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1章…第10話

不思議な人だな…と思う。


運ばれてきたコーヒーに、ミルクと砂糖をてんこ盛りにして、スプーンでクルクルかき混ぜる裕也専務。


クールなサディストで、歯に衣着せぬ物言いは、切れ長二重の整った顔面によくお似合いだと思うものの…



「プリンを2つ追加で」


まさかの甘党らしい。


私には何の断りもなく勝手にプリンを注文して、甘いコーヒーを嬉しそうに飲んでいる。


私がプリンを嫌いだったらどうするつもりだろう?

いやまさか、2つとも1人で食べる気か?…裕也専務ならあり得る。




ふと、窓の外に目をやる裕也専務。

その横顔が、再び儚げな様子に戻ったように見えた。


クルクル変わる雰囲気をまとう彼をそれとなく見つめていると、思う。

高速を飛ばしながら目を閉じる…と言ったあれは、冗談だったのか、それとも本音を漏らしたのか。


上司と言えども、ついこの間までまったく接点がなかった人と、成り行きでここまで来たけれど…


なんとなく複雑な背景を背負っているように見えて、つい心配になってしまった。




「お待たせしましたぁ…フレッシュたまごの農園プリンです」


店員さんが、私と裕也専務の前に1つずつプリンを置いてくれた。







「あ、2つとも私の方に置いてください…!」


さっさと移動する裕也専務。

お皿のプリンがぷるん…と揺れた。


…私の心配など、いらなかったみたいだ。




「ちゃんと分けてあげたんですから、そんな顔しなくてもいいんじゃないですか?」


「いえ…その、別にそういうわけではないので、ご心配なく」


確かに分けてくれた。

でもそれは、いわゆる『アーンして』というやつで。


デレデレバカップルが人の目を気にせずやるアレだったから、ちょっとテレてしまっただけ。


しかも専務の唇が触れたスプーンでアーンされて、つい私もそのままパクっといってしまって…


間接キス…という言葉が頭の中を駆け巡るのです。


私たちはあくまで偽装関係なんだから、そんなことをする必要はないわけで…。

裕也専務は時たま距離感がバグると、心のメモに残した。



車に乗り込み、今度は服を挟まないように慎重にシートベルトを締めた。



「私も、恋人のフリをしてもらっただけです」


「…へ?」


「片瀬さんもこの前、私をお父さんに見立てて抱きついてきましたよね」


高級ブティックでお高い服を買ってもらった時のことだ。

私は今着ているワンピースに視線を落としながらうなずいた。


「そう、でした。あの時は…すみませ…」

「謝らなくていいですよ。そしたら私も、今の振る舞いを謝らないといけなくなるので」


そうか。


お互い、今は自分のそばにいない人を思って、その代わりを果たしただけ…ということか。



「わかりました…」


でもそういうのは今回限りにしてほしい。

私も、もっと気をつけなくちゃ。


両親が亡くなって2年たつけど、いまだに突然その姿が蘇って、不安定になることがある。


ん。ちょっと待てよ…

今は自分のそばにいない人を思って…って。


私は両親だけど、裕也専務は…恋人、なのかな?


…かつての恋人を思っていたのか。


私みたいな者を婚約者にでっち上げてでも、政略結婚をしたくなかった裕也専務。


それはもしかしたら、忘れられない愛しい人がいるからなのかもしれない。


でも…今日を過ぎればまた、ほとんど接点がなくなる人だ。あまり気にしないように、踏み込まないようにと、私は密かに思い直した。








「到着しました」


スッと車が停まったのは…家、というかお屋敷。高い塀は、来る人を選んでるように見える。



「裕也…!来たのか?!」


門番が必要なのでは…と思うほど重そうな木製の門が開き、顔をのぞかせたのは、当然ながらわが社の会長。



「お出迎えですか?すごい歓迎ぶりですね」


裕也専務も驚いたように言う。


そろって車を降りた後は、どこからか黒スーツの男性が現れて一礼し、裕也専務の車を駐車場へと持っていった。


スゴい…さすが会長宅…これはお手伝いさんがわんさかいるレベルかもしれない。


「お父さん…!門の外まで迎えに出たら、舞楽ちゃんが驚いちゃうでしょう?」


ハイトーンカラーで染めた髪を綺麗にまとめ、藤色のワンピースと白いカーディガンを着た女性。


美人だと噂の会長夫人だ。


2人並んだところで、私はしっかりと頭を下げ、挨拶をした。



「…初めまして。片瀬舞楽と申します。本日はお忙しい中、お時間をいただきまして、恐縮です」


昨日何回も練習した挨拶の言葉。

つっかえずに言えてホッとした。



「…どうして泣くんですかねぇ…」


裕也専務があきれたように言うので、驚いて頭を上げてみると、2人の目が涙で膨らんでいるのが私にもわかった。



「…ごめんなさいね。いきなり出迎えたりしんみりして、驚かせて…」


家の中に招かれ、やっぱりたくさんいたお手伝いさんが、お茶やケーキの用意をしてくれた。


通された部屋は、いかにも高級そうな絨毯が敷かれた洋間だった。

広さは私の部屋の10倍くらい…40畳くらいあるかもしれない。


足先がクルンとしたソファに、裕也専務と隣あって座った。


「改めて、恋人の片瀬舞楽さん。…プロポーズしてOKをもらったので、婚約者ということになるかな」


自然な笑顔を向けられ、私も自然な笑顔を返した。


「可愛らしいお嬢さん…!想像してた通りの方で、嬉しいわ…」


会長夫人が椅子を移動して、私の手を握る。


「本当だな…。素直で正直で、賢そうな人だ!裕也、いい人を見つけたな」


目頭を押さえた会長、どうやら相当涙もろいらしい。


…素直でも正直でも賢くもない私は、気づかれないようにそっとため息をつきながら、まさかの激アツな歓迎に感動していた。


すると、裕也専務がそっと私の脇腹をつついて紙袋を見せてくる。


…手土産だ。


ここに来るための手土産を心配した私に、自分が用意するから…と言ってくれたもの。


…中身が何なのかは、知らなかった。

カフェで聞いておけばよかったと思いながら、時すでに遅し。



「会長、奥様…ご挨拶の印に、よろしかったら召し上がってください」


裕也専務が袋から出して手渡してくれた。受け取って差し出そうとすると、けっこう重い…


え?裕也専務、お菓子とか…食べ物を用意してくれたんじゃないの?


そっと裕也専務を見つめるも、何もヒントはくれない…


これ、食べ物だとしたら、樽に入った漬物とかのレベルなんだけど…?


「わざわざありがとう!早速開けさせてもらうわね」


受け取ってくれた会長夫人も、意外な重さに驚いた様子。

それを見て、私はうっすら汗をかく…




「嫌だ…!召し上がってなんて言って…素敵な置物じゃないの!もう…可愛らしい冗談を言うんだから!」


「あらぁ…まぁ、えへへ…」


早速開けられた手土産の中身を見て、笑って膝をポンポンする会長夫人。


…笑顔でごまかしながら、私は隣の裕也専務の脇腹を遠慮なくつねった…。


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