はぁ…今日も眼福…
ダブルベッドの端に寝転がり、落ちそうになるのをギリギリ耐えながら、私は目の前で無防備に横たわる人を見た。
前髪が少し長い黒髪。鼻が高くて、立体的な唇。開くとちょっと怖い目も、今は閉じられて、実は長いまつ毛がこれでもかと主張する。
私の手にはスマホ。
…その明かりで、隣に眠る人の寝顔を盗み見るのは、私にとっての至福の時間となった。
午前6時。
太陽がのぼって朝の光がカーテンの端に届く。
遮光性の高いカーテンは優秀で、夏の強い光もシャットアウトしてくれそう。
ちなみに難燃性で言う事なし。
その人は日射しを浴びないと目を覚まさないとを知ったのは、ダブルベッドで一緒に眠るようになってから。
会社でそんなことを知るのは私だけだと、つい…優越感。
…間もなく桜が咲く季節。
私は今、会社の上司である、西園寺裕也さんと同じベッドで横になっている。
「朝は苦手です…」
寝起きの無防備な姿を惜しげもなく見せて…
そんな顔だけじゃない。
今まで知らなかった裕也専務の素顔を知るようになって、私の心の中は穏やかではなくなった。
やがて…チュンチュン鳴く鳥の声がして、専務のストレートの黒髪に、朝の光がさしはじめた。
見ると、カーテンが自動で開き始めてギョッとする。
あれぇ…?こんな機能あったかな…
早くも隣でゴソゴソ体を動かす裕也専務に焦り、私はスマホごと、両手を毛布の中にしまった。
目を閉じて、寝たふり…
これで本気で寝ちゃったら大変だなぁ…なんて思いながら、取りあえず片目だけ開けてみれば。
目の前にボンヤリしたイケメンの顔が迫ってる…!?
「わぁ…っー…っ…!」
横向きに寝転び、右手で頭を支え…裕也専務は私をじっと見下ろしていた。
「…寝るか起きるか、どっちかにしてください…」
寝起きの掠れた声…セクシーって言うんでしょうか?
至近距離で髪をかき上げるから、凛々しい眉と伏せた目元の長いまつ毛、それに賢そうなおでこが顔面に迫って焦るのですが?…
それに…髪が動いていい匂いがする。
心臓に悪いです…。
「あの…カーテン、勝手に開きました…」
窓を指さして、不審な出来事を訴えれば、専務の片方の眉だけがピクリと上がる。
「そーゆー設定です」
「なんで…?」
「ずっと寝顔見てるから」
…バレてる…
途端に熱を持つ私の頬。
いや、耳まで熱いかも…!
「すいません、その…朝早く起きる習性がなくならなくて、ですね…」
「違いますよね。楽しんで見てません?俺の寝顔…」
「…弱点が、ないものかと、見てました」
「…俺に弱点なんかねーわ」
私の苦しい言い訳に、少しだけ感情が揺れたみたい。
それは…敬語が崩れるのが合図。
それが現れると、私は嬉しくて小躍りしたくなる。
そんな私の本心を知ったら、裕也専務はきっとまた…眉をひそめるだろう。
「…今日の予定は?」
「…え?あの、はい」
やや高圧的に聞かれて、それでなくても焦るのに。毛布の上から裕也専務の腕がお腹にぶつかるから気が気じゃない。
返事を待つ切れ長二重が、ジッと私を凝視するから、必死に頭を巡らせた…
「今日は…朝7時から、海外の支社と繋いでリモート会議です」
…言ってからハッとした。
今朝は奇跡的にそうでもないけど、専務は寝起きの始動がすこぶる遅い。
あと1時間でしっかり目覚めてもらわないといけない計算になる…!
「朝食を、急いで準備しますね。専務はどうぞ、シャワーを浴びてください」
私は急いで上体を起こした。
「…いたっ!」
さっき裕也専務の寝顔を見ようとして、変な姿勢で変な筋肉を使ったからか、背中の変な筋が痛んだ。
そんな私を横目で見て、呆れたように言葉を吐き出す裕也専務。
「ギリギリ端っこで寝るからです。もっと堂々と、俺を押しのけて寝なさい」
「はい…」
毛布の中で触れそうになるだけでもドキドキするのに、押しのけるなんて絶対無理…。
裕也専務はいつも平然として、熟睡して、余裕で。
気持ちの違いに心の奥のほうが、キュッと痛くなる。
…私は好きな人と、毎晩ダブルベッドで一緒に眠ってる。
それはとても嬉しくて幸せなことだけど…同時にひどく切ないこと。
なぜなら、私を横に置いて平気で眠れるのは、女として見られていない証拠だから。
「…なにをボケっとしてるんですか?」
上体を起こしたくせに固まっている私を通り越して、専務がベッドから降りた。
「朝食は温かいスープにしてください。…今朝はなんだか冷えるので」
「…かしこまりました」
柔らかい素材の黒いジャージと白いVネックTシャツの背中がドアの向こうに消え…私も追いかけるように寝室を出た。
不思議な会話を繰り広げる私たちの関係、それは、専務取締役とその専属秘書。
そして同時に婚約者でもある。
ただし頭に「偽装」という言葉がつく、偽りの関係だ。
うっかり芽生えてしまった自分の気持ちは、専務に気づかれてはならない。
バレたらその時は…私は即座に首を切られ、もらった報酬を返却する約束だから。
それにしても…
どうしてこんなことになったのか…
同居はわかるけど、同じベッドで眠らなくてもいいんじゃないか…?
いや、一緒に寝ましょうと言ったのは私だった…
クールでサディストな裕也専務と、毎日同じベッドで眠るようになった経緯を…私はボンヤリ思い出していた。