「やめろ! あたしに近寄るな!」
身を捩らせて、蔦を解こうとするエステル。だが巨大蔦はビクともしない。
「あれほど一人になるなと言っておいたのにのう。やはりワシが同行するべきじゃったろう? なんでも一人で抱え込もうとするな。時には仲間を頼るのじゃ」
フェイトはそう言いながら、悶えるエステルに首飾りをかけてやる。
「ぐっ......! あああーっ!」
エステルは弾けるようにのけぞったかと思うと、そのままぐったりと項垂れた。蔦に拘束されているので、倒れはしない。
少しの沈黙。エステルはゆっくりと顔を上げる。
「ここは......? あたし、一体何をして......」
エステルはゆっくりと周囲を見回す。倒れていたエルフ達は、既に全員起き上がっていた。きっと母さんが精霊魔術で癒してくれたのだろう。
ナディアとノーティアスが駆け寄って来る。騎士団は少し離れた場所に待機している。
「陛下! ご無事ですか!」
「ダーザイン様! エステルを捕らえたのですね! 私達の傷は、シェファール様が癒して下さいました!」
二人は俺のそばに立ち、エステルを注視する。
「ああ、俺は大丈夫だ。俺もシェファに助けられたんだ。エステルは操られていた。そしてシェファは俺を庇って、消滅してしまった」
「なっ......!」
「そんな!」
二人は絶句する。
「事情は後で説明するが、母さんは無事だ。今、エステルの事はフェイトに任せている」
俺は二人を諭し、エステルとフェイトに視線を戻す。
「エステル、何があった? ゆっくりで良い。思い出すのじゃ」
「フェイト......あたし......ごめんなさい......! とんでもない事を......!」
嗚咽を漏らし、泣きじゃくるエステル。
「大丈夫じゃ、もう大丈夫。お主に罪は無い。黒の主に、会ったのじゃろう?」
「うん......! 会った......! フェイトに言われた通り、シュタンガインに向かっている途中の村で。あいつ、あたしに真実を見せるって言って......! 何か魔術を使ったんだ。そしたら意識が飛んで......! ここは何処なのフェイト。沢山のエルフがいるけど、村じゃ無さそうだし......」
「ここはエルフ国ドノナストの王都、ストーリアじゃ。お主が命を助けたオーク、ダーザインがエルフとして覚醒し、王となった国。かつてのエルフ村フォレスだった場所」
フェイトはそう言って、俺を振り返る。そして俺を手招きした。
正直、俺の今の心境は複雑だった。母さんを早くこの場に戻して欲しい。その気持ちが強い。だが物事には順番がある。今はエステルに現状を教え、理解させる必要があるのだ。
俺はエステルに歩み寄り、彼女の体を拘束している巨大蔦を魔術で消し去った。巨大蔦から解放されたエステルは、力なくその場に崩れる。俺は素早く彼女を抱きとめた。
「俺がダーザインだ。あの時は、母さんと俺を見逃してくれてありがとう。お陰でこうやって、多くのエルフをオークから解放する事が出来た。今では立派な王国になったよ。君は突然このストーリアへやって来て暴れ始めたんだ。オークを許さない、そう叫んでいた。君はきっと、悪夢を見ていたんだろう。俺を見逃した事で、俺がエルフ達を皆殺しにしてしまうという悪夢を」
それを聞いてハッとなるエステル。
「じゃあ、あたし......! あんた達を......!」
「ああ。攻撃してきたんだ。みんな傷ついて倒れた」
「そんな......! ごめんなさい! ごめんなさい......!」
俺の腕の中で泣き、震えるエステル。幼い少女のように、溢れる涙を指で拭う。
「もう、いいんだ。俺は君を許す事にした。きっと俺の母、シェファールもそれを望んでいる。彼女は傷ついたエルフ達を癒し、俺を庇って消えていった。君の魔術によって」
「魔術で消えたって......もしかして、【消滅(イレイズ)の光線(レイ)】で......!」
「ああ、そうだ。だから出来れば彼女を元に戻して欲しい。この場に返してくれないか。俺の命よりも大事な人なんだ」
「ああ! ごめんなさい! 本当にごめんなさい! 今、戻すわ! ごめんなさい! ごめんなさい......!」
何度も謝りながら、エステルは剣を取って光を放った。その光は人の姿を形作る。やがてそこに色がつき、母さんの姿を取っていった。あの時のままの体勢。両手を広げたままで、母さんは立っていた。
「生きてダー君! 愛してるわ、ダー君! ......あら?」
母さんはキョトンとして、キョロキョロと周囲を見回す。母さんはちょうど、俺やエステルに背中を向けた状態。ゆっくりとこちらを振り返る。
「えーっと......これってどういう状況?」
鼻の頭をポリポリと書きながら、照れたように笑う母さん。
「ふふっ。行ってやれ、兄上。エステルのケアはワシが引き受ける」
フェイトがそう言って、エステルを抱き寄せた。エステルは成長した姿のフェイトの豊かな胸に、顔をうずめて泣き続けている。
俺は立ち上がり、母さんに歩み寄る。ナディアとノーティアスは、俺たちの様子を見守っている。
「あれ? 私、カッコよくダー君を守った筈なのに......無事、みたいだね。なんか、恥ずかしいな」
そう言って笑う母さん。俺は涙が溢れて視界がぼやける。涙を素早く指で拭い、母さんを抱きしめる。
「おかえり......! 母さん......!」
母さんの顔は見えない。だが、息を飲む音。それから、俺を抱きしめてくれた。暖かい手だった。
「ただいま......! ダー君......!」
それ以上の言葉はいらなかった。もうこの人を離したくない。そう思った。