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第12話

 学校から帰ってきた莉緒は、珍しく黒猫の姿に戻っていた猫又から裏庭へ向かうようにと指示される。あれから随分揉めていたみたいだが、池の畔の紅葉は枝を多く残した状態で剪定が終わっているようだった。池に水を入れた時、水面の半分に木の姿が映り込む絶妙な枝バランスなんだと、妖狐が自信満々に力説していたのは正直言って全くどうでもいい。


 宮下のお婆ちゃんが一人で住む裏の家とは高さある土壁作りの塀で仕切られていて、人通りのある庭先と比べるととても静かだ。人目のつきにくい裏庭をミヤビが指定してきたのは何か意味があるんだろうと、莉緒は気合いを入れる。


「ここならまぁ、多少暴走しても平気やろ」


 そう言って、口に咥えて運んで来たものを莉緒の足下に並べていく。猫又が用意していたのは、特殊な白色の和紙で作られた人形代――人の形をした依り代だ。地面に並んだ五枚をミヤビがモフモフの前足で指し示しながら説明してくる。


「うちが知ってるだけでも、藤倉家には紙人形を操るのが得意なのが何人もおったで。紙人形は術者の目にも手にもなる。あいにくボンはからっきし才能が無かったけど、お嬢ちゃんはどうやろうな? 試しにこれ、動かしてみ」

「え、動かすって、どうやって……?」

「形代に向かって念じるだけや。才能の有無は一発で分かるさかい」


 思った以上に軽く言われて、莉緒は後ろで見守っていたムサシへと助け船を求めて視線を送る。飛び石の一つに収まるよう行儀よく座っていた妖狐は、退屈そうに生欠伸を漏らしていた。まともなアドバイスは期待できそうもない。


「ええーっ、念じるって、具体的にどういう……?」


 眉を寄せ、しばらく考えてみたが、いまいちよく分からない。紙人形を見つめながら、とりあえず心の中で「動け!」と叫んでみる。

 ――すると、五枚のうち真ん中の一枚が、フルフルと小刻みに揺れ始めた。


「あ!」


 驚きのあまり、莉緒が短い声を出した途端、形代は何事もなかったかのようにその動きを止めてしまう。まるで、さっきの動きはたまたま風の悪戯だったかと思うほど、それは一瞬の出来事だった。けれど、ミヤビがポフポフと肉球で地面を叩いて、その場ではしゃぎ出した。


「ええ感じ、ええ感じ。才が無かったらピクリともしいひんもんやし、初めてでこれは十分十分」

「え、そんなものなの?」

「そうそう、ボンは丸一日かけて微動だにしいひんくて、夜中まで大泣きしてはったわ。封じたり護符に念込めたりは得意やのになぁ」


 ミヤビが対策を考えると言い出した時、父が微妙な表情をしていた理由がようやく分かった。子供の頃の悔しかった記憶を思い出してしまったのに違いない。


「じゃあ、お嬢ちゃんの目標は紙人形の使役やな。五枚全部を自在に操れるようになるまで、頑張り」

「え、これ全部を?!」

「そや、最終的には三十枚は余裕で動かせるようにならな。こんな紙一枚じゃあ、大した自衛にもならへん。数が動かせてこそなんぼや」


 たった一枚を一瞬フルフル揺らせただけの莉緒に、猫又は容赦なく言いのけて「ほな、うちは夕飯の用意でもしてくるわ」と宙返りして人の姿へ戻り、割烹着の腕を捲り上げる。


 裏庭に残された莉緒は、それからの連日も足下の紙人形達と対峙し合うことになるとは思ってもみなかった。家に帰ったら速攻で裏庭へと顎で誘導されて、逆らう隙も無い。教育ママとはこういうことを言うのだろうと、頭の片隅でぼんやりと考えていた。


 日に一枚ずつ枚数を増やしての特訓を繰り返し、莉緒が五枚全ての形代を右手の指二本の動きである程度は操作できるようになってきた頃だった。夕飯を食べ終え、宿題の続きをする為に自室へ戻るつもりで廊下を歩いている時、ようやく入れ替えたばかりの窓ガラスの向こうに何かの気配を感じて振り返る。


「――?!」


 思わず悲鳴が出そうになったのを、自分の手で口を塞いで堪える。カーテンが開いたままの窓の外、ゆらりと揺れる影は人のものではない。莉緒がすぐにそのことに気付けたのは、それが宙を飛んで着物の裾をなびかせていたからだ。何かを探るように玄関前から裏庭へ向かって飛んでいったのを、声を殺してそっと見張り続ける。家人が中から監視しているのには気付いていないのか、それはぐるりと建物の周辺を回っていった。


 窓から見えない位置に移動したのを確認して、莉緒はポケットの中から紙人形を一枚取り出した。まだ扱いに自信はないけれど、一枚だけなら何とかなるだろうと。鍵を閉じ忘れていた窓を音を立てないよう少しだけ開けると、その隙間から形代を外へ出す。そして、裏庭へと回っていったはずの何かを、追いかけていくように飛ばした。


 心を落ち着かせて、人形代の行方を探る。まだ視界は朧気だし、時折ふらついてしまうけれど、視えているはずのない景色を見つめる。自分の代わりに目となっている、紙人形の前に広がる光景。侵入者は裏庭へと回ってから、裏庭にある乾いた池の畔の紅葉の木に近付いてから、その高い位置に何かを括りつけているようだった。そして、霧が引くかのようにすっとその場から姿を消した。

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