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第26話 前世の記憶。

 母さんとナディア。二人とのデートを無事に楽しく過ごし、今日はエステルと王都を巡回する日。彼女とはまだそれほど親密ではないし、別にデートのつもりはないが、周りは勝手にデートだと思っている。


「それじゃ、行ってくるよ」


「行ってきます!」


 俺とエステルは城のエントランスで、見送りに来た母さん達に挨拶をする。別に旅行に行く訳でもないのに、みんな大袈裟である。


「ダー君、夜ご飯までには帰ってくるのよ。今日はダー君の大好きなハンバーグだからね」


「ああ、楽しみにしてるよ」


 母さんはナディアから料理を教わり、腕を上げた。最近は色々とメニューを考えて俺を喜ばせようとしてくれる。ありがたい事だ。


「陛下、上等な葡萄酒が手に入りましたので、今宵は飲み明かしましょう」


「そうだな。つまみも用意して置いてくれ」


「はい。お任せください」


 ナディアがしっとりと俺を見つめる。彼女と飲む酒は、最高に美味い。俺の楽しみの一つだ。


「兄上、様々な町や村、ドワーフの国の事も知るエステルの意見は貴重じゃぞ。ワシとはまた違う視点で物事を見ておるからな。しっかり参考にするが良い」


「ああ、そうさせてもらうよ」


 少女姿のフェイトの助言に、俺は頷いた。


「お兄ちゃん、今日もいっぱい遊ぼうね」


 ノーティアスが悪戯っぽく笑う。彼女とフェイトは、俺が一人になった時を狙って瞬間移動してくる。そして時と場所を選ばずにエッチな悪戯をしてくるのだ。全く困ったものである......いや、ホントに。


「あのな、ノーティアス。遊ぶのは別にいいんだが、今後はちゃんと時と場所を選んでくれ。俺にだって羞恥心はあるんだぞ」


「聞こえませーん♡」


 ノーティアスはニヤリと笑って耳を塞ぐ。全く困った悪戯っ子だ。


「やれやれ......さて、じゃあ行こうかエステル」


「うん、行こうダーザイン君」


 俺とエステルは馬車に乗って王都の巡回を始めた。居住区画は紹介だけにとどめ、商業区画をゆっくり重点的に回る。


 すっかり日も暮れた頃、ようやく巡回を終えた。城に帰って会議をしても良いのだが、なんだか邪魔が入りそうな予感がする。


 なので最近出来た喫茶店の前に馬車を止め、そこで話をする事にした。


 コーヒーはこの世界には存在しないようだったが、フェイトの知恵を借りて似たような原料と焙煎方法を考案。コーヒーと紅茶を飲める店としてオープンした。人気は上々である。


 俺とエステルはブレンドコーヒーを注文し、一息つく。店内はエルフ達はもちろん、旅の商人や冒険者で賑わっている。


「どうだ、エステル。このコーヒーってのもなかなか美味いだろう?」


「そうだね。なんだか懐かしいよ」


 コップの中の黒い液体を、微笑みながら見つめるエステル。


「ん? 過去に飲んだ事があるのか? 一応俺が考案したつもりだったんだが......先人がいたんだな」


 俺がそう返すと、エステルはギクリとした顔をする。


「い、いや......! そんな気がしただけ! 勘違いだよ、うん! ごめん、おかしな事言って!」


「そうか? いや、まぁいいんだけどさ」


 なんだか様子がおかしいが、話したくない事もあるだろう。俺は話題を変え、本題に入る事にした。


「ところでエステル。王都ストーリアはどうだった? 現状、何か増やしたい施設や設備はあるか?」


「うーん、そうだね......やっぱ冒険者をやっていた身としては、冒険者ギルドは欲しいかな。冒険者ギルドに併設で酒場も欲しい。エルフは食事に禁欲的なようだけど、人間は食にかなり重きを置いているし、酒は最高の楽しみだと思っている人が多いよ」


「なるほどな......よし、作ってみよう。ギルドの長は君だ、エステル」


「ええーッ! あたし!?」


 素っ頓狂な声をあげるエステル。


「で、でも、ギルドマスターが何やるのかよくわかんないし、あたしなんかが務まるかな......」


 そう言ってうつむくエステル。「黒の主」に操られていた事を気にしているのかも知れない。


「おいおい、いつもの自信はどうしたんだエステル。大丈夫、俺たちには知恵の泉フェイトがついてる。わからない事は彼女に聞けばいい。俺もついついアイツを頼ってしまうんだ。何でも知ってるってのはありがたい事だよな」


 俺は生意気な青髪少女の顔を思い浮かべ、フッと笑った。


「そうだね。フェイトはゲームでもエステルの案内役だった。いてくれて本当に心強いよ」


 !? ゲーム、だって......!


「エステル、ゲームって何の事だ? もしかして......」


 俺の問いかけに、エステルはハッとなる。


「な、ななな、なんでもないの! 夢! 夢の話! 変な夢だよねー、本当に!」


 この慌てよう。これはほとんど間違いないだろう。


「そのゲームの名前、エンシェントソーサリー・クエストじゃないか?」


 俺の言葉に、一瞬時が止まったようだった。エステルは驚愕に大きく開いた目で、俺をジッと見つめる。


「な、何で知ってるの......!?」


 やっぱりそうか。エステルは俺と同じだ。前世の記憶を持つ異世界人。


「俺も知ってるんだよ。そのゲームを、前世にプレイしていた。日本人だった。君と関わりがあったかどうかはわからないが、名前は奥田大吉。死因はよく覚えてないが、若くして死んだようだ」


「奥田......大吉......!」


 俺の前世での名前を告げた途端、エステルは涙をポロポロとこぼした。


「会いたかったよ......! ダイちゃん......!」


 エステルはそのまま顔を手で覆って泣き出してしまった。どうやら俺と関わりのあった人物。しかも俺をその愛称で呼ぶのは、仲の良かった数人だけだ。


 俺の記憶の中で、一人の人物が浮かび上がる。思えば彼女の仕草や話し方、アイツにそっくりじゃないか......!


「お前なのか、ミコト......!」


 川崎美琴。前世での幼馴染。幼稚園からずっと一緒で......ずっと好きだった。友達以上恋人未満。そんな関係が続いていた。いつかプロポーズしようと、そう思っていた。


「そうだよ! あたしだよダイちゃん! ミコトだよ......! あたし達は交通事故で死んだの。クリスマスの夜だった。横断歩道を、手を繋いで渡ってた。そこにトラックが突っ込んできたの。あたしの記憶はそこまでしかないけど......ずっと会いたいと思ってた。でも会えるなんて、思ってなかった......!」


 声を震わせ、大粒の涙を流し続けるミコト。


「俺もお前の事が気がかりだった。だけどきっともう会えないって、諦めていたんだ。だけど良かった......! また会えた! 二度の殺し合いも、避ける事が出来た......!」


 俺とミコトはテーブルを挟んで向かい合っている。お互いに手を伸ばし、握り合う。


「もう、離さないぞミコト。二度とお前を悲しませたりしない。お前の前から、いなくなったりしない」


「うん......! 離さないで......! 一生そばにいて......!」


 俺は立ち上がって、ミコトの隣に座った。そして震える彼女の肩を抱き、そっとキスをした。前世でもしなかった、お互いにとって初めてのキスだった。


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