「本当に、すいませんでした!」
ここはストーリア城内の宴会場。土下座しているのは勇者エステルだ。
エステルが大暴れした後の王都ストーリア。その惨状はフェイトと母さんによって完全に元通りになった。
破壊された建築物や石畳は、フェイトが時を巻き戻して復元。怪我をした者達は母さんが精霊魔術で治癒してくれた。
泣きじゃくるエステルの世話をフェイトへ任せ、城内で休ませていた。その間に宴会の準備をし、メンタルが回復したエステルを招いたという流れだ。
エステルから一言をもらおうと壇上に上がってもらったのだが......彼女はいきなり土下座をしたのだ。真面目な彼女の事だから、充分想定は出来る事だった。
俺と母さん、ナディア、ノーティアス、フェイトも彼女の背後に控えていた。俺は床に頭を擦り付けたままのエステルにそっと歩み寄り、肩に手を置いた。
「エステル。君の気持ちはもう充分みんなに伝わったよ。誰も恨んではいない。悪いのは黒の主なのだから。俺も感情的になって君と戦おうとしたが、今では反省しているよ。さぁ、立ってくれ。みんな、次の言葉を待っているぞ」
エステルは顔をあげて俺を見た。涙でぐしょぐしょだった。鼻水も出ている。
「ほら、これで顔を拭くといい」
俺はハンカチをエステルに差し出す。
「ありがとう、ダーザイン君」
エステルはハンカチを向け取って涙を拭き「チーン」と鼻をかんだ。
「はい、返すよ。あ、ごめん。洗った方がいいよね」
「いや、俺が洗うからいいよ。こう見えて洗濯は得意なんでね。オークの時からせっせと自分で洗ってる」
そう言ってニヤリと笑う。エステルは一瞬目を丸くしたが、すぐにプッと吹き出した。
「想像しちゃったじゃないの! あんたって面白い王様ね!」
エステルに笑顔が戻る。良かった。彼女に暗い顔は似合わない。
「良く言われるよ。さぁ、気を取り直して、みんなが元気になれるような一言、頼むよ」
「うん! 任せて!」
元気を取り戻したエステルが立ち上がる。そして宴会場に集まった国家騎士団員や、国家兵団の隊長達に向かって挨拶する。
「みんな! あたしはもう、メソメソ泣くのはやめた! だってやっちまったもんはしょうがない! フェイトみたいに時間を巻き戻せる訳じゃないしね! ほんとこのロリババァ、ずるいよね!」
エステルが後ろに控えるフェイトを指さす。ドッと巻き起こる笑い。
フェイトは現在、少女の姿。彼女はニヤリと笑って、エステルの憎まれ口に応戦する。
「お主も髪が真っ白じゃぞエステル。ワシがロリババァなら、さしずめお主はゴリババァじゃな」
「ウッホウッホ。おい! 誰がゴリラだ!」
会場中が笑いの渦に包まれる。母さんやナディア、ノーティアスも大笑いだった。もちろん俺も。
「とまぁ、冗談はこのくらいにして。あたしがこのストーリアを襲ったのには訳がある。ヴァンパイア国カミラ・キュラスの国王ノヴァ・タイラー・キュラスに洗脳されてしまったんだ。奴は黒の主。【恐怖】を自在に操る。きっとあたしとダーザイン君を戦わせて、勝った方を自分の仲間にしようと企んでいたんだろうね。だけどその企みは阻止された。勇敢なるこの国の、王と王妃によって!」
エステルは背後に控える俺と母さんを、紹介する様に手で指し示した。
会場が割れんばかりの大歓声。俺と母さんは周囲を見回しながら手を振る。
「ワシの事も忘れるなよエステル。ワシが【解呪の首飾り】をシュタンガインから持ってきたから、お主は正気を取り戻せたのじゃぞ」
フェイトが腕組みをしてふんぞり返る。エステルは振り返ってニコリと笑う。
「わかってるよ。ありがとう、フェイト」
「......ふん。それならば良いのじゃ」
ニヤリと笑うフェイトは満足そうだ。それを見たエステルは会場のエルフ達へと向き直る。
「あたしは白の主。【罪と罰】を操る者。千年ごとに起こる魔術大戦では、人族の中心となるべき者。それなのに、簡単に敵の術中に落ちてしまって面目ない。あたしは仲間を巻き込みたくない一心で、いつも一人で行動していた。一人でも戦えるって言う慢心もあったんだと思う」
そこで一旦エステルは言葉を切り、深呼吸する。
「だけど今回の一件で目が覚めたよ。今後は一人で放浪の旅をするのはやめようと思う。あたしは、ダーザイン君の元で共に戦いたい! みんなと一緒にいたい! 許してくれる? あたしを仲間に迎えてくれる?」
オオーッ! と会場から歓声が上がる。「もちろんだ!」と叫ぶ者もいた。
「ありがとうみんな。本当に嬉しいよ。これから、よろしくお願いします。えっと......あたしからはこんな感じかな。締めはダーザイン君にお願いするよ」
ちょっと涙ぐみながら、エステルは後ろに下がった。入れ替わりで、俺が前に出る。
「みんな! 古代魔術の主を相手に、良く戦ってくれた! 今日はエステルの歓迎会および、君たちの慰労会でもある! 難しい事は抜きだ! 大いに飲んで騒いでくれ! 乾杯!」
「乾杯!」
ワァーッと上がる歓声とグラスをぶつけ合う音。俺達も壇上から降り、エステルを宴会の騒ぎに連れて行く。
「勇者様! あの時は村を救って頂いてありがとうございました!」
フォレス村出身のエルフが、エステルの周りに集まって感謝を告げる。エステルはもう泣かないと言っていたが、即座に号泣。どうやらかなり涙もろいようだ。
「そんなっ、ありがとうだなんてっ、あたしっ、今日、すごく酷いこと、したのにぃっ、ひぐっ、うっ、うああん!」
そんなエステルを抱きしめ、一緒になって号泣するエルフ達。
「勇者様は悪くありません! 私達は知っています! あなた様の勇敢さと優しさを!」
「ひっく、ひっく、ありがとう。ありがとぉぉっ!」
泣いているエステルに麦酒が渡され、彼女はグイッとそれを飲み干す。
「あはっ。泣いたらスッキリ! なんだか楽しくなってきたぁ!」
「その意気です、勇者様!」
エステルの参入で、一気に盛り上がる宴会場。
「良かった。エステル、みんなと打ち解けられたみたいだな」
俺は母さん、ナディア、ノーティアス、フェイトとテーブルを囲んで静かに飲んでいた。
「やはりあの御仁は大したお人だ。立ち直りも早い。初めて会った時から、裏表のない実直な御仁だと思っておりました。あのお人柄であれば、信頼に足りますね。何か重要なポストについて頂いては如何でしょうか」
葡萄酒を飲みながらそう提案したのはナディアだ。
「そうだな。明日エステルと一緒に王都を回ろうと思う。設備や施設の足りない部分を指摘してもらい、その上で何らかのポストに着任してもらうつもりだ」
「なるほど。さすがは陛下、良いお考えです」
うっとりと俺を見つめ、寄り添ってくるナディア。
「ああ、陛下......素敵すぎます。抱いてください」
そう言って顔を近づけてくる。もう少しで唇が重なりそうだ。
「どさくさに紛れて、何やってるのナディア! ダー君は私の旦那様なの!」
そこへ割って入る母さん。このやりとりもなんだか久しぶりだ。
「私も第二王妃ですので、公の場で陛下とキスをする権利はあります」
「ええー!? じゃあ私が先!」
母さんが素早く俺の唇を奪う。
「むっ! ならば私は長く深く!」
母さんから奪うように、ナディアが俺の顔をグイッと自分の方に向け、ブチュッとキスをする。
「フェイト姉、僕たちも混ざる?」
「ふふっ。その必要はあるまい。その気になれば、ワシはいつでも兄上を独占出来る。その時はお主にも分け前をやろう、ノーティアス」
「あはっ。いいねそれ。楽しそう」
フェイトとノーティアスが何かよからぬ相談をしているのが聞こえたが、そっちを気にしている余裕は無さそうだ。
「ところでダー君! 私と夫婦水入らずのデートの約束、どうなったの!? 行くって言ってたよね! エステルとのデートより、私が優先でしょ!」
ほっぺたを「ぷぅっ」と膨らせて、腰に手を当てる母さん。
「うっ! そうだった! ごめんシェファ! 明日二人だけでデートしよう! エステルはその後だ!」
しくじった......! エステルとのドタバタですっかり忘れていた。俺の一番大事な人とのデートの予定。反省しなければ。
「わかったわ。じゃあ明日、楽しみにしてるよダー君♡」
そう言って俺の頬にキスをする母さん。
「待って下さい陛下。私も陛下とデートをしたいです。考えてみれば、私は陛下とデートなどした事がありません。シェファール様の次は、是非私と!」
ナディアが俺の顔を両手で挟み、まっすぐな目で見つめてくる。確かに俺はノーティアスとしかデートをした事がない。ナディアに俺は、一生側にいると約束した。彼女も大事にしなければ。
「わかった。じゃあ明日はシェファ、明後日がナディア。明々後日がエステルだ。これで文句ないな」
「ええ、ないわ」
「ありがとうございます、陛下」
両側の頬を同時にキスされる俺。いやー、ハーレムっていいよね。
フェイトとノーティアスを見ると、何やらニヤけた顔で俺を見ていた。やれやれ、一体何を企んでいるのやら。だが何にせよ、俺にとってはきっと嬉しいハプニングに違いない。
はしゃぎまくるエステルを微笑ましく思いながら、俺は美女達に囲まれて宴を楽しんだのだった。