目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

スライム狩り、スライムの魔族に会う

 歓楽街ゴルザ。

 広場にて詩人が歌い、楽団が奏で、踊り子が舞うのを日常とした活気溢れる、大国ヴァリオール五大街が一つ。

 華やかな表、艶めしい裏。住む人等しく熱を持つその街は、まさに愛された盛り場であった。


 そんな街の、冒険者達が集う冒険役場ギルド

 人を喰らう魔物を狩り、古代の迷宮を探索し、時には街中の清掃や荷物の運搬まで引き受ける。まさに肉体労働におけるなんでも屋だ。

 そんな腕に覚えある冒険者が依頼を求めて訪れる場にて、話題はある依頼で持ちきりだった。


「おいおい見たかあの依頼? ラウン街道に正体不明の大型スライムだってよ?」

「見た見た、なんか紫らしいな。今のところ暴れたりはしていないらしいが、火急の対応を求むため割高……臨時報酬にと手は出したいが、等級B相当においそれと手は出せんなぁ」


 依頼の張り出された掲示板の前で、腕を組んで悩む二人組。

 彼らが眺めて話すのは一つの依頼。つい先ほど張り出された、無数にある依頼書の中でも一層目を惹く、『緊急!!』と赤い文字で記された依頼書だ。


 緊急依頼クエスト。ラウン街道にて出現した大型スライムの討伐、撃退。

 ラウン街道という、街の西門から続く、隣町ルミクとの間に敷かれた真っ直ぐな一本道。

 上質な牛の乳を名産としたルミクの町。そこから半日ほどかけ、新鮮な状態でゴルザの街へと届けられる上で重宝される街道だ。


 多くの人が利用し、互いの街の繁栄を支えるラウン街道。

 通行に利用していた人々の危険。牛乳の配送が滞るという、一部の店では容認しがたい事態。

 そんな魔物の発生報告を受け、冒険役場ギルドは緊急の対処を必要が必要だと依頼を提示したのだ。


 しかしながら、出された推奨指標は等級B相当。

 原則A、B、C、D、Eの五等級からなる冒険者。その二段目に位置するBを示されてしまい、且つ相手が正体不明の大型ともなれば、多くの冒険者は依頼の受注を躊躇うのは当然のことであった。


「だがまあだろ? なら心配はいらねえだろ」

「だな。スライムと言えば、この街にはあいつがいるからな……ほら、スライム狩り様のご登場だ」


 スライム。最強であり、最弱でもある魔物。

 魔物の中でもっとも種類が多いとされ、強く大きくなるにつれ、対処の手間や脅威に比べて報酬が釣り合わないと討伐絡みでは好まれない。少なくとも、過去にゴルザの役場ギルドにて行われたアンケートではドブさらいと薬草採収に次いで三位とされていたほどだ。



 ──だが歓楽街ゴルザには、そんな不人気な魔物を狙って狩る変わり者の冒険者が存在した。



『お、来たぜスライム狩り。どうだい愛しのハニー? あれを受けるに今夜のエール一杯を出すぜ』

『あら残念。どちらも同じ答えじゃ賭けにならないわ、不成立ね』


 冒険役場ギルドの戸を開き、一目も気にせず掲示板まで向かう男。

 腰に直剣を携え、冒険者らしい出で立ちをした、赤みがかった茶髪の少し大人びた雰囲気を漂わせる男。

 彼を登場に、周囲は少しざわつきを見せる。スライム狩り、変人ライトのご登場だと。


「……ふむ」


 周囲からの注目を集めながらも、興味なしと掲示板をじろりと見つめるライト。

 左上から右下へ。

 さして時間を掛けることなく目を通した後、表情を動かすことなく一枚の紙──例の緊急依頼を手に取り、受付へと足を進めた。


「どうもリゼさん。この依頼を受注したいんですが」

「あっ、ライトさん! こちらの依頼……スライムですね! 流石です、少々お待ちください!」


 手渡された依頼書を笑顔で受け取り、てきぱきと淀みなく手続きを進めていく受付嬢。

 その場で少し待ち、簡単なサインを済ませ、依頼を受注してから冒険役場ギルドから出ていく。


「……外野がうるさいな。相変わらず、厄介な通り名だよ」


 やれやれと、ライトは周りの陰口に後頭部に手を当て、ため息をついてしまう。


 スライム狩り。

 それはライトがゴルザで活動を始めて二年、いつの間にか付けられてしまった通り名である。


 活動以来、ゴルザの街に張られるスライム関連の依頼に狙いを絞りこなしていった末に付けられた通り名。

 基本パーティを組むことのない単独ソロながら、その受注割は実に九分九厘。

 今やスライムの依頼が出たら、放っといてもスライム狩りが受けてくれるだろうと思われているほどだった。


 巷ではスライムに並々ならぬ恨みを持つ復讐者だとか、スライムを殺すことでしか生きている価値を見出せない狂人だとか、好き放題に噂されてしまっているが。

 実際の所、そういったわけではない。ただの興味故であり、探求のための機会を求めるに過ぎない。


 すべては幼い頃、近所に住んでいた剣の師に聞かされたある話のせい。

 近所の爺さんの語った内容への興味、そして託されてしまった夢。

 未だにどうすれば気持ちよくなるのか分かってはいないが、それでも世界で一番らしい気持ちええを手に入れるため、目に付くスライム関連の依頼を引き受けるようにしていただけ。それだけなのに、気付けばライトはそう呼ばれるようになってしまったというわけだった。


 ともあれ不本意ではあれど、同時に言い得て妙だと受け入れながらも今日もスライムへと向かうライト。

 簡単に旅支度を済ませ、街を出て街道に沿って歩いてしばらく。

 ちょうどルミクとゴルザの中間地点。分かりやすく木の看板が立てられた辺りに近づいた頃、大きな体のスライムがライトの視界に入ってきた。


「……でかいな。それも紫、見たことない色だ」


 鮮やかな透明度ながら、自然には発生しないと思えるほど濃い紫色の半液体。

 我動かずと言わんばかりのスライムに、ライトは背負っている鞄からスケッチブックと羽ペンを取り出し、どうしたものかと考えながらも少し顔を綻ばせながら写実していく。

 ちなみにこの羽ペンは魔力を動力とするが、使用者の望む色を出してくれるという優れもの。ライトが半年ほどの報酬をつぎ込んで買った魔道具である。


 ライトにとって紫色のスライムは初めての遭遇で、胸内を占めるのは興奮だった。

 ライトが今までで遭遇したことのあるスライムは、赤系、青系、緑系、茶色、そして透明の五色のみ。

 故に近隣のスライムを調べてもこれ以上の成果はないと、そう思っていた矢先の遭遇だった。


「……よし。始めるか」


 写生を終えたライトは、意気揚々と腰の短剣と瓶を手に取りスライムへと近寄っていく。


 通常スライムは生まれ持った核、成長してきた場所の空気や魔力、摂取してきた餌によって自らの色と性質を変化させていくとされている魔物。それはライトにとっても既知である。

 そのため同系色でありながら、個体によって違う性質を持つ場合もあったりと、実に多種多様。

 他の魔物と異なり、完全に同じ性質のスライムなど存在しない。それが過去スライムについて調べた学者の結論であり、ライトもまた納得している所だ。


 つまりこの出会いはライトにとっても予想外ながら、望外の幸運そのもの。

 残念ながら、依頼を受けた冒険者の責務として狩るのは前提。

 けれどそれはついで。本命は自らの夢のための採取や調査こそ、ライトがスライム関連の依頼をこなす本命。

 ライトはこのスライムが深めてくれる知見が、自分の求める最高に気持ちええとやらへの更なる一歩に繋がってくれると期待していた。


 更に言えば、基本的に単独ソロで活動しているのもこのため。

 誰かと来てしまえば、私情を抜きにして目的のためにかからなければならないからであった。


「ふふっ、ひひひっ、暴れないのは都合がいい。まずは表面の採取。同時に粘度、毒性、温度による状態変化。残念ながら討伐優先で……嗚呼、時間を掛けられないのが実に惜しい──」

『んん……うひゃあ!!』

「っ!?」


 ライトが短剣で表面を切りつけ、人には見せられない笑顔で一部を摂取しようとした瞬間だった。

 刃が触れた瞬間、突如スライムに震えが走り、どこからともなく可愛らしい音が鳴ってしまう。


 いや、どこからともかくではない。

 少なくともライトは音の発生源が理解し、慌てて飛び退いて警戒しながらスライムを睨んでいた。


「スライムが、鳴いた……?」

『んーいい朝日……むっ、何じゃお主? 我の眠りを妨げるとは……さては命、惜しいのか?』


 スライムは鳴かない、というよりは鳴けないが正しい。

 すべての形作る核とそれを守るように覆う半液体の体のみで構成されるスライムには、生物にある声を発する機能は愚か痛覚さえないとされているからだ。


 スライムは鳴けない、それが通例。

 故に目の前のスライムは、希少な例外なのだ。


「言葉を理解し、同時に操る魔物とはますますのレアもの。……ふふっ、これは一層捗りそうだ」

『わー待て待て、待つのじゃ! 我は争いは好まぬ! 剣嫌い! そして笑顔と目が怖い! 武力行使はNG! やったら我が勝つ! おけい!?』


 ライトは好奇心に胸を高鳴らせつつも、気持ちを趣味人から冒険者へと切り替えるように剣を抜く。

 だが今にも戦いの幕が上がりそうな気配の中で、またも空気にそぐわぬ声が鳴り出したと思えば、共にスライムの体から伸びた触手が手を振り、必死に捲し立てながら戦闘の拒否を示す。


 まるで人のようなその反応。

 基本的な魔物にはあり得ない、ましてやスライムがするはずのない行為を前に、ライトはどうしたものかと思いながらも一旦剣を下げることにした。


「……さてどうかな。俺が剣を収めた瞬間、好機とばかりに呑み込んでおしまいかもしれない」

『しない、しないからー! 我、雑食だけど人もエルフもゴブリンも食べない! マジ、大マジじゃから!』


 剣を下ろし、あえて油断を晒してなお襲うことはなく。

 その上そのまま会話を続けようとするスライムに、ライトはひとまずは安全かと判断しようとした。


 ──その瞬間だった。

 ライトの目の前にいたスライムの全体が突如大きく震え出し、凝縮されて少女の形を築いたのは。


「ほれどうじゃ!? これなら問題あるまい? これぞ我、イデアル・ロードレスの至高の玉体よ!」


 ない胸を張り、自慢げに語る元スライムの少女。

 黄金の瞳。皮膚は依然紫、質感は未だ半液体。服はなく、少々の起伏ある少女のような体。

 先ほどまでのような魔物とは明らかに違う、自分と似通った二足歩行の姿。そして魔物に似つかわしくない流暢な喋り。


 それらを加味し、この生物の正体にライトはすぐに行き着いた。

 魔物ではなく魔族。遠く魔大陸を主な故郷とする、人間とは異なりながらも同じとされる種族。それが目の前の少女に変わったスライムの正体だと。


「……そうか、魔族だったか。スライムの魔族とは、初めて聞いたな」

「じゃろじゃろう? なんせ我も同族に会ったことなどない、唯一無二の完全固有種じゃからな! お主が己の無知を恥じる必要などないぞ?」


 己の所感を肯定され、満足気に頷く魔族の少女。

 そんな言ってしまえば普通の少女の姿に、ライトは依然警戒を解くことはなけれど、戦闘の雰囲気ではなくなっていた。


 ライトはスライムの魔族など聞いたことがないが、己の知識を過信するほど愚かではない。

 そもそもライトが魔族について知っていることなどそう多くない。

 ライトが人より知識深く興味を持てるのは、あくまでスライムについてだけ。なので目の前の未知をそういうものと、存在するのだから受け止めていた。


「そうかぁ、道の邪魔じゃったかぁ。それは済まないことをした、すぐに退くから安心せい」


 いずれにしても、言葉を交わせるのであれば話し合う余地はあると。

 表面を獲得出来ないことを胸の中で少しだけ残念がりながらも、ライトは通行の邪魔なので立ち去ってもらえないかと提案してみる。

 するとスライムの少女はふむふむと頷いて了承したのだが、それと同時に倒れ、人の形のまま核を失ったスライムのように溶け始めてしまっていた。


「んー駄目じゃ、お腹減った……。そういや我、空腹やら魔力不足で力尽きてたんじゃった……」

「……なんだ、腹ペコなのか?」

「まあなぁ、そういえば逃げ出してから何も食わずに寝ちゃったからなぁ。……まあ良い、これも運命さだめということよ。お主も通りすがりの魔族一人、助ける道理などないじゃろう?」


 死に際かもしれないというのに、助けを求めることなく妙に納得したように諦めるスライムの少女。

 こちらの心情、価値観を理解している口振りをされたライトは少しだけ考えてしまう。


 魔族。遙か彼方の過去にて、人や精霊、神々と生存圏を熾烈に争った外からの敵対者。

 この地──本大陸の所有権をかけた大戦の集結と共に、女神に同じ人と定められ、共存の道を示されながらも、人と異なる性質と強さを持つ故に本能的に脅威と恐れを抱かれる人ならざるヒト。


 ライトが拠点とする歓楽街ゴルザ。そしてゴルザが属する東の大国ヴァリオールは、本大陸においても偏見はほとんどない部類である。

 だが人とは過剰に他者を恐れ、それと同じくらい深く昏い欲を持つ業の生き物。

 例え人の奴隷が禁止されていようと、魔族であればむしろ推奨している国もある。場合によっては人権すら容認していない国、宗教すら存在する。それだけで人が魔族にどのような扱いを受けているのかが窺い知れるだろう。


 ──だが、ライトの悩みはそんな確執じみた大げさなものではない。

 所詮人は人で悪でなれば、生き物なんて大体同じでみんな怖い、それでいて強い生き物。

 それが彼の根底にある価値観。伊達に幼い頃から、無駄に強い剣の申し子みたいな幼馴染に追いかけられたりしていなかった。


 なのでライトが今考えているのは、純粋にどうするべきかということだけ。

 スライムの魔族。この機会を逃せば、二度と巡り会えないかもしれない最高に気持ちええへの一歩。けれど少女。

 あまりに希少すぎる例を前に、研究したい欲と助けなきゃという善意、自分が触っても通報されないかという理性が心の内で戦っているだけだった。


「よし、提案だ実験体まぞく。飯と宿を提供するから、俺のために協力してくれないか?」

「なんかとっても不安な含みありそうなんじゃが……ああ駄目、意識途切れる……必要ならもう好きにしろ……」


 さして長くない戦いの果てに、ギリギリで勝利したのは善意。

 流石に死にそうなスライムの魔族を前に、ライトは若干欲は残っているがそれでも手を差し伸べた。


 投げやりながらに肯定し、そのまま力尽きてしまうスライムの魔族。

 第三者がいれば引かれそうなほど、口元を欠けた月ほどにやつかせながら目の前の実験体まぞくを運ぶ手立てを考え出す。


 今、彼の頭を巡る思考は一つしかない。

 好きにしろ、つまり何でもしていい。そういう意図の言質を確かに取ったぞ、と。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?