フェイトの歓迎会も無事終わり、それから一週間が過ぎた。
フェイトの指導により、石材の加工技術を身につけたエルフ達。一万人弱の働き手の活躍により、王都ストーリアに石畳と外壁が完成した。
そして人間国ルーデウスからやってきた商人サムディと鍛治師タオラン、そして料理人チェス。彼らを迎える事で、ドノナストの経済は回り始めた。
リーファスにドノナストの特産品を売って得たお金と、サムディの口利きでリーファスから借金したお金。それらを王都再建の報酬として、国民達に支払う。
サムディの指導の元、雑貨店や服屋、食料品店、武器屋、料理店がオープン。料理店の指導にはチェスが入りつつ、それぞれの店主の持ち味を生かしたメニューを提示。
武器屋が扱うのは、タオランの指導の元完成されたエルフならではの武器や防具、アクセサリーの数々。母さんから精霊魔術の指導も受け、それぞれに精霊の力が宿っている。これまで使わなかった鉄や鋼を使う事で強度も増し、ドノナストの新たな名産品となる事は間違いない。
また、ルーデウスの魔術ギルドが開発した魔術機構や魔術道具を参考にして、精霊機構や精霊道具も作ってみた。もちろん見ただけで仕組みがわかる訳もないが、そこはフェイトの多彩な知識で助けてもらい、どうにか完成。
精霊魔術はエルフだけに伝わる特別な魔術。それを宿すこれらの道具も、きっと需要が高まるだろう。
ドノナスト国民達は、国の再建によって得た報酬でそれらの店を利用する。これまでは狩りや農業での自給自足の生活だったが、今後は役割分担する事でお互いの仕事をこなしていく。
以前からドノナストに来ていた人間の行商人により、近隣の村や町の冒険者にも噂が広がった。一月も経つ頃には、ドノナスト王都ストーリアは、冒険者で賑わう街となっていた。中にはエルフの美しさに魅了され、永住を望む者も出てきた。
国の財源は国民からの税収だ。もちろん私腹を肥やすつもりはなく、他国との交渉や国の設備を整える為に使っていく。
「このまま定住する者が増えて世帯も増えていく様なら、もう一つ町を作るべきだろうな。国家なのに王都だけ、というのも寂しいし」
ここは執務室。俺と母さんは書類の整理をしつつ、国の今後の方策について話し合っていた。
「確かにそうね。ダー君、私達も頑張って人口を増やさなきゃ」
そう言って微笑む母さん。母親にして俺の妻。他の国の者は異端に思うかも知れないが、俺は母さんと結婚した事を後悔していない。前世の俺はエルフ大好き青年。そして母さんとは当然、親子関係ではない。その記憶がある事が、母さんを異性として意識してしまう原因ではあるが......。
とにかく誰がなんと言おうと、俺は母さんを一人の女性として愛しているのだ。この気持ちは絶対に譲れない。
「そうだねシェフア。今日は久しぶりに夫婦水入らず、二人きりで一緒に過ごそうか」
「えっ、いいの!?」
パァッと顔を輝かせる母さん。可愛すぎる。
「うん。きっとみんなわかってくれるよ」
「やったぁ! それじゃあ早速お出かけしましょう! ランチに美味しいお料理を食べて、買い物をして、それから......!」
はしゃぐ母さんがまるで少女のようで、俺はつい笑ってしまう。
「ちょっとダー君、笑わないでよぉ! 一生懸命、今日のデートプランを考えてるんだから!」
「あははっ、ごめんごめん。シェフアがあんまり可愛いかったから、ついね」
「もー!」
そんなやりとりをしながら、出かける準備。母さんは左手の薬指と中指に嵌めた指輪を時々嬉しそうに見つめる。
一つは俺の国王就任式の日に、結婚指輪として母さんに渡したもの。もう一つは、リーファスに行った際にお土産として買ってきたものだ。
「私、大好きなダー君のお嫁さんになれて、本当に嬉しいよ」
そう言って頬にキスをしてくれる母さん。
「俺も。君を絶対に離さないよ、シェフア」
「ダー君......」
唇が重なり合う。平穏で幸せなひととき。だが、その平穏はドアのノックと共に突然破られる。
「陛下! 大変です! 勇者エステル様が王都ストーリアへご訪問なさいました!」
「なんだって!」
ナディアの声が告げたのは、俺の死亡フラグの主であり、俺と母さんを見逃してくれた命の恩人の名だった。
俺は勢いよく立ち上がると、ドアを開けてナディアの目を見る。彼女の表情は、何故か険しかった。
「今すぐ彼女を王城へ案内してくれ。彼女は恩人。盛大にもてなすぞ」
「陛下、案内するどころでは無いのです! エステル様は突如、我が国の国民達を襲い始めました! 現在国家兵団が取り押さえようとしていますが、全く歯が立ちません! これから、私も含めた国家騎士団で戦いに臨みます!」
「なッ......! 何故そんな事に......!」
「わかりません! ですが事態は一刻の猶予もありません! このままでは、ドノナスト王国は滅びます! 陛下のお力を是非、奮って頂きたいのです!」
エステルが国民を襲っている!? 一体何が起こっているんだ!?
「わかった、すぐ行こう! 場所は何処だ!?」
「西門を入ってすぐの大通りです! 城に向かって来ています!」
「目的は俺か!? だが国民が襲われている以上、ここで待っている訳にも行かないだろうな! 急ごう! シェフアはここで待ってて!」
ついてこようとする母さんを手で制す。
「みんなが戦っているのに、私だけ待っているなんて嫌よ! 止めても無駄だからね、ダー君!」
クッ! 出来れば母さんを戦いに出したくは無いが......! だけど言い出したら絶対に譲らない事も知っている。それにレベル五千の俺とフェイトを除けば、レベル二千の母さんは間違いなく強力な戦力。それでもかくまうとなれば、それは単なる俺のエゴだ。
「わかった! ただ、無理はしないでくれよ!」
「ええ、気をつけるわ!」
「では、参りましょう!」
走り出すナディアに続く、俺と母さん。
「フェイトはどうしてる!?」
「それが、何処にも姿が見えないのです! 事態は把握しているとは思うのですが......!」
マジか......! もしかしてルーデウスに行ったのか? 裁定者の仕事とかで......! いずれにしても今は頼れない!
城の外へ出た。既にノーティアス率いる、総勢五百五名の国家騎士団が出撃の準備を完了させていた。
「出撃!」
ナディアが馬に飛び乗り、号令をかける。一斉に駆け出す騎馬隊達。付近には俺の馬、スラストを連れた世話係もいた。
「シェフア、俺たちも馬で行こう!」
「ええ!」
スラストに乗り込み、母さんを後ろに。魔術で加速し、西門前の大通りに急ぐ。
西門に近づくにつれて聞こえる喧騒。そしてそこで見たのは、信じられないような光景だった。
「エステル!」
俺は勇者の名前を呼んだ。彼女の周囲には、何百、いや、何千という兵士や騎士が倒れていた。俺から彼女までの距離は百メートル程。広い筈の大通りは、倒れたエルフ達がところ狭しとひしめき合っている。民家や商店の窓やドアに、頭から突っ込んでいる者もいる。
エステルは俺に気付き、まっすぐにこちらを見る。その目はどこか虚ろで、黒かった髪の毛は真っ白。彼女は片手で剣をこちらに構えてこう言った。
「邪悪なるオーク共の大将、オークロード・ダーザイン! エルフの敵! 非道にもフォレス村を燃やしたあんたを、あたしは討ち滅ぼしに来た!」