ヴァンパイアの王国カミラ・キュラスとの同盟は無事締結された。ドノナストとの共存体制が開始されて一年。
今のところ、表立った問題は起きていないようだ。女王であるノヴァは、毎晩のようにストーリア城を訪れて近況報告をしてくれる。そして俺の妻達と共に、甘い夜を過ごして帰って行くのが通例になっていた。
寝室からの去り際、彼女は名残惜しそうに俺を振り返る。
「ダーザイン様、そろそろ私にも子供を授けてくださいませんか」
悪戯っぽく笑うノヴァ。
「別に俺は構わないが、そうすると君は俺の妻とならねばならない。カミラ・キュラスはドノナストの従属国になってしまうぞ。対等ではなくなるがいいのか?」
「もちろん、構いませんわ!」
ノヴァはそう言って、俺の胸に飛び込んで来た。これで俺には七人目の妻が出来る事になる。
正直、俺はノヴァを愛していた。彼女に俺を愛させたのは、当初は屈服させる為の手段に過ぎなかったのは確かだ。
だが彼女と触れ合う内に、俺は恋に落ちたようだった。
漆黒に輝く、長く美しい髪。妖しさ内に秘めた切長の目。黒い瞳は夜の闇のようだ。そこに感じるのは不安や恐怖ではなく、安らぎと安堵。
白い肌とは対照的な、赤い唇。鋭い牙が見え隠れするその薄い唇は、甘い快感とスリルを同時に味あわせてくれる。
夢の中で出会った時は、長身の女性だった。だが現実の彼女は小柄で、容姿もまるで十代の少女。愛らしさと妖艶さを併せ持つ美少女だった。そのくせスタイルは抜群にいい。素晴らしい曲線美の持ち主だった。
もう何度目か分からない愛の契りを交わした俺とノヴァ、そして妻達。昼頃になってようやくノヴァは帰って行った。ノーティアスとフェイト、ルインダネスも自分達が治める町へと帰って行く。
「カミラ・キュラスがドノナストの属国になると言うことは、法律の改正やら何やらの仕事が増えるな。ナディア、手配を頼めるか」
「お任せ下さい、陛下」
執務室。脇に控えているのは母さん、ナディア、エステルの三人だ。
「冒険者ギルドも新たに作るか。ヴァンパイア達にもギルド組織の仕組みはあるが、基本的に彼らは貴族社会。人族を奴隷として虐げる事で成り立って来た社会だ。まだまだ仕事をする事には不慣れだろう。エステル、フェイトと一緒にノヴァを手助けしてやってくれないか」
「うん、任せて!」
エステルは親指を立ててニカッと笑う。
ナディアとエステルは任務遂行に燃え、颯爽と執務室を去って行く。
「あら! 二人っきりになったわね、ダー君」
「本当だね、シェファ」
俺は机から立ち上がり、そばに立っていた母さんと抱き合う。
「本当にいつもありがとう、シェファ。君がいるから、俺はここまでやってこれた。何度も俺の命を救ってくれた。感謝しかないよ」
「私がダー君を守るのは当然の事だわ。だって母親だもの。愛する息子は命に代えても守るのが母親の務めでしょう? だけど嬉しいわダー君。それを素直に感謝出来る子になってくれて。本当に、立派になって......」
母さんは大粒の涙を両目から溢れさせた。
「全部シェファのおかげだよ。あなたのお陰で、ここまで成長出来た。ありがとう母さん。愛してる」
俺は母さんの涙を指ですくい、キスを交わす。やがて俺たちはソファに倒れ込み、お互いの愛を確かめ合った。
「あの時......オーク達がエルフの村を焼き討ちすると言った時。エルフ達を救う選択をしなかったらどうなっていたんだろう。きっと今のようにはならなかった。エルフの村は滅び、魔術大戦も魔族の勝利で終わっていた筈だ。平和なんてずっと訪れはしなかっただろう。俺は罪の意識を抱いたまま、母さんと一緒に何処かに隠れ住んでいたも知れない」
「そうね......だけどあなたは正しい決断をした。立派よ、ダー君。お母さん、とっても誇らしいわ」
「ありがとう。選択を間違えなくてよかったよ。今は本当に幸せだ。少し平和すぎるくらいだけどね。まぁ......ちょっと問題が起こるくらいの方が、メリハリがあっていいんだけど」
「ふふっ。良いのかしらそんな事言って。手に負えないくらいの問題が起こっちゃうかもよ?」
悪戯っぽく笑う母さん。
「大丈夫さ。その時は俺が解決してみせる。君は俺が守るよ、シェファ」
「頼りにしてるわ、旦那様」
微笑む母さんに俺は深く口付けし、再び愛を交わした。
数時間後。執務机で書類を書いていると、フェイトとノーティアス、そしてルインダネスが「空間転移」の魔術で姿を現す。ちなみに母さんは、ソファで気持ち良さそうに眠っている。
「大変じゃ兄上!」
「血相変えてどうしたんだフェイト。いつも冷静なお前らしくないじゃないか」
フェイトの顔はいつになく真っ青で、それはノーティアスとルインダネスも同様だった。
「大陸に七つある【大罪の迷宮】のうちの一つ、我が国で管理している【色欲(ラスト)】の迷宮が崩壊した!」
「なんだと!?」
フェイトの報告に、俺は寒気を覚えた。
「中から続々とモンスター共が溢れ出して来ておる! 今は迷宮がある森の中に結界を張り抑え込んでおるが、突破されるのは時間の問題じゃ! 早急に手を打たねばならぬぞ兄上!」
「わかった! 行こう!」
俺は頷き、素早く立ち上がった。
「それだけじゃねぇぜダーザイン! ドノナストの玄関口とも言える俺の町、グローリアにもモンスターが溢れかえってやがるんだ! もちろんレベルは1まで下げてやったが、どういう訳か奴らの進行は止まらねぇ! 騎士団と兵団、冒険者達で食い止めてるが、このストーリアにやってくるのも時間の問題だぜ!」
叫ぶルインダネス。彼女もいつになく焦燥に駆られているようだ。
「そっちもか......! まずいな」
予想以上にヤバい状況のようだ。こうしてはいられない。
「グローリアだけじゃないよ、お兄ちゃん! 僕の町ラグディアにもモンスター達が溢れているし、フェイトの治めるファナキアにもモンスターの大群が現れたんだ! どうやらケイオス教団と名乗る連中が街に潜んでいて、このタイミングで同時多発的に決起して、モンスターを召喚しているみたいなんだ!」
ノーティスは涙目だった。比較的楽観的な彼女だが、今回はそうもいかないようだ。ケイオス教団......! 混沌神ケイオスを信奉する連中か!
「よし、ではまず俺はラグディアに向かう! 状況は最悪だが、順次解決して行くから安心してくれ! みんなは各自、自分の町の安全確保! 俺が行くまで持ち堪えてくれ! ダンジョンはとりあえず後回し! 三つの町を守りきってから向かう!」
「了解じゃ!」
「おう!」
「うん!」
三人が転移の魔術で消えた後、振りかえると目覚めた母さんと目が合った。
「あらあら、不安が的中しちゃったわね」
母さんは困ったような微笑を浮かべた。話は聞いていたらしい。
「そうだね。だけど大丈夫。俺がいる。誰一人傷つけさせやしない! それに心強い味方もいるからね。行こう、シェファ!」
「ええ!」
俺は母さんを抱き寄せ、口付けをしながら「転移の言葉」を唱えた。
「俺とシェファはラグディアに転移する」
呪文や術式は必要ない。俺の言葉は現実になる。
ラグディアは喧騒に包まれていた。ゴブリンやトロール、コボルドなどのモンスターに加え、かつては魔族だったオークとオーガも暴れているようだ。おそらく彼らは戦いに敗れた事で、魔族からモンスターへと落ちぶれてしまったのだろう。
人々を非難させていた騎士団の一人が、こちらを見て歓喜の声を上げる。
「ダーザイン様が来てくださったぞ! シェファール様も一緒だ!」
「おおおー!」
「ダーザイン様!」
逃げるのも忘れて、喝采を送る人々。俺はそれに笑顔で応え、右拳を掲げた。
「この街に仇なす者どもよ! 動きを止めよ!」
ピタリと動きを止めるモンスター達。だがその中でたった一人、ゆっくりとこちらに飛翔してくる者がいた。
全身真っ黒で、歪んだ角と蝙蝠のような翼を持ったモンスター。言うなれば悪魔だ。
「俺の言葉に耳を傾けてはくれないのだな。君は一体何者だ?」
俺の問いかけに、悪魔はニヤリと顔を歪ませる。
「お初にお目にかかります、ダーザイン陛下。私はケイオス教団司教、クルトニウス。ケイオス様の意向に逆らうあなたとあなたの所有物全てを、滅ぼす為に参りました」
そう言って粛々と頭を下げるクルトニウス。どうやら簡単には行かなそうな相手だ。
「なるほどな。なら君は生かして帰してやる。だからご主人様にこう伝えろ。俺を滅ぼしたいなら自分で直接来い、とな」
「貴様......!」
クルトニウスは俺の言葉に怒りを感じたようだ。凄まじい形相で俺を睨む。
「なんと無礼な! 神であるケイオス様が、たかがエルフ如きの前に姿を現す訳がなかろう! 驕り高ぶるな、汚らわしい!」
禍々しいオーラを身にまとい、戦闘態勢に入るクルトニウス。
「シェファ、こいつに俺の【フィクサー】の力、【言霊】は通じないようだ。俺に力を貸してくれるかい」
「ええ、もちろん。あなたの剣となり、盾となるわ、ダー君」
「ありがとう。愛してるよ、シェファ」
「私もよ、ダー君」
俺とキスをした後、母さんはクルトニウスの前に進み出た。
「シェファール、君の魔力は無限! そして無敵だ!」
「ええ! 私は無敵よ! ダー君の為なら、誰にも負けないんだから!」
「俺も君を守る為なら、決して負けはしない! 行くぞ!」
こうして俺たちとケイオス教団の戦いが幕を開けた。手強い相手かも知れないが、今の俺には沢山の仲間がいる。
俺は悪行の限りを尽くした元オーク。そして今はドノナストの王、エルフのダーザイン!
どうやらスローライフは、一旦お預けのようだぜ!