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第5話

 ユノからココの話を聞き、シーハンターとして一緒に活動することに決めたわたくしとミルティ。ユノが運転する魔導モーターボートに乗って、港町へ向けて海を突き進んでいた。


「ふたりとも〜! そろそろ着くよ〜!」


「えっ?」


 波の心地よい揺れにウトウトしていた時、ユノの元気な声でわたくしは現実に戻った。ボートの窓からは、すでに人で賑わう港町の様子が見えていた。


「凄いですっ! 人間さんでいっぱいですっ!」


 ミルティは窓に張り付き、興味津々に外の景色を眺めていた。尾ひれが見えない位置だからセイレーンだと気付かれないとは思うけど、ちょっとヒヤヒヤするわ……。


「疲れてるとこ悪いけど、まずはロックフィッシュを支部に届けさせてね」


「しぶ?」


「シーハンターギルドっていう組織の支部。そこでロックフィッシュ討伐の依頼を受けたんだ。これからそこに報告に行くって訳なんだけど……。苦手なんだよね……あそこ……」


 ユノはなんだか浮かない顔をしたまま、港町の陸沿いにボートを進ませ続けた。しばらくすると、おっきくて高い、一際目立つ建物が目に入ってきた。


 建物には海と直接繋がっている水路があり、ユノはボートごと建物の中へと入っていく。建物内には受付のような物が見えた。


「すみませーん! 依頼を終えて帰りましたー!」


 ユノの声を聞き、受付から眼鏡を掛けた黒い服の女性が姿を現した。少し怖そうな雰囲気に、私は思わず背筋を正した。ユノは、胸元から1枚のカードを取り出すと、女性に手渡した。


「はい。ランクCのユノさんですね。岩の怪魚、ロックフィッシュの依頼を受けていた……と。それで、討伐は出来たのですか?」


「あっ、はい……。えーと、これ、なんですけど……」


 ユノは水槽を開けると、おっきな網でロックフィッシュをすくい上げた。眼鏡の女性は、一度網の中を見たあと、キョロキョロと辺りを見回している……。そして、咳払いをすると改めてユノに向き直った。


「オホン。失礼。それで、ロックフィッシュはどこにいるのですか?」


「いや、だから、この魚がロックフィッシュなんですけど……」


 受付の女性は眼鏡をくいっと上げ、冷たい視線でロックフィッシュを睨み付けた。ロックフィッシュも冷や汗を流しているように見える……。


「はぁ。分かりました。その魚は生態を調査するためこちらで預かりますので。それが終わるまで今回の報酬は保留とさせていただきます」


「えぇ〜!? ちょっと待ってよ! 本当にこいつが岩の化け物で……」


「ですから。きちんと調査をさせていただきますので。……お待ちいただけますよね?」


「は、はい……」


(あ、あの豪快なユノが、威圧感に負けている……)


 女性にロックフィッシュを預け、わたくしたちを乗せたボートは、支部から海へと戻ってきた。ユノからは、明らかに不機嫌そうなオーラが漂っている……。


「あんなに苦労したのに、報酬無しだなんて信じられない〜! だから苦手なんだ……! あの眼鏡は……!」


「シーハンターってのも、大変なのね……」


「あっ! ごめんごめん。あんたたち疲れてるでしょ? 憂さ晴らし……腹ごしらえしようか?」


 ユノはボートを船着き場に停め、私たちは港町へと降り立った。故郷の里とは違う、太陽の光を反射するような白い綺麗な家が立ち並ぶ光景に、思わず見惚れてしまった。


「ねぇユノ、ミルティはどうするの……? セイレーンだって気付かれたら、また悪人に狙われたりするんじゃ……」


「それなら大丈夫! ほら、そこらじゅうに海と繋がる水路があるでしょ? そこを泳いでいけば見つからないって!」


「わぁっ! これならどこへでも行けそうですっ!」


 港町のあちこちには、小舟が通れる大きさの水路が流れていた。この水路が港町の交通手段にもなっているみたいだ。それなりに深さもありそうだし、確かにミルティが見つからずに移動出来そうだった。


「では、私は水路から失礼しますっ!」


「うん! ミルティ、気を付けてね!」


「よし。それじゃ、お店に案内するからついてきて!」


 ユノに連れられ、わたくしたちはお店を目指して進み始めた。今までずっと海の上いたからか、なんだか足がふわふわして変な感覚だ……。ユノは慣れっこのようで、しっかりした足取りで町の奥へと突き進んでいる。



「ほら、ここだよ!」


「え……? 料亭イナセ……?」


 ふと目に入った看板を読み上げてしまった。ユノが立ち止まった視線の先には、入口に猫が手招きをしている奇妙なオブジェが置かれている、木造の風変わりなお店がポツンと建っていた。お世辞にも綺麗とも言えない怪しさ満点のその風貌に、わたくしは思わず立ちすくんだ……。


「お、お店って、ここ……?」


「そ! ミルティも裏口からなら入れるから! こっちこっち!」


「本当ですかっ! 嬉しいです〜!」


 ユノはミルティを連れ、怪しいお店の怪しい裏口へと入っていく……。1人で残る訳にもいかない。わたくしも覚悟を決めよう……!


「おじさん。今、大丈夫?」


「なんだ、ユノ。裏口からなんて珍しいな。ってことは、ココは見つかったのか?」


「それはまだ……。でも、今日はココの友達が来てるんだ」


 ユノは裏口から、店主らしき男性とヒソヒソと話しをしている。見るからに頑固そうな、頭にハチマキを巻いたコワモテのおじさんだ……。でも、ユノとは親しげな雰囲気を感じる……。


「こちとら、いつも通り暇なんだ。セイレーンでもソウメーンでもなんでも入って良いぞ。店には札掛けとくからよ」


「おじさん、ありがとう! ふたりとも、入って大丈夫だよ!」


「では、お邪魔いたします!」


「お、お邪魔します……」


 ユノはカウンターに並んだ椅子のひとつに座り、それに続いてミルティとわたくしも横並びに3人座った。お店のおじさんは、眼光鋭く私たちを、品定めでもするかのように凝視している……。


「ほぉ……。なるほどな……。コイツらが……」


(包丁を握りながらこっち見ないでよ……!)


「……ちょっと待ってろ」


 おじさんは踵を返すと、厨房で何か作業を始めた。凄まじい眼力から解放されて、私は、ほっと胸を撫で下ろした……。おじさんがこちらを見ていないうちに、わたくしはユノに小声で尋ねた。


「ユノ、あのおじさんとは知り合いなのよね……?」


「うん。あたしはこの港町を拠点にして、シーハンター活動やってるんだけど、さっきの支部での愚痴とか、……ココがいなくなった時にも話を聞いてくれたんだ。顔は怖いし口数は少ないけど、良い人だから!」


「そ、そうなのね……」


 外見だけで、怖そうだと思ってしまった自分を叱ってやりたい。わたくしたちは、おじさんに言われた通り、軽い雑談をしつつ大人しく待つことにした。


「よし、出来たぞ」


「えぇっ!!?」


 ドン!とおっきな物音を立てながらわたくしの前に置かれた物、それは、鼻先から捻れた角の生えたおっきなマグロの顔だった……。


 さらには、器から巨大なエビが飛び出したスープや、ウネウネと蠢いている無数のイカの足などなど、次々と、おじさんは得たいの知れない料理を私たちの前に並べていく……。わたくしの思考が停止している最中、ユノの声が頭の中に響いてきた。


「これがおじさん特製の海鮮料理だ! 見た目はおじさんと同じで怖いけど、味は美味しいから安心してよ!」


「ではっ! 安心していただきますっ!」


「ミルティ!? ちょっとは躊躇しなさいよ!?」


 躊躇するわたくしを余所に、ミルティは満面の笑みで蠢くイカに齧り付いていた……。それに続き、ユノも巨大なエビ入りスープを飲み始め、出遅れたわたくしには、おじさんの厳つい視線が突き刺さっていた。


「い、いただきます……!」


 意を決して、わたくしはマグロの頭をフォークとナイフでカットし、恐る恐る口の中へと運んだ。おじさんとマグロの視線から逃れるために目を瞑ったけど、ますます口の中に意識が集中してしまう……。噛めば噛むほど、舌の上には旨味が広がり、海で逞しく生きていたマグロの全てが詰まっているようで……。


「お……おいしい!」


 思わず目を開け、それと同時におっきな声が出てしまう。わたくしの感想を聞いたおじさんの目は緩み、ぎこちない笑顔がこぼれていた。


「見ての通り、客がいないから余っちまうんだ。遠慮なく食べな」


「あ、ありがとうございます……!」


「ね? 言った通りでしょ?」


 おじさんのぶっきらぼうな厚意に胸を打たれていると、ユノが小声で囁いていた。思い返せば、追放されてから何も食べていなかった。安心したわたくしは、食欲のままにお腹を満たしていく。


「ぷはーっ! ごちそうさまでした! とぉっても美味しかったです!」


(ミルティって魚食べるのね……。共食いとかにならないのかしら……)


 わたくしたちは食事を終え、身も心も充実した感覚を噛み締める。わたくしたちを眺めながら、おじさんは満足そうに頷いていた。


「あの……! ありがとうございました! 本当においしかったです!」


「嬢ちゃん、良い食いっぷりだったぜ」


「おじさん、ありがとう! それじゃ、そろそろ行こうか?」


「と、ユノ。ちょっと待ってくれ。これのこと、何か知ってるか?」


「え? 何、これ……?」


 おじさんは立ち上がったユノを呼び止めると、顔を覆うくらいの大きさの紙を1枚、ユノに手渡した。不思議そうな顔で紙を受け取ったユノは、目を見開き固まっていた。


 なんとも言えない不穏な空気が漂い、居ても立っても居られなくなったわたくしとミルティは、後ろから紙を覗き込んだ。


「ココちゃん……!?」


 ミルティが発した名前。それは、ミルティとユノの友達の、セイレーンの名前だった。わたくしはココのことを見たことがない。黒髪の元気な印象のある女の子。鉛筆で描かれたような絵は、繊細なタッチでココの特徴をしっかりと捉えているようだった。

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