「フォレス村はここだ! 俺は村も森も、燃やしてなんかいない! フォレス村は王国になった! エルフの王国、ドノナストだ! ここはその王都、ストーリアなんだ!」
俺は必死に叫び、エステルに訴えた。
「うるさい! うるさいうるさいうるさい! あの時助けてやったのは間違いだった! やっぱりあんたなんか、殺しておくべきだった! あのエルフの母親もろとも、殺しておくべきだったんだわ! そうすれば、あんなにエルフが死ぬ事はなかったのよ! 生きたまま焼かれて......! あああああっ!」
頭を抱え、うずくまるエステル。何かおかしい。いや、間違いなく彼女の精神状態は異常だ。話が全く噛み合わない。何か幻のようなものでも見ているのだろうか。
「ダー君、エステルさんは一体なんの事を話しているの? エルフは焼き討ちなんかされていないのに。ガオンハルトは追い払ったし、もちろんダー君はそんな事してない。むしろ助けようと頑張ってくれた」
母さんが心配するような目でエステルを見つめる。
「ああ。その通りだ。だけどエステルは、きっともう一つの可能性......本当は起こる筈だった出来事を見ている。いや、見せられているのかも知れない」
「そんな! 一体誰に?」
「わからない。だが化け物みたいに強い彼女に対して、そんな事が出来るとしたら......俺や彼女と同じく古代魔術の主だろう。フェイトの筈はないから、黒か赤。いずれにしても、彼女の目を覚まさせる必要がある」
だが、どうやって? 俺は素早く思案した。む、そうだ! オーク達の先祖帰りを果たした古代魔術、【魂(アウェイキング)の覚醒(オブ・ザ・ソウル)】ならば可能性はある。一か八かやってみるか。
あの魔術の対象は手で触れている生物。広範囲を対象とする場合は、指定した種族のみが対象となる。
エステルは人間。この場にいる人間はエステルのみ。ならば広範囲で使用し、指定する種族は「人間」で行く!
「シェフア、俺は今からエステルに魔術を施してみる! 元に戻ってくれるかは賭けだけど、やらないよりはマシだ! シェフアはその間、倒れたエルフ達を精霊魔術で治癒してやってくれ! みんな辛うじて生きてるみたいだ!」
「わかったわ! 気をつけてね」
「ああ、シェフアも!」
俺の古代魔術【緑】は生命力や生命そのものを操る魔術。さっき倒れているエルフ達の生命力を魔術で調べてみた。みんな生きてはいる。だが、瀕死。早く傷を治癒させなくては死んでしまう。
「うう......おのれ。オークめ。忌まわしいオーク。邪悪なオーク。滅びるべきだ。殺すべきだ。殺害するべきだ。殺害......! 殺害せよ!」
頭を抱えていたエステルが、何かを振り払うように両手を広げる。そしてカッと目を見開き、俺を真っ直ぐに見つめた。
「オークロード・ダーザイン! 裁きの時は来た! 受けるがいい、神の裁きを! 【裁(ジャッジメント)きの雷光(ライトニング)】!」
エステルは剣を構え、振りかざす。彼女の体が白く光り、雷光が宿る。その瞬間。彼女の両脇、建物の影から飛び出した国家騎士団。エステルに向かい、一斉に襲いかかる。率いているのはナディアとノーティアスだ。
既に馬は降りていた。足音を立てないように潜んでいたのだろう。
「邪魔ッ!」
エステルは俺に向けようとしていた剣を、自分の周囲を斬るようにしてターンする。
すると彼女の体に宿っていた雷光が騎士団を襲う。
「きゃああああっ!」
「うあああああっ!」
バリバリと音を立てながら、騎士団員達の体を電撃が走る。
「オークは殲滅! 虐殺! 皆殺し!」
叫ぶエステル。どうやら彼女の目には、エルフが全員オークに見えているようだ。電撃が終了すると、バタバタと倒れて行く騎士団員。
「なんて事を......!」
俺は思わず声を漏らす。ナディアとノーティアス、そして他の団員達の体から黒煙が立ち上る。肉や髪が焼け焦げる臭(にお)い。早く治癒しなければ間違いなく死ぬ。
「次はあんたよ、ダーザイン! この雷光の威力はね、受けた者の罪深さに比例するの! エルフを虐殺したあんたは間違いなく裁きを受けて死ぬ! 苦しんで苦しんで、犯した罪を後悔しながら死ぬといいわ!」
エステルは俺に剣を向けて、雷光をその身に宿す。
俺は素早く愛馬スラストから飛び降り、彼を逃す。そして母さんの位置を確認。よし、ここからは離れている。
一か八か。やってみるとしよう!
「【魂(アウェイキング)の覚醒(オブ・ザ・ソウル)】!」
俺は右手を前に突き出し、魔術を発動した。体が緑色に輝く。その光は瞬時に大通り全体に広がり、エステルをも包む。
「私は女神に守られている! 半端な魔術など効きはしない!」
エステルに変わった様子はない。やはり俺に敵意を示したままだ。俺の魔術は半端な魔術などではないが、どうやら【魂(アウェイキング)の覚醒(オブ・ザ・ソウル)】では彼女を目覚めさせる事は出来なかったらしい。
「あんたにはもう道は一つしか残されていない。それは罪を悔やみながら死ぬ事よ! 【裁(ジャッジメント)きの雷光(ライトニング)】!」
エステルの持つ剣から、雷光が放たれる。それは真っ直ぐに俺に向かってきた。レベル五千の俺なら避けられないスピードではない。俺は横っ飛びで雷光をかわそうとした。
だが、雷光は俺を追ってきた。まるで意思を持っているかのように。
「ぐッ! がああああああッ!」
雷光が全身を貫く。と共に、自分が犯してきた罪が脳裏に蘇る。それは悪逆非道なオークのダーザインとして、これまでエルフ達に行って来た仕打ち。前世の記憶が蘇る前の俺の悪行。
「グアアアアアアアッ!」
痛みを超える痛み。それは肉体だけではなく、精神をも焼き焦がして行く。やがて俺は死を望むようになっていった。
俺はなんと罪深いのだろう。死にたい......。もう、生きていたくない......。
全てを諦めかけた、その刹那。急に痛みが引いた。
俺の体に、もう電撃は走っていない。最初は死んだのかと思ったが、俺は地面に四つん這いになっていた。雷光の輝きは、俺の突っ伏した正面の地面を照らしている。エステルの放った雷光は、間違いなく俺に向かい続けているのだ。だが何故か、俺の体から痛みは消えている。俺は顔をあげ、正面をみた。
「大丈夫よダー君。お母さんが、守ってあげる」
見えたのは母さんの背中。そこに立っていたのは母さんだった。両手を広げて、ほとばしる雷撃を真っ向から受け止めていた。