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第17話 魔族の女。

 手紙にはこう書いてあった。


「【エルフ王国ドノナスト】の王、ダーザイン・ファティマ・ドノナスト様。私は【ヴァンパイア国カミラ・キュラス】の国王ノヴァ・タイラー・キュラスの臣下、ミナと申します。実はダーザイン陛下に、折り入ってお願いがございます。どうかドノナストと我が国との、同盟をお考え頂きたいのです。悪いようには致しません。双方の国にとって、多大なメリットがあると信じています。どうかご英断を。店の外でお待ちしています」


 カミラ・キュラスだと......!? ヴァンパイアの国だ! ヴァンパイアは魔族。人族の血を吸って糧としている。彼らにとっては、人間もエルフもドワーフも、単なる餌に過ぎない。


 そんな彼らが、何故エルフと同盟を......!? これは、罠か? さてどうするべきか......。話だけでも聞くか? それとも、この手紙を破り捨てて裏口から脱走するか......。


 いや待て。そもそもこの「ミナ」と言う女性。何故こんなにも俺の事や王国の事を知っているんだ? 俺はフルネームを誰にも名乗っていないし、王国の名前も一部の人間にしか話していない。一体何者だ?


 それに裏口から消えるにしても、もしバレたら王都の人々に危害が加えられる可能性もある。


「どうしたんですか、ダーザイン様。顔が怖いですよ」


 ノーティアスが心配そうに、俺の顔を覗き込む。


「ああ、この手紙を読んで見てくれ。そして率直な意見を聞かせて欲しい」


 俺はノーティアスの勘が、この状況でどう言う判断を下すのか知りたかった。


「そうですね......この方の真意は分かりませんが、会った方が良いと思います。その上で、断るか受け入れるか決めるべきかと。会わずに逃げれば、王都の方々に危害を加えられるかも知れません」


「それは勘か?」


「そうですね。勘もありますし、自分なりの考えでもあります」


「そうか。じゃあ俺と同じ考えだな。ではそうするとしよう。ナンシーさん、お会計をお願いします!」


「はいはーい! 今行くからちょっと待ってね!」


 バタバタとやってきたナンシーにお会計を済ませ、俺とノーティアスは店を出る。店の外は商店街。王都の人々が大勢行き交っている。だがその中で一人、漆黒の闇を纏(まと)った人物がいた。


 黒のジャケットに黒のシャツ。そして黒のタイトスカートと黒のブーツを履いている。


 肌は白く髪は金色。エルフが白に近い金色なのに対し、やや暗い金色だ。間違いなく彼女がミナだろう。ここからは五十メートルくらいの距離に立っている。


 彼女は俺を見つけると薄く微笑み、姿を消した。


「!?」


 俺は一瞬目を疑ったが、確かに消えた。即座に周囲を見回す。だが彼女の姿はやはり見えない。


「誰かお探しですか? 陛下」


 背後から声。俺はゾクリとしたが、それを悟られないように静かに振り返る。


「君を探していたんだよ、ミナ。手紙は読んだ」


 後ろに立っていたのは、やはりミナだった。俺の横に立っていたノーティアスの表情が、警戒の色を濃くする。


「お読み頂きありがとうございます。では、お受け頂けますか?」


 単刀直入な質問だった。


「話しが早いのは嫌いじゃないが、色々と分からない事が多すぎる。もう少し情報が欲しい」


 俺がそう言った直後、「鹿の角亭」から客が出てくる。ミナはそれを見て微笑む。


「ここでは話せませんわ。場所を移動しましょう。このハンカチにお乗り下さい」


 ミナは胸ポケットからハンカチを取り出し、石畳(いしだたみ)の地面に広げた。俺とノーティアスは顔を見合わせたが、頷きあってハンカチにつま先を乗せる。おそらく魔術の類いを行うつもりなのだろう。


「よろしいですか? では」


 ミナが指を鳴らすと景色が変わる。そこは薄暗い部屋の中。蝋燭の仄かな光が周囲を照らしている。さほど広くはない部屋に、ベッドと机がある。窓はカーテンが閉められていた。


「ここなら邪魔は入りません。では詳しくお話し致します」


 ミナは静かに語り始めた。


「この世界を支配する種族は大きく分けて二つ。そう、人族と魔族です。千年に一度、二つの種族には強い【力】が与えられ、大きな戦いが起こります。それは混沌の神ケイオスが暇つぶしに考えた遊びにすぎませんが、我々にとっては大陸の覇権を争う戦いなのです」


「混沌の神ケイオス。確か俺がこの古代魔術【緑】を授かった時に聞いた名だ」


「その通りです。先程話した強い【力】とは古代魔術の事。白、黒、青、赤、緑の五色が存在します。その中でも【白】は人族に。【黒】は魔族に与えられます。しかしそれ以外の三色は、人族と魔族、どちらに振り分けられるか決まっていません。今期の【黒】は我が主、ヴァンパイアの王ノヴァ。白は人間の勇者エステル。赤はオーガの王グランザイム。青は人間の裁定者フェイト。そして最後に緑。これはオーク王バリハロスの息子、王子であるあなただった。つまり今期は魔族に三色が振り分けられ、戦いを有利に進められる筈だった」


 なるほど、話が読めた。


「だが俺は魔族であるオークでは無くなった。人族であるエルフへと変身してしまった。それが問題だって訳だな」


 俺の言葉に、ミナが頷く。


「その通りです。我々としてはあなたを手放したくはないのです、ダーザイン陛下。エルフとはこれまで敵対していましたが、これを機に和平を結びたい。そして同盟国として、共に大陸を治めましょう。如何でしょうか。我が主ノヴァに会って頂けますか?」


「確かに君の話す内容は正しい。そうするのが正解なんだろうな」


 俺の返答に、ミナが微笑む。ノーティアスが、俺の腕をぎゅっと掴む。彼女の表情は不安に満ちていた。きっと嫌な予感を感じているのだろう。


「だが、断る」


「なっ......!」


 おそらく承諾を予想していたであろうミナの眉間に、深い縦皺が刻まれる。


「エルフだけ助かってもダメなんだ。人族全部を守りたい。ドワーフにはまだ会った事がないが、俺は人間も好きなんでね。勇者エステルには命を助けられた恩もある。この王都の人々も、みんないい人ばかりだ。それに......」


 俺はノーティアスを抱き寄せる。


「彼女の不安そうな顔を見ちまったんだ。この娘は勘が鋭いんでね。きっとあんたらが何か企んでるのを見抜いたのさ。だから悪いが、この話には乗れないな」


「ダーザイン様......」


 潤んだ目で俺を見つめるノーティアス。


「不安にさせてごめんなノーティアス。もう、大丈夫だから」


「......はい!」


 目を指でこすり、笑顔を見せる彼女はとてもキュートだった。


「クッ......! 愚かな! 我が誘いを断った事、後悔させてやるわ!」


 ミナは激怒し、恐ろしい形相となって姿を消した。直後、部屋全体が揺れ始める。


「ダーザイン様!」


「大丈夫だ! 俺に掴まれ!」


 まるで落下しているような浮遊感。まさか......!


 俺はノーティアスを抱きしめ、ドアを蹴破った。


「うおおおおおッ! マジかッ!」


 そこは雲の上だった。この部屋だけが隔離され、空中に浮かんでいる。


「きゃあああーっ!」


 ノーティアスの黄色い悲鳴。俺はギャップ満点のこの声が大好きだ。だがいつまでも聞いている訳にはいかない。彼女は危険を感じている。早く安心させてあげなければ。


「ノーティアス、絶対に俺たちは大丈夫だ! 必ず助かる! 俺を信じろ!」


「はい! 信じます!」


「よし、行くぞ! とうっ!」


「きゃあああああーっ!」


 俺は落ちて行く部屋から飛び降りた。さーて、ここからどうするかな!

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