないか?」
「魔物と魔族は違うしなぁ。小遣いなしで街で待っているのも暇でしかないし、せっかくだし我の力でも示してやろうと思ってな?」
ライトに続いて部屋から出て、横に並びながら提案したイデアル。
ライトの一応の配慮に彼女は、ガウに見せたような覇気など微塵も感じさせない、幼さすら備えるほど屈託ない笑みを浮かべた。
先ほどまでの彼女とは別人ではないかと、一瞬だけ疑ってしまいつつも思考を巡らせる。
ここで街へ残す利点、同行してもらう利点。
双方を天秤に掛けた瞬間、理性と欲望の両方が一瞬にして後者へと傾かせた。
「なら、家賃相当に手伝ってもらおうか。ちなみにだけど、戦闘能力は如何ほど?」
「自慢じゃないが、我ながら結構やれると自負してるぞ。……あとお願いなんじゃが、持ってく食べ物はその……なっ?」
「……考えとくよ」
「頼むから断言してくれ。な? な?」
なりふり構わずしがみつき、必死に頼み込んでくるイデアルと共に役場から立ち去ろうとする。
だが廊下を抜け、再び戻った受付では、先ほどまでなかった騒ぎの声で盛り上がっていた。
「ん、先ほどまでより少しばかり騒がしいな。何か起きたのか?」
「さあな……グローム、何の騒ぎだ?」
「スライム狩りかぁ。ぐいっひっひっ、光輝溢るライトニングご一行様の凱旋だとさ」
彼らから一歩外れ、気味の悪い笑みでにやついていた男。
ライトの少ない友人であるグロームが饒舌に語ると、ライトもなるほどと納得したように頷く。
「ライトニング?」
「等級B、“飛剣”のバルスが率いるゴルザでも腕利きな冒険者パーティだ。確か北部のりゅうみみず討伐の依頼に出ていたと聞いていたが……どうやら無事に帰還したらしい」
首を傾げたイデアルに、ライトは軽くだが説明する。
“飛剣”のバルス。大剣に魔力を乗せ、可視化出来る斬撃を放てることからそう呼ばれる冒険者。
品行方正な素行良し。高い依頼達成率と
周りに笑顔で対応していた彼らのリーダーであるバルスは、たまたまライトと目が合い、周囲に謝りながら近寄った。
「やあライト、元気そうで何よりだよ。と、珍しい肌の色……なるほど、そちらは魔族の方だね」
「……ふん。随分と高慢だな、お主は」
「はははっ、中々にきついこと言うねきみ。さてはどこかで会ったことでもあるかい?」
そう背の低くないライトを頭一つ超える背丈のバルス。
そんなバルスはライト──ではなく、イデアルの方を測るように見下ろしながら挨拶してきた。
「……どうやら嫌われてしまっているようだね。邪魔者はここで退散させてもらうよ、またねライト」
「はい。そちらも頑張ってください」
再び纏う雰囲気を変え、冷めた鋭い視線を向けるイデアル。
バルスはにこやかさで対応しながらも、どこか居心地の悪そうにこの場を立ち去っていく。
「……不快じゃ極まりない。相容れぬ
「そうなのか?」
「ぐいっひっひ! どうやら嬢ちゃんは違って
去っていくバルスの背を、掃き溜めでも見るかのように睨み付けるイデアル。
たった一瞬の会話。特別嫌う理由など見受けられなかったがと、ライトはつい首を傾げてしまう。
だがこの場にいたもう一人、グロームは何が面白いのか、パチンと指を鳴らしてから歯を剥き出しにするほど語り出した。
「ぐいっひっひ、光ある所に必ず影はある。あの清廉潔白な“飛剣”にだって根付いている欲や思想はあり、何かの拍子に魔が差すものさ。いつか剝がれるのかねぇ、善人の化けの皮とやらが。ひっひっひ、ぐいーっひっひ!!」
饒舌に語るだけ語ったグロームは両手を上へと広げながら、上機嫌のまま去っていく。
「……濃いくせに陰気なやつだなぁ。笑い方もあれじゃし、なんか性格悪そうじゃ」
「悪いやつではないんだ。……変なやつではあるけどな」
「人は見かけに、か。魔族に言われちゃ世話ないなぁ」
別にそんなことはないのに、置いていかれたみたいな空気になってしまう二人。
相変わらずだなと微笑むライトに対し、イデアルは何とも言えなさそうに顔をしかめてしまっていた。
「さて、そろそろ俺達も行こうか。人など気にせずに、俺達は俺達の仕事にだ」
「その前に飯じゃ飯。朝食、終わったら奢ってくれるんじゃろ?」
「……さっきの朝食じゃなかったのか」
軽く手を叩き、若干変になっていた空気を切り替えて歩き始めるライト。
そんな彼に続きながら、腹を撫でて媚びるような声と上目遣いで訴えながら、二人は役場から出ていった。
「あ、それと我、自分の服も欲しいな! その辺も含めてよろ!」
「……はあっ」
果たして財布の中身は如何程だったかと。
年齢こそ不明だが、これから共に生活する少女を世話する苦労、ライトは一際ため息を吐かざるを得なかった。