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1章…第11話

「可愛らしい置物だなぁ…豚に真珠…ならぬ、豚に…肉まんか?」


手土産だと渡したのは、四つ足の豚が大きな肉まんを咥えている陶器の置物…



「信楽焼ですね。…なかなかいいセレクトじゃありませんか?」


ふふ…っと笑いながら、私にだけわかる意地悪な笑顔を向ける裕也専務。つい…怒りの視線を向けてしまった。


置物なら、もっとこう…普通に可愛らしいものはなかったのかと思う。


豚が肉まんを咥えているポーズの置物なんて…見つける方が大変だろうに!


ご両親も何とも言えない笑顔で固まってるじゃないか…!



「あの、実はもう一つ、お土産がございまして…」


こうなったら、渡そうかどうしようか迷っていたものを渡そうと決意する。


脇に置いたバッグの中から、包みを出してご両親に差し出すと…


「これ、もしかして」


会長が包みを開けて驚いた顔になった。

それは、私の出身地の名産品のお酒だった。



「はい。私、会長と出身地が同じなんです」


会長夫妻は驚いた顔で私を見て、嬉しそうに笑ってくれた。


「中学生くらいの時、会長のインタビュー記事を、地域の新聞で読んだことがあるんです。いつか故郷に、リゾートホテルを建設したいって。それを読んで、私はこの会社に入社しました」


「そう…だったんだね。…まだ実現できていないのが悔しいが…まさかそんなご縁で、息子と出会ってくれるとは…」



会長はそう言って私と裕也専務を交互に見る。


「…その後両親の仕事の関係で引っ越しましたけど、あのインタビュー記事は、当時の私に大きな影響を与えたものでした。…だからどうしても伝えたくて…」


すいません…と、思わず裕也専務に謝ってしまった。


「いいえ。伝えられて、よかったですね」


その顔はいつものポーカーフェイスで、余計なことをしたと怒っているかもしれない…と思うと、ちょっと不安で視線が泳ぐ。



「それにしても裕也も、婚約者相手でも敬語を崩さないのか?そんな怖い顔していたら、舞楽さんに嫌がられるぞ」


私たちのやり取りに妙な距離感があることに気づいたようだ。


裕也専務が何も言わないので、私は取り繕うように言った。



「…この堅い雰囲気が裕也専務…いや、裕也さんらしくて、素敵で…す。あの、好きなったところなので、大丈夫です…」


なんだか取ってつけたような言い方だったかと思ったが、口から出てしまったものはもう遅い。



「舞楽…俺の部屋に、案内しようか?」


「…え?」



言ったそばから、敬語を崩してきた裕也専務。

私の努力っていったい…



「それがいいわね!大学を卒業するまで使っていた部屋。今でもそのままにしてあるのよ?」


会長夫人が楽しそうに言うので、私は歩き出した裕也専務の後について行った。


…広い階段を登った先の、広い廊下の突き当りが、かつての裕也専務のお部屋らしい。



「どうぞ…」


「はい。し、失礼…うわっ!」


そろりと入ろうとしたところで、急に手を引かれて中に入れられ、ドアをバタンと閉められて焦った。



「…しくじりましたね」


「あの、すいません。勝手にお土産追加して…」


「そこじゃありません」


「…えぇ?」


「…会長と同郷だったとは。先に話してくれたら良かったのですが」


「すみません…そんなに大切なことではないと思いまして」


数日前、そう言えば専務のご両親って、あのインタビュー記事の会長さんなんだとふと思いだした。


そして仕事帰りに思いついてアンテナショップに寄ってみたらあのお酒があって、つい買ってしまった。

渡そうかどうしようかと思いながら…


私が謝罪すると、専務は少しため息をつく。



「こういう時のために、連絡先を交換しましょう」



専務が携帯を出すので、私も習って取り出し、メッセージアプリの画面を開いた。


「…SNSはやってますか?それもすべて教えて下さい」


「あ…はい」


私が変な投稿をしないよう、チェックされるのかな…と思いながら、素直に2〜3持っているSNSのアカウントを教える。



「ゆ、裕也専務は?」


「はい?」


「SNSです。やっていたら、私もフォローしますので…」


「あぁ…」


意外と素直に教えてくれて、無事に繋がり、いつでも連絡し合える状況となった。



「これで…裕也専務も安心ですね!」


「は?手を焼かせないよう、気をつけてくださいね?」


…軽く睨まれたので、トゲトゲしい空気を変えようと、シンプルな部屋をぐるりと見渡してみる。


高そうなベッドと大きなデスク、そして…



「ロッキングチェア…!」


背もたれに手をかけてゆらゆら揺らすと、専務がそばに来て言った。



「ロッキングチェアは、考え事をするのに適した椅子なんです」


「そうなんですか…?大学生の頃の裕也専務は、どんな難しいことを考えていたんでしょうね?」


笑顔を向けたのに、裕也専務の顔が、少し曇った気がした。さっきと同じ、寂しげな儚い表情。


私はそれには触れず、気付かないふりをして、ロッキングチェアに座って揺れて見せた。





階下に戻ると、会長夫人が昼食を準備しているという。



「僕たちは、そろそろ帰ろうかと思ってたんだけど…」


…確かに。長居するだけリスクは高まる。

私もおいとまを伝えようとしたところで、会長が奥から出てきた。



「まぁそう言うな。…舞楽さん、伝統のうどんは…覚えてるかな?」


「え…伝統うどん…ですか?」


私の出身地では、お酒のほかに有名な伝統うどんと呼ばれる名産品がある。


でもそれは、近年では入手困難になったと聞いたけど…まさかそれを?



「やっぱり覚えてるか…。今は貴重になってしまったけどな。うちに乾麺が少しあるんだよ。それを茹でるから、ぜひ食べて行ってほしい」


途端に、懐かしさが胸いっぱいに広がった。


今は少なくなってしまった伝統うどん。子供の頃は安価で出回っていて、長い休みのお昼ご飯として、母がよく茹でてくれた。


食べたい…という顔で、裕也専務を見上げてみると… 



「…いいですね。では、いただくとしましょう」


意外にも優しい笑顔で言ってくれたのが嬉しくて、思わずその手を取ってしまった。


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