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第6話

 海鮮料理のお店で食事を終え、ようやくひと息つくことが出来たわたくしたち。そんな時、お店のおじさんはミルティとユノの友達のセイレーン、ココの似顔絵が描かれた紙を差し出していた。


 ユノは取り乱しながら、おじさんに絵のことを問い詰めている。


「おじさん、これ、どうしたの!?」


「2時間くらい前か。妙な男が店を訪ねてきてよ。このセイレーンに見覚えはないかって、俺に聞いてきやがったんだ。知らないって答えておいたがな」


「妙な男……?」


「女口調で話す、背の高い金髪の男だった 服装をみる限り、どうやら魔導師みてぇだな。名前はブランと名乗っていた」


「ブラン……」


 ユノは、紙がしわくちゃに折れ曲がるくらい、力を込めて握り締めていた。ブランなんて名前の魔導師は聞いたことがない。きっと、わたくしの里とは別の土地で魔法を学んだんだ。


「似顔絵のセイレーンを探しているから、それを店に張ってくれと頼まれたんだ。だが、どうにもきな臭かったんでな。ユノに確認するまで隠してたって訳だ」


「そっか……。ありがとう。おじさん、この似顔絵、あたしが貰ってもいい?」


「構わねぇが、くれぐれも無茶なことはするんじゃねぇぞ?」


「うん。分かってる……。それじゃ……」


 ユノは神妙な面持ちで俯きながら、静かに店を後にした。わたくしとミルティは、戸惑いつつ、ユノに続いて店を出ようとした。


「そこの2人、ちょっと待ってくれ」


「え?」


 おじさんに呼び止められ、わたくしとミルティは歩みを止めた。ユノを呼び戻そうかと躊躇していると、おじさんは小声で話し始めた。


「お前ら、ユノの友達なんだろ?」


「友達……」


 わたくしはもう、ユノのことは友達だと思ってる。だけど、ユノはどう思ってるのかな……。出会ったばかりで友達なんて、図々しいかな……。


「お友達ですっ!」


 わたくしが言い淀んでいると、ミルティはまっすぐな笑顔で、きっぱりと宣言していた。その言葉を聞いて、わたくしは思わず背筋を伸ばした。


「はい……! わたくしたち、友達です!」


「へへっ、そうか。……あいつはよ、不器用で、自分の感情のままに動いちまうんだ。だから、お前らにも迷惑掛けると思うが……。あいつのこと、よろしく頼む」


「は、はい……!」


 ユノが、わたくしのことを友達と思ってくれてるかは分からない。でも、わたくしは、ユノの勇敢さに、優しさに惹かれた。もっと彼女と一緒にいたい。


 お店から出ると、ユノは俯いたまま、何か考え事をしているように静かに歩いている姿が見えた。ミルティは水路に潜り、私はそっとユノの後ろをついて歩いた。


(大丈夫かしら……。ユノ……)


 ユノの後ろ姿を見つめていると、不意に、右側から誰かの視線を感じた。私は思わずその方向に振り向いた。


「えっ、これ……!?」


 視線の先にはレンガの壁。その壁には、さっき料亭で見たココの似顔絵が貼られていた。私の声を聞いたユノも、似顔絵の前に駆け付けていた。


「さっきのと同じ似顔絵……! これ、町中に貼って回ってるってこと……?」


 ユノは似顔絵を睨み付けると、辺りを見回し、そのまま駆け出してしまった。


「あっ! ユノ、ちょっと待ちなさい……!」


 わたくしは急いでユノを追って走った。だけど、慣れない町並みに戸惑い、ユノの姿をあっという間に見失ってしまった。水路を泳いでいたミルティも、水中からユノの姿を確認しながら追い掛けるのは難しいようで、浮かない表情でわたくしの元に引き返してきた。


「コルクさん、どうしましょう……!?」


「う〜ん……! どこか町を一望出来る場所でもあれば、ユノを見つけられるかもしれないけど……。そんな場所は見当たらないわね……」


 わたくしは思わず空を見上げた。上空には、鷹のようなおっきな鳥が、悠々と弧を描きながら大空を旋回していた。町の人たちの反応を見ると、どうやら日頃からこの町の上空を飛んでいる鳥のようだ。


「あの鳥さんのように、空を飛べればいいのですけれど……! どうして私には尾ひれしか生えてないのでしょう……! 私の役立たずっ!」


「いや、尾ひれも十分凄いわよ!」


 そんな話をしながら、結局、わたくしたちはアテもなく町を探し回るしかなかった。砂浜の見える海岸沿いまで歩いたものの、ユノどころかひと気もなくなってしまった。


「はぁ……。手掛かりもないし、一旦、ボートのある港まで戻るわ……。ミルティ……」


 海中にいるミルティに話し掛けようとした時、足元に人影が映った。わたくしの影じゃない。背丈の高さを窺わせる長い影だった。異様な気配を感じ、わたくしは咄嗟に影の持ち主の方へ振り向いた。


「そこのアナタ。ちょーっと聞きたいことがあるんだけどォ」


 わたくしの前に立っていたのは、女口調で話す、背丈の高い金髪の、魔導師らしい派手なローブを羽織った男だった。おじさんの話していた特徴と一致する。背筋がゾクッと跳ね上がった。


「この、似顔絵の娘に見覚えがないか聞きたいのよォ〜。我ながら完璧なスケッチだと思うんだけどォ〜」


(ココの似顔絵……! この男がココの似顔絵を貼って回ってる男、ブラン……!)


 ミルティが心配になり、横目で海中を見た。ミルティは、咄嗟に海に潜って隠れたようだった。とりあえず、この場はなんとか誤魔化して……。


「いえ、そんな子、知らないですけど……」


「あっそォ。ほんと、どこ行ったのかしら。このセイレーンはァ……」


(この人、ココを探してるってことは、セイレーンの力を狙ってるんだ……。あの、海賊たちのように……)


 すぐそこにミルティがいる。わたくしの身体は、思わず緊張で強張ってしまう。気付かれちゃ駄目だ……。自然体で、やり過ごさなきゃ……。


「んん……? なんか、アナタ臭うわねェ……。魚くっさい臭いが……」


「えっ……?」


 ズイッと、ブランの顔が間近に迫っていた。眉間にシワを寄せ、鼻を鳴らしながらわたくしの身体を嗅いでいる。平静を保とうとしても、冷や汗が溢れて止まらない……。


「やっぱりアナタ、セイレーンのこと何か知ってるんじゃないのォ?」


「そ、そんな……! 本当にわたくし、何も知らなくて……」


 マズい……。こんなあっさりバレるなんて……。ど、どうしよう……!?


「アナタ、隠し事が苦手なタイプでしょォ? 顔に書いてあるわよォ。弱い者いじめとかァ、本来ワタシの趣味じゃないんだけどォ、話したくなるように、少し怖い目に遭ってもらっちゃおうかしらァ?」


 ブランが手のひらをかざし魔力を放出すると、バチバチと激しい音を鳴らし、眩い電撃が集まり始めた。魔法使いの里に住んでいたから分かる。この男、強い……!


「さァ、黒焦げになりたくないなら教えなさァい。このセイレーンの居場所を」


「ひっ……!」


 雷魔法の恐怖で思わず声が出てしまった時。風を切るような音が聞こえてきた。太陽の光を反射しながら、何かが猛スピードでこっちに飛んで来る!?


「うおぉっ?!」


 ブランが野太い声を上げ、後ろへ飛び退いていた。さっきまでブランが立っていた足元には、見覚えのある銛が突き刺さっていた。銛が突き刺さった衝撃で瓦礫が飛び散り、土煙が舞っている。


「な、何よォ! アンタはァ!?」


「その子の、友達だ!!」


「ユノ……!!」


 土煙が晴れると、そこにはユノが立っていた。ブランに向かって鋭い視線を向けている。


「あんたか……! ココを探し回ってるって魔導師は……!」


「ココ? ははーん。それがあのセイレーンの名前ってワケ? そうよォ。ワタシはセイレーンを見つけ出して、永遠の美を手に入れるのォ!」


(自分からココの名前を……。ユノ、どうして……!?)


 ユノは、ブランを睨みつつ、わたくしの方へ視線を向けていた。……そうか。ここにはミルティがいる。だから、注意を自分の方へ向けるために、わざとココのことを……。


「そのココとかいうセイレーン。せっかく見つけ出したってのに、上手いこと逃げ回るもんだから苦労してんのよォ。魔法を当てたと思ったら、すぐ元気になっちゃうんだからァ」


 ピリッ。そんな音が聞こえた気がした。ユノの目は見開かれ、まるで、獣が威嚇しているかのような殺気を感じた……。そんなことはお構いなしに、ブランはペラペラと一人で話し続けている。


「しぶとくって嫌になっちゃうわよォ。さっさとくたばって、ワタシに食べられろっーのォ!」


 風が爆発したような勢いで、ユノちゃんが駆け出した。そして拳を握り締め、ブランに向かって思いっきり突き出した!


「おっとォ!」


 ブランはひらりと拳を躱すと、そのまま走り去ろうとしていた。ユノは突き刺さっていた銛を引き抜くと、ブランを追って走り続ける。


「逃がすか!」


「逃げるゥ? 天才魔道師のこのワタシが、アンタ如きにビビって逃げるとでも思ってんのォ?」


 ブランは手のひらをユノに向けると、魔力を集中させ始めた。魔法を撃つつもりだ!


「ユノ! 逃げて!!」


「“ライトニングボール”!!」


 ブランから放たれた球状の雷魔法は、凄まじい音を発しながらユノに向かって飛んでいく! このままじゃ、ユノが……!


「おらァッ!!」


 ユノが銛で魔法をひと突きすると、その威力で魔法がふたつに裂けていた。半分に分かれたライトニングボールは、ユノの後方で大爆発を起こした……!


「んなっ!? なんですってェ!?」


「す、凄い……。魔法を物理攻撃で防ぐなんて……」


「くぅッ! 生意気よォ!! “ライトニングボール”!!」


 次々と放たれる雷魔法。だけど、ユノはまるで獲物を捉えるかのように、的確にひと突きで仕留め続けている……!


「ココを傷付けて、痛い思いを、怖い思いをさせて!! お前だけは、必ずあたしがぶっ飛ばすッ!!」


「調子に乗ってんじゃないわよォ!! ワタシの魔法は、ひとつだけじゃないのだからァ!!」


「“ライトニングウィップ”!!」


 ブランは人差し指と中指を突き出すと、雷魔法で形成された鞭を作り出した。自由自在に振り回しながら、ユノに向かって伸ばしていく……!


「こんなもの……!!」


 ユノは、銛で雷の鞭に狙いを付ける。でも、鞭は軌道を変えると、ユノの攻撃を避け、逆に銛に絡みついてしまった……!


「しまった……!」


「この銛さえなければ、アンタにはもう攻撃手段なんてないでしょォ?」


 鞭で銛は遠くに投げ捨てられ、ユノは武器を失ってしまった。これじゃ、魔法を防ぐことも出来ない……!


「さァて。それじゃアンタを痛め付けて、ココとやらの居場所を吐いてもらおうかしらァ?」


「くッ……!」

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