15歳の誕生日にクソダサ魔法を授かり、無人島に追放されたわたくし。食料を確保するため釣りを始めたら、セイレーンの女の子、ミルティが釣れた。
「でも、ミルティはなんでわたくしに釣られちゃったの? エサとか何も付けてなかったんだけど……」
「えっと、水中に光の玉が沈んでいるのが見えて、それで私は、なんだかその玉が凄く魅力的に見えてきてしまって、自然と身体が引き寄せられてしまったのです……! 気が付いたら、その玉を握り締めていました……」
「玉に引き寄せられた……」
“ヒッパレー”の先端には確かに変な玉が付いている。その玉には、何かわたくしの知らない能力が秘められているのだろうか……?
「コルクさんは釣りがお好きなんですか? こんな何もない島で釣りに専念するなんて、ストイックな方なのですねっ!」
「えっ!? えっとぉ……。なんていうか、話すと長くなるんだけど……」
わたくしはミルティに今までの経緯を話した。初めて会った女の子にこんなこと話すのもどうなのかとは思ったけど……。誰かに話を聞いてもらいたかったのかもしれない……。
「そ、そんな……! ご家族に捨てられたなんて……。酷いです! あんまりです!」
「あ、ありがとう、ミルティ……。でもこうなってしまったのはもう仕方ないし、今は何がなんでも生き延びてやるって思ってるのよ……!」
「うぅ……! コルクさんは強い方なのですね……! 分かりました! 私がなんとかしてみせますっ!」
「えっ? な、なんとかって……?」
「そこで待っていてください! 必ずコルクさんをお助けしてみせますので! ではっ!」
そう言うと、ミルティはぴょんと海へ飛び込み、すいすいとどこかへ泳ぎ去っていった。
「助けてくれるのはありがたいけど、何をするつもりなのかしら……」
不安な気持ちを抱えつつ、私は言われた通り、ミルティを待つことにした。急に一人になり、おっきな寂しさと心細さが押し寄せて来る……。
「……ん? なにあれ……?」
わたくしが必死で寂しい気持ちを誤魔化そうとしていた時、海の向こうに巨大な布を広げた何かが近付いてきた。
「あれは船? ……人!? この島に人が来た!? わたくし、助かるの!?」
船はどんどん、この島に近付いてきている。だいぶおっきい船のようだ。わたくしは、この島で何日も生活する覚悟はしていた。まさか、こんなに早く島から脱出するチャンスが巡って来るとは……。はやる気持ちを抑え切れず、わたくしは船に向かって手を振った。
「おーい! わたくしはここよー! 助けてくださーい!」
みるみる近付く船。次第にくっきりと見えてくる船のデザインを、わたくしはまじまじと見つめた。黒いおっきな帆に、何やらドクロマークが描かれている。お腹の奥からゾワゾワと、“
「……あ、あれは、どう見ても海賊……」
わたくしも実際に見るのは初めてだけど、書物や噂話で聞いたことがある。山を拠点にして略奪行為などの悪事を働く山賊のように、海でも、傍若無人な生活を送る無法者が存在するらしい、と……。
そうでなくとも、ドクロマークなんて不吉な物を掲げている連中が、まともな人間の可能性は限りなく低いように思える……。
「おーい! コルクさーん!」
「えっ、ミ、ミルティ!?」
船の上から、元気な聞き覚えのある声が響いた。どうしてミルティがあの船の上に!? 混乱する頭を整理する暇もなく、おっきな船舶から小舟が一隻降ろされた。この島に上陸するために、数人の男たちがその小舟に乗り換えていた。そこにはミルティも乗っている。
後方に乗船している1人の男がオールで漕ぎ、小舟はあっという間にこの島に上陸した。バンダナを巻いた男3人と、おっきな海賊帽を被ったいかにも海賊な男1人が、小舟から島に降り立った。ミルティもそれに続いて、尾ひれを使い器用に砂浜に着地した。
「よいしょっと!」
「あ、あの……。ミルティ、これは一体……」
「コルクさん! もう大丈夫ですよ! この方たちに、あなたを島から出してくれるようにお願いしました!」
「お、お願い……?」
男たちはわたくしを見ながらニヤニヤ笑っている……。どう見ても素直にお願いを聞いてくれるような人たちには見えないけども……。
「ようやくセイレーンの肉を手に入れられるんだ。約束の1つや2つ、叶えてやるさ」
「セイレーンの肉……?」
「なんだ嬢ちゃん? 知らなかったのか。このセイレーンの肉には、不老不死を叶える力があると昔から言い伝えられている。俺たちはずっとそれを追い求めていたのよ。そして今日、ついにセイレーンの方からやってきてくれたという訳だ」
ようやく、さっきのミルティの不可解な言動に説明が付いた。ミルティは、セイレーンの肉を狙う海賊に追われていたんだ。ミルティは、それをずっとわたくしに隠していた……。
「みなさん、約束ですよ……! 私のお肉をあげる代わりに、コルクさんを島から出してあげてください……!」
「ミルティ!? 何を言ってるの! 駄目よ、そんな約束したら! 食べられちゃうのよ!?」
「私は大丈夫です。ちょっと食べられたくらいじゃ死なないので……。それよりも、私はコルクさんを助けたかった……!」
「ミルティ……」
優しすぎる……。出会ったばかりのわたくしのためにそこまでするなんて……。死なないと言っても痛みはあるはず。痛みに耐えて身体を提供するなんて……。
「あぁ、約束は守るぜ。それにしても、この娘もなかなか悪くないな。売り飛ばせばそれなりの額になりそうだ」
「売り飛ばす……? 何を言っているのですか……? 私は、コルクさんを無事にこの島から出してくださいとお願いしたのですよ!?」
「無事に出してやるさ。ただ、その後のことは知らねぇがな。ガハハハハハ!」
男たちは下品に笑いあっていた。思った通り、こいつらは約束を守る気なんか全くなかったんだ。ミルティは、凍りついた表情のまま、呆然と立ち尽くしていた。
ミルティの優しさを笑うこの男たちに、わたくしはなんだか無性に腹が立った。
「笑うな……」
「あ?」
「ミルティを笑うな! “ヒッパレー”!」
「うおおおっ!? なんだこりゃあ!?」
“ヒッパレー”を唱え、ずっと先頭で大笑いしていた大きな帽子の男に、魔力の糸を巻き付けた。わたくしはその場で回りながら、男を思いっきりフルスイングする!
「うおああああああああっ!?」
「船長ぉ!?」
遠心力を利用し、男をそのまま地面に目掛けてぶん投げた。船長と呼ばれた男は、弧を描きながら頭から砂浜に突き刺さった。間抜けな格好で砂浜に突き刺さった船長を、バンダナの男たちが救出に向かった。
「ミルティ、逃げるわよ!」
「えっ!? あっ、はいっ!」
私は男たちが乗っていた小舟に乗り込み、ミルティは海中からその小舟を思いっきり押して泳いだ。私を乗せた小舟はみるみる無人島から遠ざかっていた。
「あっ! コラ、テメェら待ちやがれ! チクショウ! よくも俺たちを騙しやがったなァ!」
「騙したのはそっちでしょ!」
男たちの悔しそうな声はどんどん遠くなり、聞こえなくなっていった。あーあ、やっちゃった。海賊を敵に回してしまった……。島から出られたのは良いものの、わたくしは、これから先のことは考えたくなかった。
「ビ、ビックリしました……! 海賊さんたちってあそこまで悪い人たちだったのですね……! セイレーンには約束を破る人なんていませんでしたのに……」
「ああいう人たちは信用ならないわよ……。まぁ、わたくしは家族からも裏切られたんだけどね……」
「人間さんって大変なのですね……」
純粋なセイレーンに人間の世知辛さを教えてしまった……。とにかく、今は出来るだけ遠くへ逃げるしかない。あの海賊たちとは二度と出会いたくはないし。
「待てーッ! 待ちやがれテメェらーッ!」
「えっ……!?」
後方から男たちの罵声が聞こえてきた。急いで振り返ると、海賊船がわたくしたちを追跡している。でも、まだ距離はある。なんとかこのまま引き離せれば……。
「よくもこの俺さまをぶん投げやがったな! もう許さねぇぞ! セイレーンの方は不死身なんだ! 多少傷付けても構わねぇ!」
なんだか物騒な話し声が聞こえてきた……。でも、こんなに離れているのに何をしようというのだろうか。
「撃てェーッ!!」
「え……? うわあああああっ!?」
爆発音とともに、船から煙が数回上がったかと思うと、わたくしたちのすぐ近くの海面が水飛沫を上げた。小舟は大きく揺れ、わたくしは振り落とされないように必死に舟にしがみついた……!
「い、今のは大砲……!? そうか、海賊船にはそんな武器が積んであるのか……!」
「ど、どどどど、どうしましょう!? やっぱり降参して謝ってきましょうかっ!?」
「あいつらは、元からわたくしたちを無事に帰す気なんてないわよ……! ここで降参しても大砲にやられるのと同じよ……!」
「えっと、えっと! じゃあどうすれば……!?」
わたくしが使える武器は“ヒッパレー”しかない。でも、どうやって状況を打開する!? 冷静に考えろ……。“ヒッパレー”を使って起きたことをよーく思い出せ。
“ヒッパレー”で釣りをした時、わたくしは“1人で死ぬのは嫌だ”と思った。そうしたら、会話が出来る女の子の“ミルティが釣れた”。これは、もしかしたら“わたくしが釣りたい物を引き寄せている”のかもしれない……! この推測が合ってるかどうか分からないけど、やるしかない!
「“ヒッパレー”!!」
わたくしは“ヒッパレー”を海へ放った。そしてイメージする。
「おっきな物……! おっきな物……!」
出来るだけおっきな物を、海賊たちを妨害出来るような、そんな大物を釣りたい……! お願い! わたくしは、こんなところで死にたくない! ミルティを助けたい!
「あいつ……! この状況で釣りだと!? ナメやがって……! 砲撃準備だ! 次こそ沈めろ!」
「コルクさん……!」
「うぅ……! “ヒッパレー”、あなたはクソダサ魔法なんかじゃないでしょ! そのおっきな力を、私に見せなさい!」
身体がぐんっと引っ張られた。海へ引きずり込まれる前に、わたくしは釣り上げたいと“ヒッパレー”に心の中で伝える。それに応えるように、私に掛かる負荷は軽減した。……そのまま、力いっぱい釣り上げて!
「せ、船長……! あれ……!」
「ん……? なんだありゃあ……?」
黒い影が海面に浮かび上がり始める。その大きさが半端ない。怪物の登場を盛り上げるかのように、波が大きく揺れ始める。
「グオオオオオオオン!!」
「うおわあああああッ!? なんだこの化け物はあああああッ!?」
雄叫びを轟かせながら、水飛沫が天高く吹き上がった。クジラのように、いや、クジラよりもさらに大きな魚。でも、クジラじゃない。あんな魚、見たことも聞いたこともない。白く輝くその美しさに、わたくしは、思わず見惚れていた。
「綺麗……。凄く、おっきい……」
“ヒッパレー”は、その魚の力に敵わず引き千切られていた。謎の白い怪物は、海賊船を完全に遮り、わたくしたちに活路を開いた。
「ハッ!? コルクさん、全速力で逃げます! しっかり掴まっていてくださいっ!」
凄まじい光景に、呆然としていたミルティが我に返り、再び小舟を後ろから押して泳ぎ始めた。海賊船と巨大魚はみるみる遠ざかり、そして今度こそ、わたくしたちは海賊船から逃げ切ることに成功した。
「凄かった……。身体が震えた……。凄くゾクゾクした……」
今まで感じたことのない高揚感に包まれ、わたくしはしばらくその余韻に浸っていた。見たことのないおっきな魚を釣った。その光景は、わたくしの目に焼きついて離れない。もう一度、あの気持ちを味わいたい。胸の高鳴りが治まらない。
「あ、あの、コルクさん? 大丈夫ですか?」
「えっ? あ、大丈夫! ちょっと、頭が混乱してて……」
里から追放されて、わたくしは全てを失ったはずだった。……でも、“ヒッパレー”は、新しい友達と出会わせてくれた。今まで感じたことのなかったおっきな感動を与えてくれた。
これはきっと、わたくしの旅立ち。この先に、わたくしの本当にやりたかったことが待っている。なんとなく、そんな気がした。
◇
「ミルティ……。あたしが必ず、見つけ出すから……」
コルクが海賊から逃れている時。赤い髪のおさげの少女が、港から水平線を眺め、ミルティの名前をつぶやいていた。