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冒険役場にて

 スライム狩りとスライムの魔族、人間の男と魔族の女。

 色々あった末に相反するはずの存在同士の契約は為され、二人は同じ屋根の下で暮らすことになった。


 そんな契約成立より一夜明け、訪れた次の朝。

 澄み渡る快晴。雲一つない空の下、ライトとイデアルは朝早くでもそれなりには活気のあるゴルザの街中、その中でももっとも大きな中央通りを歩いていた。


「我が身に染み渡る陽の光! 清々しい風! んー、こっちの朝は何とも爽快じゃなあ!」

「……前いた場所では違ったのか?」

「あー、まあそんなところじゃ。少なくとも、こんないい風は吹かない場所だったな」


 イデアルはライトの貸した普段着を裾の合わない状態で着ながら、パタパタと一歩先を歩いていく。

 服とローブでなるべく肌を隠しつつも、それでもやはり注目を集めてしまう彼女の姿。

 ついでに言えばライト──スライム狩りが少女を連れて街を歩いているのがあまりに珍光景すぎる故に注目を集めているのだが、肝心の本人はそれを自覚などしていなかった。


 右を見て浮かれ、左を見て目を輝かせ。

 まるで初めて街を訪れた姫君のような彼女の感動は、何やら気になる言い回しだと。

 気になってしまったライトがつい尋ねてみると、ばつが悪そうにしたイデアルは露骨にはぐらかそうと不審な挙動を取り始めてしまった。


 そんな様子にライトは追求することなく「そうか」と話を切り上げて、少し考えてしまう。

 道にて倒れていたと、出会いの最中イデアルは言っていたはず。

 ならば相応の事情を抱えているに違いない。どこかの国から逃げ出してきた元奴隷が巡り巡ってここまで流れ着いた。自らをそこまで賢くないと自負しているライトでさえ、そんな悲劇すら容易に想像出来てしまうほどだ。


 ともあれ、余計な詮索はするべきじゃない。

 同じ屋根の下で暮らすことになったとはいえ、所詮は昨日知り合ったばかりの他人でしかない。

 自分は食と住を提供し、彼女には研究に協力してもらう。

 自ら話すことがなければ、そんな関係でしかないのだとライトは、これからの方針と話題の振り方を改めて肝に銘じた。


「それでライト? 我、非情に空腹なんで朝ご飯食べたいなーって気分なんじゃが、どうでしょう?」

「俺もそんな気分だが先に寄る所がある。我慢出来ないならあれがあるが……食べるか?」

「我慢する、我慢するからあれはもう勘弁してくれ。あれは人の食べ物じゃない、命を繋ぐために尊厳を放棄した者の食事じゃ……」


 ライトの提案で味を思い出したのか、ぷるぷると身を震わせて抗議の意を示してしまう。

 そこまでか、と今や舌が慣れてしまったライトは少し申し訳なりつつも、そういえば冒険者に成り立てだった自分もこんな感じで俯いていたなと思い出してしまう。


 当時は一つ前の型で今の三割増しで酷い味と食感、最早泥団子というより泥の塊の領域だった。

 慣れないうちは咀嚼から嚥下までの家庭を体が受付けず、吐き出すこともしばしば。

 あまりに酷いのできつい味の薬草と一緒に呑み込まざるを得ないほど。我ながら値段の安さだけでよくぞあんなものを食べ慣れたなと、ライト自身でも思うほどだ。


「あ、あれいい匂い! ライトあれ、あれ何!?」

「ああ、コッコの肉と葉をパンで挟んだ……ちょうどいい、あれを朝食にするがいいか?」

「うん! ありがとっ、ライト!」


 二年前程度だというのに、懐かしいなと感傷を抱いていたライトだったが、いつの間にか隣に並んでいたイデアルは一つの屋台を指差す。

 紫の人差し指の先──少しの列の先の屋台で売られていたのは、コッコという鳥の肉を使ったサンドウィッチ。ライトも何回か食べたことのある、市民からの評判も良い店だった。


 店前に置かれていた出来上がった数品と店員の快活な呼び込みに、ライトのお腹の虫も少しばかり騒いでしまう。

 地元の者が朝食にと買うには少しばかり割高なのだが、まあたまにはいいだろうと二つ購入し、手頃に座れる場所へと移動して朝食を摂ることにした。


「うまうまー♡ なにこれ超美味ー♡」

「なら良かった。それで一つ言うのを忘れていたんだが、これから向かう冒険役場ギルド内では俺から離れないで欲しい──」

「ごくっ、分かっている。我は他の魔族よりも目を引く特別な身、どこへ向かうつもりでもひとまずは幼子のように大人しくそばにおるさ」


 頬を落とす勢いで褒めながら、サンドウィッチに舌鼓を打つイデアル。

 そこまで喜んでもらえたのなら奢った甲斐もあると、ライトは少し顔を綻ばせながら自分も食事を進めていく。

 その最中、そういえばと言い忘れていた注意を告げようとしたライトを手で遮り、問題ないと雑に返してから更に更に一口放り込む。


 先に食べ終わってしまったイデアル。

 ライトが手に持つ食べ途中、残り半分ほどのサンドウィッチを乞うように見つめて数秒の間。

 やがて諦めたようにため息を吐いたライトは、仕方なしとばかりに差し出した。


「ありがとう! 我、お主のこととっても好き!」

「……そうかい。それなら良かったよ」


 人の、それも男の食べかけに何か思うところはないのかと。

 欠片も男と認知されていないのだろうと、ライトは隣で頬張るイデアルの緩さに少々呆れながら、彼女が食べ終わるまで待つ。

 ぺろりと、実印呆気なく完食したイデアルは、軽く腹を撫でてからひょいと立ち上がる。


 そんな気ままな彼女を目にしたライトはやれやれと首を横に振りつつも立ち上がり、再び冒険役場ギルドまでの道を歩き始める。

 朝の時間も少し進み、人も多くなり出してきたが、別段二人の歩みが変わることはなく。

 意外にもしっかりとそばから離れることなく、はぐれずに冒険役場ギルドまで辿り着いた。


「ここが冒険役場ギルド……いやはや、中々に壮観よなぁ」

「はしゃぐなよ、目立つと面倒だ」


 職員、冒険者が行き交う役場内の活気にうむうむと頷くイデアル。

 そんな彼女を窘めながら受付までの道のりを向かう最中、大盾を背負った大柄の中年が近づいてきた。


「おうおうスライム狩りさんよ。スライムにしか興味ねえ変態だと思っていたが、実はヤることしっかりやってる子持ちだったのかよ?」

「違う、縁あって預かったんだ。それでタグ、今日はスライムの依頼はあったか?」

「知らねえし興味ねえな! 不人気ものなんてどうせ余ってるだろうし、後で自分で確認してくれや!」


 バンバンと、ライトの肩を叩き、イデアルへ軽く笑いかけてから去っていく大柄の中年。

 そんな中年の背に首を傾げるイデアルをよそに、ライトは「今日もあるといいが……」と呟きながら止めていた足を再度動かし始めた。


「なんじゃ、バチバチに喧嘩せんのか? そういうもんじゃろ?」

「どこの常識だ。こんな人の場で喧嘩なんてしたら罰則、場合によっては追放まである。進んで食い扶持を失いたい馬鹿などそういないよ」


 ライトの返答に少しつまらなさそうに口を窄め、軽く拳を前に突き出すイデアル。


 イデアルが言うように、バチバチに喧嘩やら決闘に走る物騒な時代もあったが過去の話でしかない。

 冒険者。腕さえあれば我を通せると誤解されがちだが、実際は冒険役場ギルドによって制定された多くの規則を守りながら活動し、信用を大事とする職業だ。

 もちろん粗野な連中も少なくなく、そんな規則などお構いなしと粋がる者もいるが、そういった者達の末路など一つ。鎮圧されて処罰、大成せずに資格剥奪で終わりである。


 喧嘩やいざこざは余所でバレないように、それが現代の冒険者の暗黙の了解だ。


「しかしスライム狩りとは随分と我特効な二つ名じゃな。……もしかして我、頼る宛間違えた?」

「……少なくとも、あんなボロ小屋の家主を当たりとは言わないだろうな」

「違いない! ふふっ、ふははっ!」


 何が面白いのか、えらく大きな笑い声を上げるイデアル。

 到着までの最中、暫し少しの注目を集めながらも受付まで到着し、水色髪の職員へと声を掛けた。


「おはようリゼさん。遅れてしまって申し訳ないが、昨日の依頼の件を改めて報告に来ました」

「ああ、ライトさん! お待ちしていました! 今支部長をお呼びしますので少々お待ちを……えっと、ライトさん? その子は魔族ですか? 一体どのようなご関係で……?」

「その辺含めての話なんだ。なるべく早めに頼みたい」


 リゼと胸元に名札を付けた、水色髪の若い女職員。

 そんな彼女はライトへ初めはにこやかな笑みを浮かべたが、そばにいたイデアルの存在に気付いてからは途端に動揺を見せながら奥へと走り去ってしまう。


 そうして待つこと数分。

 彼女が去った奥から出てきたのは、ライトよりも頭一つ分ほど高い背丈でモノクルを光らせる壮年だった。


「ようライト。何でも子連れになったんだって?」

「どうもです、ガウ支部長。それ、まったくのハズレですよ」


 敬語ながらも気安さの感じられる軽口と共に握手交す二人。

 ガウ・ガウマン。冒険役場ギルドゴルザ支部を束ねる支部長、つまり最高責任者である。


「そうかい、そらつまらん。それでそちらは……魔族か?」

「見下すとは、随分頭が高いな。我はイデアル、不敬だぞ人風情が」


 ライトから手を放したガウは、訝しげな顔を浮かべながらイデアルを見下ろし覗き込む。

 そんなガウに対しイデアルは、先ほどまでの爛漫さなどまるで思わせぬ冷淡な雰囲気と共に見上げ、じろりと睨みつける。


 二人の間に走る緊張、一触即発とも思える緊迫感。

 ガウ支部長の動じなさもさることながら、ライトはそれ以上のイデアルの変貌と迫力、そして魔力の圧に思わず唾を呑んでしまう。


 少女らしからぬ、凡俗ですらない特別。自分が出会った際にすら剥けられなかった、一介の魔法使いでさえ戦慄せざるを得ない魔力量。

 それを例えるのなら王。人の上に立つ者がそこにいると、ライトは思わず膝を突くべきか、或いは剣を抜くべきかと一瞬だけでも考えてしまった。


「……そうかい、そいつは失礼した。役職柄、不審な輩は見定めなければならないのでね」

「構わんよ。にしてもお主、中々の胆力よな。我は気に入ったぞ」

「それはどうも。こちとらお上と関わる機会もある身、あなたほど愛らしい見かけなら多少は薄れるさ」


 付近の新人冒険者、受付の方が気絶しそうなほどの緊張。

 パンパンに張り詰めた空気の玉のようだったそれは、互いの笑みと握手と共にすぐに弛緩する。


 所々から聞こえる安堵の吐息。

 ライトもまた、顔には出さずとも荒事にならなくて良かったと胸を撫で下ろしていた。


「付いてこいライト。こちらの方含め、詳しく話を聞かせてもらうぞ」


 そう告げて移動し始めたガウに、ライトは頷いてから彼の背に続いて歩き始めた。

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