「君は何を知っているんだ、ケイト」
俺はケイトに尋ねた。すると彼は腕組みをする。
「全てを知っておる。ワシは時間と空間を操る【青の主】じゃからのう」
ケイトはパチンと指を鳴らす。すると彼の姿が瞬時に変わった。彼は少年の筈だったのだが、今目の前に立っているのは少女。顔は変わっていないが、元々可愛いらしい顔だったから違和感はない。年齢もそのまま、十二歳くらいの印象だ。口調は完全に老人だが。
茶色かった髪の毛は青く変化し、髪型は長いツインテール。ベルトをいくつも全身に巻きつけたような、中々際どい露出度の服を着ている。そして耳や指、腕や足首など、いたる所にアクセサリーを身につけていた。きっと魔術道具なのだろう。
「それが君の本当の姿か、ケイト。女だったんだな」
「ふっ、そうじゃ。だが男だと言った覚えはないぞ。お主が勝手に勘違いしたのじゃろう。じゃが名前は偽っておった。ワシの名はフェイト。覚えておくが良い」
フェイトはそう言って、肩にかかったツインテールを手で払いのける。
ノーティアスは警戒する様に身構えている。プランダーは鼻の下を伸ばし、フェイトに見惚れていた。
「さっき合格、と言ったな。どう言う意味だ?」
「そのままの意味じゃ。じゃがまぁ真意は読み取れぬか。わかりやすく、順を追って説明してやろう」
フェイトはもう一度指を鳴らす。すると再び姿が変わる。漆黒のスーツに金色の髪、白い肌。
「その姿は......ミナ!」
「ふふっ。驚きましたか? 私は本当は、ヴァンパイアでもなければ、ミナでもありません。フェイトです。ミナという者は現実には存在しない。私の変装なのですよ」
そう言ってミナ......いや、フェイトはもう一度指を鳴らす。すると今度は、少年ケイトの姿になった。
「時間と空間を操作出来るってのは、こういう事でもあるんだ。容姿は簡単に変えられる。自分の肉体の時間を巻き戻したり進めたりでね。あとは服装を変えたり、化粧をしたり髪を染めたりさ。全てが一瞬で出来るんだ」
少年のような姿をした少女が、また指を鳴らす。すると青髪ツインテール少女の姿に変わる。
「ワシがミナの姿でお主に問うた質問。あれは現実に起こりうる事なのじゃ。魔族も人族も、お主が欲しい。お主が魔族に転べば、間違いなく人族は魔族に支配される。逆もまたしかり。よってお主を試した。魔族の誘いに乗るのかどうかをな。じゃがお主は誘いを払い除けた。よって合格、という訳じゃ」
話の筋は見えた。だが納得出来ない事もある。
「あのドラゴンはなんだ? あんたが連れて来たのか?」
「うむ、そうじゃ。ミナとして振る舞った以上、何もせずに消えるのも真実味が無かろう? お主の力量も見たかったしのう」
フェイトは涼しげな顔でそう言った。
「もしかしたら人が死ぬかも知れない事態だったんだぞ! 倉庫街だったから良いものを、もし怪我人や死人が出たらどうするつもりだったんだ!」
俺の心にメラメラと怒りが沸く。語気が荒くなる。
「だからこその倉庫街じゃ。王都民が避難出来るようなタイミングで、捕獲したドラゴンをこの場に連れて来た。実際怪我人は出ておらぬ。問題なかろうが」
あっさりと言い放つフェイト。
「怪我人なら出たぞ! そこにいるプランダーだ! 俺が助けなければ死んでいた! どう弁解するつもりだ!」
俺はフェイトに見惚れて鼻の下を伸ばしているプランダーを指差した。プランダーはビクッとして、ヘコヘコと頭を下げる。
「ドラゴンに向かって行く者など、本当の強者か愚か者だけじゃ。今回は其奴(そやつ)が後者だったというだけの事。ワシに責任はない」
「あんたなぁ!」
俺は頭に血が上っていた。命を軽んじる発言が許せなかったのだ。
「ほう。ワシに攻撃するつもりか? 【青の主】であり、【裁定者】でもあるこのワシに」
「ああ! お尻ぺんぺんする!」
そう言って足を踏み出す。
「ダーザイン様、待ってください! その子に攻撃しちゃダメです!」
「何!?」
ノーティアスの忠告。俺は彼女を振り返る。その瞬間、俺の足元の地面は消失し、地底へと体が落下して行く。
「うぉあああッ! クッ! だが予習済みだ! 成長(グローイング)する蔦(アイヴィー)!」
足元から高速で蔦が伸びてくる。俺はそれに掴まり、地上へと復帰。そして跳躍して、フェイトの頭上へ躍り出る。
「悪い子はお仕置きだ!」
空中からフェイトに飛びかかる。だが次の瞬間、彼女の前に無数の槍が出現した。
「ぬおおッ!?」
俺は両腕と両膝を体の前に出してガードしたが、槍に全身を貫かれた。串刺しだ。いくらレベルが高くても、肉体の強度までは変化しない。
「きゃああっ! ダーザイン様!」
槍に突き刺されたまま、剣山に生けられた花のようになっている俺。フェイトが指を鳴らすと槍は消失し、俺は地面に投げ出された。
「ダーザイン様! 死んじゃ嫌ぁぁぁーっ!」
横たわる俺にしがみつき、泣きじゃくるノーティアス。
「ノーティアス、俺なら平気だ。傷は魔術で治せる。【肉体蘇生(ボディ・リザレクション)】【活力最大活性(フル・バイタライズ)】」
出血した血液も体内に戻り、俺はノーティアスを抱きしめながら立ち上がった。
「あんた、めちゃくちゃだな」
「ふっ。お主に言われとうないわ。お主、裁定者という者をわかっておらぬようじゃな」
「ああ、わからないね!」
俺は吐き捨てるように叫んだ。フェイトはやれやれと首を振る。
「人間ならば誰でも知っているのだがな。まぁ他種族の者は知らぬのも無理はないか」
そう言って溜息をつくフェイト。
「人間には冒険者という職業があってな。モンスターと戦うのを生業(なりわい)としておる。時折奴らは希少な宝やスキルを獲得し、人知を超えた力を発揮する。そこのプランダーとやらも冒険者じゃ。そして冒険者の中には慢心し、悪事を働く者もおるのじゃ」
フェイトはそこで一呼吸置く。冒険者の悪事。過去に何か、恐ろしい出来事があったのかも知れない。
「そうなるとのう。犯罪を取り締まる国家兵の【憲兵団】でも手に負えなくなる。そこで裁定者の出番じゃ。裁定者は人間の法には縛られぬ。やりたい放題じゃ。冒険者共を裁くには、それくらいの権力が必要という訳じゃな。だからこそ、ワシのような崇高な人間が選ばれる、という仕組みじゃ」
フェイトはそう言って、ペッタンコな胸を張る。
「そうか。そう言えばナディアが忠告していたな。裁定者には気を付けろと。そしてノーティアスも言っていた。ケイトには注意しろってな。その通りになった訳だ。やりたい放題するのはいいが、後始末、出来るんだろうな! 倉庫も石畳もめちゃくちゃだぞ!」
俺は周囲の惨状を指し示して、フェイトに怒鳴った。
「ん? なんじゃそんな事を心配しておったのか。さっきも言ったはずじゃぞ。ワシは時間と空間を操作出来るのじゃ、とな」
フェイトが指を鳴らす。すると破壊し尽くされた倉庫街は、すっかり元どおりになった。
「こりゃ......すごい」
「ふああ! 壊れた倉庫や石畳が一瞬で元に!」
「スッゲェ! フェイト様すげぇっす!」
「ふふふ。もっと褒めて良いぞ」
ドヤ顔でのけ反るフェイト。もしかしたら俺より年上なのかも知れないが、見た目は生意気な少女。これは一度、ベッドで色々わからせてあげる必要がありそうだな。
「ふぅ。あんたが凄いのは良くわかったよフェイト。それで? 俺に何をさせたいんだ?」
「ふむ。ワシに敵わぬと理解したか。上には上がいる、というのが分かったじゃろ?」
「ああ、わかったよ」
俺が降参するように両手をあげると、フェイトはニマァッと笑う。まぁ本気で殺りあえばどちらが勝つかはわからないが、一応味方だし協力し合うのが筋ってもんだろう。俺は下手なプライドよりも協調を取る。わからせるのは、ベッドの上だけでいい。
「ふふっ、ならば良いのじゃ。ワシはお主の後見人になってやろうと思う。ルーデウスの国王カシムにも、望むのであれば引き合わせてやるぞ。もちろん、ドワーフ国シュタンガインの国王ルインザッツにもな」
「なッ! それは本当か!?」
「うむ。本当じゃ。お主がワシに従うのならば、な」
フェイトの話が本当ならば、渡に船。両国との同盟を進めやすくなる筈だ。
「ありがたい。では是非そうしてくれ。俺はあんたに従うよ、フェイト」
「ほう、そうか。ではお主は今からワシの......兄上じゃ」
「ああ、わかった。俺はあんたの......何? 俺があんたの兄上?」
「ああ、そうじゃよ兄上!」
フェイトはそう言って、俺の胸に抱きついてきた。
「ああー! 何してるんですかフェイト.......様! ダーザイン様は僕のものなのに!」
フェイトを俺から引き剥がそうとするノーティアス。一応フェイトに敬意を示し、様付けで呼ぶ事にしたらしい。
「勝手に私物化するでない。兄上は妹であるワシのものじゃ。のう? 兄上」
「え? いや、うーん、なんと言って良いのやら。急に妹と言われてもな。あんたとは血が繋がっていない訳だし」
戸惑う俺を、フェイトは熱い視線で見つめる。
「ワシの事は、あんたではなくフェイトと呼んで欲しい。それから......今日は一泊するのじゃろう? 兄妹の絆を、ベッドの上でたっぷりと深めようぞ♡ 血の繋がりよりも体の繋がりが大事じゃ」
「ちょっとちょっと! フェイト様!? 今日は僕とダーザイン様の二人きりのデートなんだよ!? 邪魔しないで!」
「そう堅い事を言うなノーティアス。三人で楽しめば良かろう。それが嫌なら交代制でも良いぞ。夜は長いからのう」
「いやいや、そう言う話じゃないんだけど!」
わーキャー騒ぐ美女と美少女。俺はどっちでもいいけどね......。
「ダーザインさん、羨ましいっす......」
寂しそうに佇むプランダーの声も、二人の声で即座に掻き消されたのであった。