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第33話 黒の主。

 新生ドノナスト王国の整備は着々と進み、二年の月日が流れた。北西の町ラグディア、南西の町ファナキア、西の町グローリアも完成した。


 ダーザインと六人の妻達との間には、それぞれ一人づつの子供が産まれた。男の子三人の女の子三人。中々良いバランスである。


「おー、よちよち可愛いでちゅねぇ。ほうら、パパでちゅよー。それともお兄ちゃんでちゅかね~」


 ここはストーリア城の寝室。ダーザインの母にして妻のシェファールが、息子のファルザインをあやす。


 ファルザインはダーザインの息子であると同時に、血の繋がった弟でもある。実に奇妙な関係だった。


「そこは息子でいいだろう。なぁファル、パパだぞぉー!」


 ダーザインは小さな赤ん坊を抱き上げ、高い高いをした。キャッキャッと喜ぶ姿がとても可愛らしい。ファルザインは金色の髪と青い目をしたエルフ。どちらかというとシェファールに似ているようだ。


「陛下、シャナラインも抱いてくださいますか?」


「ああ、もちろんだ」


 ソファでくつろいでいたナディアが立ち上がり、ダーザインに娘を差し出す。


 ダーザインは息子をあやしながらシェファールに返し、今度はシャナラインを抱き上げて頬擦りをする。長いまつ毛に切長の目。ナディアの面影を持つ、可愛いエルフの女の子だった。


「シャナ! きっとママに似て美人になるぞ!」


 シャナラインに頬擦りをしていると、ベッドで息子に母乳を与えていたエステルも立ち上がる。


「ダーザイン君、ディアザインもパパにくっつきたいって」


 エステルとダーザインの息子、ディアザイン。彼はエステルに似て髪が真っ白だ。ハーフエルフである為、耳は少しだけ尖っている。


「ふふっ、おいでディア」


 シャナラインをナディアにそっと返し、ディアザインを優しく抱きしめるダーザイン。そこへフェイトが突然姿を表す。魔術によって転移して来たのだ。ノーティアスとルインダネスも一緒だ。


「おお! よく来たなフェイト! ノーティアスにルインダネスも! 会いたかったぞ!」


「ワシもじゃ、兄上。それにこの子も」


 フェイトは可愛らしい女の赤ん坊を抱き上げ、ヨシヨシと揺らした。赤ん坊の名前はリエルライン。青い髪のハーフエルフだ。


「おお、リエル。俺の可愛いリエル!」


 ディアザインの頬にキスをしながら、そっとエステルに抱き渡す。そしてフェイトからリエルラインを受け取り、高く抱き上げた。


「リエル! お前はママみたいに高慢ちきな性格になるんじゃないぞ!」


「ぷぅ! ひどいのじゃ、兄上!」


 ほっぺたを膨らませるフェイトにリエルを返し、その幼い姿をした妻の頭を撫でるダーザイン。


「冗談だよ。リエルはきっとお前みたいに聡明で可愛い女の子になるさ」


 フェイトの頬にキスをするダーザイン。フェイトは「はう~」と言って顔を赤くする。


 そんなフェイトの青髪をもう一度撫でると、ダーザインはノーティアスとルインダネスの方へ向き直る。すると二人は抱いていた赤ん坊をダーザインへと差し出した。


「はいお兄ちゃん! ボクとお兄ちゃんの愛の結晶! 愛娘ローズラインを連れて来たよ!」


「おらよダーザイン! お前の大事な跡取り息子、ソードザインだ! こいつは強え男になるぜ!」


 二人から赤ん坊を受け取り、抱えるように抱くダーザイン。その顔には満面の笑みだ。


「おおお! ローズにソード! なんて可愛いんだ! 目に入れても痛くないぞきっと! おおおー、よしよしよしよし!」


 二人の赤ん坊の顔を寄せ、同時に頬擦りをするダーザイン。本当に幸せそうである。


 だが、その幸せも今終わる。


【ヴァンパイア国カミラ・キュラス】の女王にして「黒の主」。


 この私、ノヴァ・タイラー・キュラスの古代魔術「悪夢と呪い」によって。


 今、この光景はダーザインに見せている悪夢。私の支配する世界。実際の彼はまだベッドの中だ。


「はじめまして、ダーザイン様」


 私は夢の中へと姿を現し、彼に挨拶をした。ダーザインは面食らった様子で、子供達を抱きかかえたまま硬直した。


「何者だ? どうやってここへ入った」


 ダーザインの表情は、硬く強張っていた。だが、それを私に悟られないように尊大な態度を取っている。


 まるで無意味な行為。私の見せるこの悪夢の世界において、支配者である私には何も隠せはしない。


「ずっとおりました。そしてあなたの幸せそうな顔を眺めていたのです、陛下」


 ダーザインの妻達は、まるで氷の彫刻になったように動きを止める。もちろんそれは私の意思だ。この世界の全ては私の思うがままなのだ。


「私の名前はノヴァ。黒の主と言えばわかりますか?」


 私の名乗りと同時に、ダーザインの眉間に皺が寄る。彼はとても美しい顔をしていた。長い髪は真ん中で分けられ、色も丁度白と黒で半分に分かれている。ダーザインは古代魔術「緑」の力を失った、と言うケイオス様の話は本当だったようだ。


 混沌の神ケイオス様は、この魔術大戦においてダーザインの勝利を望んではいない。だからこそ、この私に力を貸してくださったのだ。


「エステルを洗脳した奴か。悪夢を見せて、相手の心を支配するそうだな。言っておくが俺にはその力は効かんぞ。ドワーフの作った首飾りを身につけている。一度手の内を見せたのはまずかったな。俺の妻達の中には優秀な魔術師がいるんでね。すぐに手に入れてくれた。エステルの洗脳も、そのお陰で解けたんだ」


 ダーザインはフェイトとエステルの方に目をやりながら、首から下げた首飾りを得意そうに持ち上げて見せた。妻達に起こっている異常事態には、まだ気付いていないようだ。


(本当に愚かだな)


 私は笑いが込み上げそうになるのを必死にこらえる。エステルへの呪いは、敢えて弱くしていたのだ。「罪と罰」を司る彼女自身が、自身の罪に苦しむように。ドワーフの首飾りでは、私の本気の呪いは防げない。


「そうですか。それは残念です。では、これからお見せするのは悪夢ではなく、現実という事になりますね」


 私は指をパチンと鳴らした。するとダーザインの妻達が一斉に自分の子供を頭上に掲げる。ダーザインが抱いていた二人の赤ん坊も、ノーティアスとルインダネスによって取り上げられ、高々と掲げられた。


 赤ん坊達は状況を理解できず、無邪気に笑っている。


「おい皆どうした! 一体何を......!」


 私はもう一度指を鳴らした。ダーザインの妻達は一斉に、自分の赤ん坊を床に叩きつけた。


 赤ん坊達は泣き声一つあげない。絶命したのだろう。


 母親達は、感情の宿らない氷のような視線で我が子達の亡骸を見つめる。


「なっ......!」


 ダーザインは呆気に取られ、それから力なくひざまずいた。


「どうして......こんな......ああ......」


 声を震わせ、子供達の亡骸に這い寄るダーザイン。私は込み上げる笑いを抑える事が出来なかった。


「くくく......! あーっはっはっはっ! 良い気味だわダーザイン! あなたはケイオス様の意向に反し、魔術大戦のルールから外れた。ケイオス様の加護と古代魔術を捨て、女神達の傘下となった。これはその報いよ! あなたはもう立ち上がれない。ズタボロになったあなたの精神を支配して、これからドノナスト王国を頂くわ! 赤の主、オーガのグランザイムとその王国であるガルドハロンも私の手中に収めた! 世界はもう、私のものよ!」


 笑いが止まらない。快感だった。


 果たして、ダーザインは子供達の復讐の為に立ち上がるだろうか。


 いや、彼は立ち上がらない。どうやらダーザインは怒りにも憎しみにも駆られていないようだった。おそらく、その心はすでに壊れてしまったのだろう。


 ダーザインはゆっくりと倒れた我が子の一人に這い寄り、そっと抱き上げた。そして優しく頬擦りをする。


「どうして......こんな......ああ......」


 そして先程の台詞を繰り返す。我が子の死を受け入れられないのだろう。


「どうしてこんなに......可愛いんだ!」


 ダーザインは微笑んだ。それに応えるように、赤ん坊も「きゃっきゃっ」と笑う。


「なっ......! バカな!」


 私は思わず声をあげた。赤ん坊が生きている......!? これでは筋書きと違う。ここは私の支配する悪夢の世界。私にとって予想外の事など、絶対に起こり得ないと言うのに!


「君が俺に見せたかった悪夢はこれか。だが言っただろう。俺には効かないと。夢の中だろうとなんだろうと、俺の言葉は絶対の力を持つ。言葉を理解出来る者に対してはな。ケイオスへの俺の裏切りは知っていても、新たな能力については知らなかったようだな、ノヴァ」


 ダーザインは子供を抱いたまま立ち上がり、パチンと指を鳴らした。


「この夢の世界は、俺が支配する」


 ダーザインの言葉とともに、妻達の目に光が戻った。


「きゃあ! なんて事!」


 妻達は床に寝そべる我が子達を、急いで抱き上げる。子供達は全員生きていた。母親に抱かれ、嬉しそうに笑っている。


「そ、そんな、ありえない......」


 私は足元がふらつき、倒れそうになる。それほどまでに、この出来事は衝撃的だった。


「いや、あり得るんだ。さぁノヴァ。君は今から俺の恋人。俺を愛せ。そして服従するんだ」


 この男は何を言っている!? 何故一国の主たる私が、敵国の王を愛さねばならないの!?


 いや......それは至極当然の事だ。忘れていた。私はダーザインを愛さなくてはならない。いや、既に......愛している。


「ああ、愛しいダーザイン様......なんなりとお申し付け下さいませ」


 私は跪き、彼の手の甲にキスをした。そしてうっとりと見上げる。


「そうだな......まずは舌を使って奉仕するんだ。俺の体を隅々まで舐めてもらおう」


「はい......喜んで......」


 私は一心不乱にダーザイン様の体を舐めた。そして愛しい人に奉仕出来る喜びに打ち震えた。


「中々上手だったぞ、ノヴァ。さぁ、次は君の肉体を俺に差し出すんだ」


「はい、すぐに......」


 私は服を脱ぎ捨て、ダーザイン様へと抱きついた。彼は私を抱き上げて寝台へと寝かせ、包み込んでくれた。めくるめく快楽が、私の全身を支配した。


「ああ......ダーザイン様......」


 ダーザイン様の腕の中で、私は安らぎに包まれた。


「ノヴァ、俺から君に提案がある。聞いてくれるかい?」


「はい、もちろんです」


 私は濡れた瞳でダーザイン様を見つめ返す。


「ドノナストとカミラ・キュラスで同盟を結びたい。魔術大戦も終結させる。今後はお互い協力し合うんだ。吸血鬼達が人族を襲ったり家畜にしたりする事のないよう、人族から採血した血液を売買し、カミラ・キュラスへ流通させる。そして家畜や奴隷は全て解放してもらう。良いかい?」


「はい! 是非そうさせて下さい!」


 なんと素晴らしい提案だろうか。やはりダーザイン様は素晴らしい。


「そして君は俺の恋人。妻には出来ないが、時々こうして俺の元を訪れてくれ。妻達と一緒に、甘い時を過ごそう」


「嬉しいですわ、ダーザイン様。よろしくお願い致します」


 私はベッドの上で膝をつき、深々と頭を下げた。そしていつの間にかやって来ていたダーザイン様の妻達が、私と彼を取り囲む。


「歓迎するわ、ノヴァ」


 第一王妃シェファールの優しい囁きに、私は静かに微笑を浮かべた。

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