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第24話 お帰り。

「やめろ! あたしに近寄るな!」


 身を捩らせて、蔦を解こうとするエステル。だが巨大蔦はビクともしない。


「あれほど一人になるなと言っておいたのにのう。やはりワシが同行するべきじゃったろう? なんでも一人で抱え込もうとするな。時には仲間を頼るのじゃ」


 フェイトはそう言いながら、悶えるエステルに首飾りをかけてやる。


「ぐっ......! あああーっ!」


 エステルは弾けるようにのけぞったかと思うと、そのままぐったりと項垂れた。蔦に拘束されているので、倒れはしない。


 少しの沈黙。エステルはゆっくりと顔を上げる。


「ここは......? あたし、一体何をして......」


 エステルはゆっくりと周囲を見回す。倒れていたエルフ達は、既に全員起き上がっていた。きっと母さんが精霊魔術で癒してくれたのだろう。


 ナディアとノーティアスが駆け寄って来る。騎士団は少し離れた場所に待機している。


「陛下! ご無事ですか!」


「ダーザイン様! エステルを捕らえたのですね! 私達の傷は、シェファール様が癒して下さいました!」


 二人は俺のそばに立ち、エステルを注視する。


「ああ、俺は大丈夫だ。俺もシェファに助けられたんだ。エステルは操られていた。そしてシェファは俺を庇って、消滅してしまった」


「なっ......!」


「そんな!」


 二人は絶句する。


「事情は後で説明するが、母さんは無事だ。今、エステルの事はフェイトに任せている」


 俺は二人を諭し、エステルとフェイトに視線を戻す。


「エステル、何があった? ゆっくりで良い。思い出すのじゃ」


「フェイト......あたし......ごめんなさい......! とんでもない事を......!」


 嗚咽を漏らし、泣きじゃくるエステル。


「大丈夫じゃ、もう大丈夫。お主に罪は無い。黒の主に、会ったのじゃろう?」


「うん......! 会った......! フェイトに言われた通り、シュタンガインに向かっている途中の村で。あいつ、あたしに真実を見せるって言って......! 何か魔術を使ったんだ。そしたら意識が飛んで......! ここは何処なのフェイト。沢山のエルフがいるけど、村じゃ無さそうだし......」


「ここはエルフ国ドノナストの王都、ストーリアじゃ。お主が命を助けたオーク、ダーザインがエルフとして覚醒し、王となった国。かつてのエルフ村フォレスだった場所」


 フェイトはそう言って、俺を振り返る。そして俺を手招きした。


 正直、俺の今の心境は複雑だった。母さんを早くこの場に戻して欲しい。その気持ちが強い。だが物事には順番がある。今はエステルに現状を教え、理解させる必要があるのだ。


 俺はエステルに歩み寄り、彼女の体を拘束している巨大蔦を魔術で消し去った。巨大蔦から解放されたエステルは、力なくその場に崩れる。俺は素早く彼女を抱きとめた。


「俺がダーザインだ。あの時は、母さんと俺を見逃してくれてありがとう。お陰でこうやって、多くのエルフをオークから解放する事が出来た。今では立派な王国になったよ。君は突然このストーリアへやって来て暴れ始めたんだ。オークを許さない、そう叫んでいた。君はきっと、悪夢を見ていたんだろう。俺を見逃した事で、俺がエルフ達を皆殺しにしてしまうという悪夢を」


 それを聞いてハッとなるエステル。


「じゃあ、あたし......! あんた達を......!」


「ああ。攻撃してきたんだ。みんな傷ついて倒れた」


「そんな......! ごめんなさい! ごめんなさい......!」


 俺の腕の中で泣き、震えるエステル。幼い少女のように、溢れる涙を指で拭う。


「もう、いいんだ。俺は君を許す事にした。きっと俺の母、シェファールもそれを望んでいる。彼女は傷ついたエルフ達を癒し、俺を庇って消えていった。君の魔術によって」


「魔術で消えたって......もしかして、【消滅(イレイズ)の光線(レイ)】で......!」


「ああ、そうだ。だから出来れば彼女を元に戻して欲しい。この場に返してくれないか。俺の命よりも大事な人なんだ」


「ああ! ごめんなさい! 本当にごめんなさい! 今、戻すわ! ごめんなさい! ごめんなさい......!」


 何度も謝りながら、エステルは剣を取って光を放った。その光は人の姿を形作る。やがてそこに色がつき、母さんの姿を取っていった。あの時のままの体勢。両手を広げたままで、母さんは立っていた。


「生きてダー君! 愛してるわ、ダー君! ......あら?」


 母さんはキョトンとして、キョロキョロと周囲を見回す。母さんはちょうど、俺やエステルに背中を向けた状態。ゆっくりとこちらを振り返る。


「えーっと......これってどういう状況?」


 鼻の頭をポリポリと書きながら、照れたように笑う母さん。


「ふふっ。行ってやれ、兄上。エステルのケアはワシが引き受ける」


 フェイトがそう言って、エステルを抱き寄せた。エステルは成長した姿のフェイトの豊かな胸に、顔をうずめて泣き続けている。


 俺は立ち上がり、母さんに歩み寄る。ナディアとノーティアスは、俺たちの様子を見守っている。


「あれ? 私、カッコよくダー君を守った筈なのに......無事、みたいだね。なんか、恥ずかしいな」


 そう言って笑う母さん。俺は涙が溢れて視界がぼやける。涙を素早く指で拭い、母さんを抱きしめる。


「おかえり......! 母さん......!」


 母さんの顔は見えない。だが、息を飲む音。それから、俺を抱きしめてくれた。暖かい手だった。


「ただいま......! ダー君......!」


 それ以上の言葉はいらなかった。もうこの人を離したくない。そう思った。

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