ココを狙う魔導師ブランに襲われそうになったわたくし。ユノは、そんなわたくしを助けるため、ブランと戦いを繰り広げていたのだけど、銛を奪われてしまい、窮地に陥っていた。
「フフフ……。観念なさァい。さっさとセイレーンの居場所を吐けば、痛い思いをしなくて済むのよォ?」
「誰が、お前なんかに……!!」
ユノは一歩も引かず、ブランのことを睨み付けている。わたくしが、ユノを助けないと……! ……でも、わたくしの魔法は、雷魔法に通用するの……? あんな強力な魔法に、立ち向かえるの……?
「魔法使いさんっ!!」
「あん?」
遠くの方でミルティの声が聞こえた。さっきまで、すぐ隣にいたはずなのに……。ブランの側で、ミルティは水面から顔を出していた。
「私は、セイレーンですっ! ですから、もう私のお友達をいじめるのはやめてくださいっ!」
「ミルティ……!!」
(そんな……。このままじゃ、今度はミルティが狙われる……!)
わたくしがなんとかしなくちゃ……! でも、ブランに勝てるイメージが湧かない……。闇雲に挑んでも、わたくしのせいで、みんながもっと酷い目に遭うかもしれない……!
「まさか、もう一匹セイレーンがいたなんてねェ。セイレーンならどれでも良いわ。アナタは、大人しくワタシに捕まってくれるのよねェ?」
「はいっ! 煮るなり焼くなり、好きにしてくださいっ!」
「んじゃ、遠慮なくゥ!」
「“ヒッパレー”!!」
雷の鞭がミルティに伸びようとした時、わたくしは咄嗟に魔法を唱えていた。魔力の糸は鞭より先にミルティの身体に巻き付き、わたくしはミルティを自分の元へと引っ張り寄せた……!
「なっ!? アナタ、魔法使いだったのォ!?」
「コルクさん……!?」
「コルク……!!」
「これ以上、みんなに手出しはさせない……!」
勝てるかどうかなんて分からない。でも、ユノもミルティも、そんなことを考えてから動いた訳じゃない。わたくしも友達のために、自分が出来ることをやるんだ……!
「ふんッ! 笑わせんじゃないわよォ! そんなヒョロヒョロのクソダサ魔法で、何が出来るっていうのよォ!」
ブランが鞭をしならせながら、わたくしに向かって突っ込んで来る……! みんなを巻き込まないように、わたくしもブランに向かって駆け出す!
「“ライトニングウィップ”!!」
雷の鞭が伸び、真っ直ぐわたくしに迫る……! わたくしには引っ張ることしか出来ない。だったら、やることはひとつしかない!
「“ヒッパレー”!!」
鞭に向かって魔力の糸が伸び、鞭の先端にグルグルと巻き付いた。そのままわたくしは、鞭を引っ張ることに全神経を集中させる!
「ぐぬぬ……! な、何よ、この力……!」
ブランは、魔力の糸を振り払おうと鞭を力一杯引っ張ろうとしている。でも、“ヒッパレー”は引っ張ることに特化した魔法だ。引っ張り合いに持ち込めたなら、わたくしの方が有利だ!
「はああああッ!!」
「うひゃあああああああーッ!?」
ブランはあっさりと綱引き勝負に負けて、そのままの勢いで私の後方へと吹き飛んでいた。強烈な突風が吹いた直後、ブランはどこかに衝突したのか、遠くの町中では濛々とおっきな土煙が舞い上がっているのが見えた。
「す、凄いですっ! さすがコルクさんっ!」
「え、えへへ……」
「照れてる場合か! あいつが吹っ飛んでるうちに、さっさと逃げるよ!」
ユノの言葉に我に返ったわたくしは、ブランが飛んでいった方とは反対の方角へと駆け出した。あれだけ派手に吹っ飛んだんだから、しばらく戻って来ないんじゃない……?
「あっ! コルク! ミルティ! 危ないッ!!」
「えっ?」
ユノに背中を突き飛ばされたと思った次の瞬間、凄まじい炸裂音と共に、わたくしたちは目映い光に包まれていた。石畳の地面が砕け、飛び散る瓦礫が身体にぶつかっていく。一体、何が……。
「はっ! ユノ!! 大丈夫!?」
「ユノさんっ! しっかりしてくださいっ!!」
「う、うぅ……」
私は倒れているユノに駆け寄った。ユノは意識を失っていたけど、微かに声を発していた。身体に怪我は見当たらない。どうやら、気絶しただけみたいだ……。わたくしたちがさっきまで立っていた地面には、おっきな穴が開いていた。よく見ると、地面には雷魔法の痕跡が漂っているのが見える。
「アンタ、よくもこのワタシをコケにしてくれたわねェ……!」
「ブラン……!!」
上空から声が聞こえた。空を見ると、ブランはほうきに乗って空を飛んでいた。わたくしたちは、空から雷魔法で狙われたのか……!
ブランは地上に降り立つと、ほうきに魔法で指示を出し、そのままほうきはどこかへと飛び去っていった。そうか。吹き飛ばされた先で、ほうきを呼び寄せてここまで飛んで来たのか……!
「一流魔術師のこのワタシが、アンタのようなチビに吹き飛ばされたなんて、屈辱の極みよ! ギタギタに痛め付けて、格の違いを見せてやらないと気が済まないわよォ!」
マズい……。すっかり怒らせたみたいだ……。ユノはまだ気を失っている。わたくしが、ブランをなんとかしないと……!
「“ヒッパレー”!!」
「馬鹿のひとつ覚えねェ! 同じ手を何度も喰らうとでも思ってんのォ!? “ライトニングソード”!!」
「えっ……!?」
魔力の糸を伸ばした直後。“ヒッパレー”は私の手のひらから離れ、ヒラヒラと宙を舞っていた……。まさか、“ヒッパレー”が切断された!?
「こちとら引っ張り合いに付き合う必要なんてないのよォ。そんなヒョロっちい魔力の糸、斬っちゃえばいいだけなんだからァ!」
ブランの指先には、雷の鞭ではなく、伸縮する雷の剣が現出していた。あんなので狙われたら、ひとたまりもない……!
「さァて、どう料理してやろうかしら? 少しずつ斬り刻んで、身体と心にワタシの恐ろしさを教えてやろうかしらァ!?」
ブランが不敵に笑うと、雷の剣が伸び始める。真っ直ぐ私に向かって近付いて来る……! 魔力の糸じゃ、太刀打ち出来ない……!
「うぅッ!!」
絶望感に押し潰されていた時、わたくしの前に鮮血が飛び散っていた。目の前には、身体で雷の剣を受け止めているミルティが映っていた……。雷の剣は、ミルティの腹部に深々と突き刺さっている……。
「ミ、ミルティ!!」
「はぁ……はぁ……。コ、コルクさんは、傷付けさせません……!!」
「ちょっとォ! アンタの相手は後よォ!! 邪魔すんなら、ここで開きにしてやろうかァ!?」
ミルティが、わたくしのせいで……。許せない……。友達を傷付ける、ブランが許せない……!!
「“ヒッパレー”ッ!!」
「また貧弱な魔力の糸ォ? 無駄だってのが分からないのかしらァ!?」
“ヒッパレー”の先端の玉は、雷の剣に横から張り付いた。ミルティに突き刺さるこの剣をなんとかしたい……! わたくしにそんな力があるか分からないけど、“ヒッパレー”に強く念じる……!! 自由に羽ばたく鳥のように、力強く海を泳ぐセイレーンのように、わたくしに力を貸して……!!
「な、何よこれェ……!?」
“ヒッパレー”が張り付いた雷の剣は、みるみる小さくなっている。代わりに、わたくしの手には魔力が溢れていくのを感じていた。これは……!
「コイツ!! ワタシの魔力を吸収してる!?」
そうか……! “ヒッパレー”は、ブランの魔力を引き寄せていたんだ! あっという間に、雷の剣は魔力の糸に全て吸収されていた。力が溢れてる……。これなら……!
「“ヒッパレー”! 次はブランを狙いなさい!!」
「くッ! そんなもん、またチョン斬ってやるわッ!!」
“ヒッパレー”がブランに向かって伸びると、ブランはまた雷の剣を生み出していた。お願い! “ヒッパレー”!!
「なッ!? き、斬れないィッ!?」
魔力の糸に切っ先が当たると、“ヒッパレー”はしっかりと剣を受け止めていた。そのまま、ブランに向かって伸びていく!
「この糸、ワタシの魔力を吸収して、強度が増してるっていうのォ!? うぐぐッ!?」
ぐるぐると、ブランの身体に魔力の糸は巻き付いていく。身動きが取れないうちに、私はブランを上空へ向かって引っ張る!
「うおあああああーッ!?」
空に上がったブランを、今度は地面に向かって引っ張る! ブランが地面に衝突すると、爆発が起きた様に辺りに粉塵が舞った。ブランは、白目を剥いてうつ伏せに倒れていた。
「はぁ……ふぅ……。こ、今度こそ、終わった……」
手加減する余裕もなく、わたくしは、思いっきり地面に叩き付けてしまったブランを呆然と眺めることしか出来なかった。そのまま腰が抜けて、わたくしは地面に座り込んだ……。
「コルクさんっ! 大丈夫ですかっ!?」
「あ、ミルティ……! ミ、ミルティこそ、お腹大丈夫なの……!?」
「はいっ! もうすっかり傷が塞がりましたっ!」
「そう……良かった……」
一刻も早くこの場から離れたいけど、しばらく立ち上がれそうもない……。ブランも気絶してるみたいだし、少し休んでから……。
「う……がああああああッ!!」
「えっ……」
獣のような咆哮が響き渡った。わたくしの前には、さっきまで倒れていたはずのブランが、怒りを剥き出しにして立ち上がっていた。
「よくも、よくもッ!! このワタシに何度も屈辱を味わわせてくれたわねェッ!! 殺してやるゥッ!! “ライトニングソードォ”ッ!!」
そんな……もう起きるなんて……。早く、なんとかしないと……! でも、もう間に合わない……。雷の刃が、すぐそこまで迫ってる……!
「コルクさんっ!!」
「終わりよォッ!!」
これから、新しい人生が始まると思ったのに。やっぱり駄目だった。家族から見限られて捨てられたように、わたくしには、未来を切り開くような力なんて無かったんだ……。
「“ライトニングバレット”」
「何ッ……!?」
女性の声が響いたと思ったその時、爆風が巻き起こった。気が付いた時には、雷の剣は消失して、ブランは上空を睨み付けていた。……上に何が……?
「シャ……シャル、お姉様……?」
風になびく綺麗なブロンドヘアー。魔法使いの装束を身に纏った堂々とした振る舞いの女性。ほうきに乗って空を飛んでいたのは、魔法の高みを目指して旅に出ていたワインセラー家の三女。わたくしの姉、シャルお姉様だった。