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1章…第9話

「あの…ここからどのくらいで着くんでしょうか?」


「首都高に乗って少し走って…30分くらいですね」


裕也専務はチラリとバックミラーを確認して車を走らせる。


てっきり早井さん運転の、いつもの専用車で来ると思った。


この車は…プライベートの、裕也専務の車なんだろうか。


虎みたいな動物のマークがついた車。なんという車種かわからないけど、きっと高級車なんだろうと思う。


なんかいい匂いするし…




「車、苦手ですか?」


気づけば高速に乗る入り口まで来ていた。


「いえ…大丈夫です…け、どっ!」


高速に乗った途端、ぐいん…と加速する車。

追い越し車線に入って、器用にトラックやファミリーカーを抜いていく。


エンジン音は静かだし、ガタガタ揺れることもなく、スーッと走っているから不快はない。


…ないけど、スピードが出てるからか、Gを感じる…。


チラっと運転席を見ると、裕也専務は無表情で前を見て、時折バックミラーとサイドミラーに視線をやっていた。


その感じから、とても運転が得意なんだろうと思う。


窓の外をビュンビュン景色が流れていく…ちょっとだけ、ジェットコースターに乗ってる気分。


メーターに表示された最高速度はなんと、150キロ…

スピード違反で捕まらない?


そんな早さだったからか、首都高を降りるのはすぐだった。


一般道に降りて、自然と固く握っていた両手から力を抜く。

…意識せず、体に力が入っていたらしい。



「運転…お上手なんですね」


「ええ、お上手なんです」


「趣味は、ドライブですか?」


「あー…」


…突っ込んだことを聞きすぎたかな、と後悔するほど、裕也専務は無表情だった。



「…少し前まで、夜の首都高を飛ばしてましたから」


…だから上手いんです

と続けた専務は、どこか寂しそうに見えた。



「夜の首都高なんて…ロマンチックですね!…もしかして、デートですか?」





「いや…運転中、何度も目を閉じてしまおうと思いながら走ってました」




え…?




「…そんな、危ないじゃないですか」



何も言わない裕也専務に、もう少し何か言うべきだと言葉を探す。



「居眠りしちゃ…ダメですよ」



つまんないことを言ったと後悔したのは、裕也専務の表情が、緩むどころかわずかに歪んだから。



…沈黙が続いた。


耐えきれずにそっと橫顏を盗み見ると、いつもの表情に戻っていたのでホッとする。


でも…同時にとても儚げに見えた。首都高を運転中に目を閉じるなんて…自殺行為だ、という言葉を、私は静かに呑み込んだ。




「約束の時間よりかなり早いですね、首都高を飛ばしすぎました」


裕也専務は時間の調整をするらしく、通りすがりのカフェに車を乗り入れる。



「あ…れ、あの…」


車を降りようと、シートベルトを外そうとしたが、何かの不具合なのか…ビクともしなくて焦る。


着ける時はスムーズにできたのに、シートベルトがなかなか外れない。



「…何を遊んでるんですか?」


ドアに手をかけた専務、降りようとしたのに、隣でオタオタしている私に気づいた。



「す、すいません…服か何か、挟んじゃったんでしょうか?」


四苦八苦する私を見て、裕也専務はひとつ大きなため息をつくと、いきなり近寄ってきたので驚いた…



「あぁ、確かに、服を挟んでますね」


私の方を向いて、右手で助手席のシートベルトを外そうとする専務。


左手は私の座るシートの肩のあたりに置いてるから、私は完全に裕也専務の腕の中…


なるべく触れないように、シートに背中を押し付けて硬直しておく。


視線をどうしたらいいかわからなくて、裕也専務が見ているシートベルトの金具に一緒に落とす。


「…ん?」


そんな体勢だから、声もすごく近くで聞こえる…

つい、裕也専務の顔を見ると、裕也専務も私を見ていて…バッチリ視線が合ってしまう。


わずかに目尻の上がった切れ長の二重に見つめられ、私はその完璧すぎる顔面を前に、目をひん剥いてしまった…


「…その顔、2回目」


あ、敬語が崩れた、と思った時、裕也専務の顔が少し傾いて…



「…甘い香りがするじゃありませんか。一丁前に」


首の辺りに顔を寄せられてそう言われ、吐息がかかり、さすがに頬に熱が帯びる。


「あの…」


…近いです!と言おうとした声は「外れました」という裕也専務の声にかき消された。



「顔赤いですよ?」


「こんなに近づかれたら当然です…!」


「エレベーターでは平気だったのに、おかしいですね?」


外れたと言ったのに、まだ私のそばから離れない裕也専務。

…絶対、わざとだ!



「じゃ、計画は中止しますか?」


ここまで来て、やれるもんならやってみな…?という強気発言。



「いや。…でも、俺を好きになったら、違約金高いですよ?」


ゆるりと笑う顔はサディストのそれ。

一瞬固まったけど、思いついたことを言い返してみる。



「ゆ…裕也専務が私を好きになっても、違約金って発生しますか…?」


「…生意気なこと言いますね」


シュルシュルとシートベルトを外して、裕也専務はゆっくり私から離れる。



「そのへんのことは…考えておきます」


首都高を走っていた時の儚い印象は消え、また意地悪な雰囲気をまとう裕也専務。


カフェに向かって歩き出す後ろについていきながら…香水なんかつけていないのに、甘い匂いがするってどういうことなんだろうと思っていた。


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