藤倉家の変化を真っ先に気付いたのは、同じ中学出身のクラスメイト、久我詩織だった。昨日、学校帰りに美容室へ行ってきたという詩織は、前髪が思ったより短くカットされてしまったらしく、「なんか小学生みたいになっちゃった」と朝から鏡を見ながら照れ笑いしていた。
午前の授業が終わった後、莉緒の席へと椅子ごと移動してきた詩織が机の上に広げられたお弁当の中身を見て、「おや?」という顔をする。
「莉緒のお弁当、昨日からなんか違わなくない?」
蓋を開けた弁当箱の中身が普段と様子が違うと、マジマジと覗き込んでくる。詩織の後から来た小門美羽も、釣られるように莉緒の昼ご飯に注目して感嘆の声を上げていた。ボーイッシュな詩織とは真逆に、美羽は緩めに巻いた髪をハーフアップにした清楚なお嬢様系だ。このクラスになって詩織と出席番号が前後だった関係で仲良くなった。高校入学を機に引っ越して来たらしく、この辺りのことはあまりよく知らないらしい。
「ほんとだー、めっちゃ美味しそうで可愛いんだけど。え、これも莉緒が作ったの?」
ガタガタと音を立てて近くの席から机を拝借してきて、莉緒の机へとくっ付けていく。高二になってからお昼はこの三人で食べることがほとんどだ。たまに詩織がバレー部のランチミーティングで居なくなることはあるし、他のクラスから別の友達が乱入してきて増えることもあるけれど。
猫又のミヤビが用意してくれたお弁当は豚肉の生姜焼きをメインに、アスパラベーコンやニンジンの甘煮、卵焼きとマカロニサラダ、ウインナーという、見た目も色鮮やかなおかずに、三色のオニギリ。自分で作っていた時はオニギリを握っている余裕もなく、いつもご飯を詰めてふりかけを散らすのが精一杯だったし、おかずは冷凍食品に頼りっぱなしだった。
「ううん、一緒に住むことになった人が家事を全部やってくれて――」
「お父さんが再婚するとか?」
「そういうんじゃなくて、うちと長い付き合いのある人……家政婦さんっていうより、親戚のおばさんみたいなもんかな」
家事が得意な猫又を蔵の中で発見したと説明しても、きっと理解不能だろう。莉緒は笑って適当に誤魔化す。父親が祓い屋なのは別に隠していないけれど、あやかしや怨霊の話は学校ではあまりしたくはなかった。特に美羽はその手の話が苦手みたいだから避けるようにしていた。
「家のことしないで済むんなら、良かったじゃん」
「うん、すごい助かってる」
「しっかし、タコさんウインナーとか久しぶりに見たわー」
莉緒が箸で持ち上げたウインナーに切り分けられた足と黒胡麻の目があるのを見て、詩織が机を叩いて喜ぶ。美羽も「うちも小学校の頃は定番だったよ」と薄笑いを浮かべていた。
――ミヤビ、私のこといくつだと思ってるんだろ……。
和史のことを『ボン』と呼び、莉緒のことを『お嬢ちゃん』と呼ぶことのある猫又。長寿のあやかし達にしたら赤子も同然なのは分かるが、思春期真っ只中の莉緒は顔を赤くしてウインナーを一口で一気に頬張った。
莉緒が二日連続で居残りせずに済んだことを、担任教師は露骨に驚いた顔をしていた。みんなと同じだけ対策の時間を確保できていれば、別にそこまで落ちこぼれるような成績じゃないのだけれど。一年半近く再テストの常連をやっていれば、教師から信頼されていないのも無理はない。
珍しく追試になってしまった美羽が片目を押さえて泣いているフリをしながら、「裏切り者ぉ」と絡んでくるのを、莉緒は笑顔で手を振り返してから教室を出る。他の居残りメンバーの何人かも莉緒が先に帰って行くのを「えっ?」という顔をしているのが見えた。何気にみんな、めちゃくちゃ失礼過ぎる。莉緒だってやればできるのだ。
そして、家を出る時にミヤビから渡された買い物メモを見ながら、駅前の大型スーパーの中を特売の卵を探し求めて彷徨っていた。
「火曜の朝市と夕市の時に先着200パックやねん。間に合わなかったら、隣のドラッグストアが他より安いからそっちに行ってな」
家事万能な猫又は近隣の店の特売情報を完璧に把握しているらしい。運よく残り数パックに遭遇できた莉緒は、卵を片手にホッと胸を撫で下ろした。その後は、お目当ての野菜と肉がミヤビの指定する底値以下かどうかを確認しながら、順に買い回っていった。
まだ明るい時刻、エコバッグから白ネギの葉をチラつかせながら、莉緒は自宅へと歩いていた。顔見知りのご近所さんとすれ違い際に挨拶を交わしていると、遠くに見える自宅の門の前に人影を見つける。
――お客さん、かな?
顔と愛想だけは良い父親だから、近所や商店街に友達は多い。ちょこちょこと誰かが家を訪ねてくることは珍しくないけれど、大抵の人はズカズカと門から中へ入ってきて遠慮なく玄関前の呼び鈴を鳴らしてくる。
けれど、その人影はいつまで経っても門の中へは入ろうとしない。外から敷地内を遠巻きに伺っているような、コソコソと挙動不審な動きをしていた。とにかく怪しさ満開だ。
黒のスーツを身につけた三十代半ばくらいの男性。その顔に莉緒は見覚えはなかった。
「あの、うちに何か用ですか?」
近付いて声を掛けた莉緒へ、男は頭から足先までをじろりと値踏みするような視線を送ってきた後、返事もせずにふいっと門の前から立ち去って行った。