手紙にはこう書いてあった。
「【エルフ王国ドノナスト】の王、ダーザイン・ファティマ・ドノナスト様。私は【ヴァンパイア国カミラ・キュラス】の国王ノヴァ・タイラー・キュラスの臣下、ミナと申します。実はダーザイン陛下に、折り入ってお願いがございます。どうかドノナストと我が国との、同盟をお考え頂きたいのです。悪いようには致しません。双方の国にとって、多大なメリットがあると信じています。どうかご英断を。店の外でお待ちしています」
カミラ・キュラスだと......!? ヴァンパイアの国だ! ヴァンパイアは魔族。人族の血を吸って糧としている。彼らにとっては、人間もエルフもドワーフも、単なる餌に過ぎない。
そんな彼らが、何故エルフと同盟を......!? これは、罠か? さてどうするべきか......。話だけでも聞くか? それとも、この手紙を破り捨てて裏口から脱走するか......。
いや待て。そもそもこの「ミナ」と言う女性。何故こんなにも俺の事や王国の事を知っているんだ? 俺はフルネームを誰にも名乗っていないし、王国の名前も一部の人間にしか話していない。一体何者だ?
それに裏口から消えるにしても、もしバレたら王都の人々に危害が加えられる可能性もある。
「どうしたんですか、ダーザイン様。顔が怖いですよ」
ノーティアスが心配そうに、俺の顔を覗き込む。
「ああ、この手紙を読んで見てくれ。そして率直な意見を聞かせて欲しい」
俺はノーティアスの勘が、この状況でどう言う判断を下すのか知りたかった。
「そうですね......この方の真意は分かりませんが、会った方が良いと思います。その上で、断るか受け入れるか決めるべきかと。会わずに逃げれば、王都の方々に危害を加えられるかも知れません」
「それは勘か?」
「そうですね。勘もありますし、自分なりの考えでもあります」
「そうか。じゃあ俺と同じ考えだな。ではそうするとしよう。ナンシーさん、お会計をお願いします!」
「はいはーい! 今行くからちょっと待ってね!」
バタバタとやってきたナンシーにお会計を済ませ、俺とノーティアスは店を出る。店の外は商店街。王都の人々が大勢行き交っている。だがその中で一人、漆黒の闇を纏(まと)った人物がいた。
黒のジャケットに黒のシャツ。そして黒のタイトスカートと黒のブーツを履いている。
肌は白く髪は金色。エルフが白に近い金色なのに対し、やや暗い金色だ。間違いなく彼女がミナだろう。ここからは五十メートルくらいの距離に立っている。
彼女は俺を見つけると薄く微笑み、姿を消した。
「!?」
俺は一瞬目を疑ったが、確かに消えた。即座に周囲を見回す。だが彼女の姿はやはり見えない。
「誰かお探しですか? 陛下」
背後から声。俺はゾクリとしたが、それを悟られないように静かに振り返る。
「君を探していたんだよ、ミナ。手紙は読んだ」
後ろに立っていたのは、やはりミナだった。俺の横に立っていたノーティアスの表情が、警戒の色を濃くする。
「お読み頂きありがとうございます。では、お受け頂けますか?」
単刀直入な質問だった。
「話しが早いのは嫌いじゃないが、色々と分からない事が多すぎる。もう少し情報が欲しい」
俺がそう言った直後、「鹿の角亭」から客が出てくる。ミナはそれを見て微笑む。
「ここでは話せませんわ。場所を移動しましょう。このハンカチにお乗り下さい」
ミナは胸ポケットからハンカチを取り出し、石畳(いしだたみ)の地面に広げた。俺とノーティアスは顔を見合わせたが、頷きあってハンカチにつま先を乗せる。おそらく魔術の類いを行うつもりなのだろう。
「よろしいですか? では」
ミナが指を鳴らすと景色が変わる。そこは薄暗い部屋の中。蝋燭の仄かな光が周囲を照らしている。さほど広くはない部屋に、ベッドと机がある。窓はカーテンが閉められていた。
「ここなら邪魔は入りません。では詳しくお話し致します」
ミナは静かに語り始めた。
「この世界を支配する種族は大きく分けて二つ。そう、人族と魔族です。千年に一度、二つの種族には強い【力】が与えられ、大きな戦いが起こります。それは混沌の神ケイオスが暇つぶしに考えた遊びにすぎませんが、我々にとっては大陸の覇権を争う戦いなのです」
「混沌の神ケイオス。確か俺がこの古代魔術【緑】を授かった時に聞いた名だ」
「その通りです。先程話した強い【力】とは古代魔術の事。白、黒、青、赤、緑の五色が存在します。その中でも【白】は人族に。【黒】は魔族に与えられます。しかしそれ以外の三色は、人族と魔族、どちらに振り分けられるか決まっていません。今期の【黒】は我が主、ヴァンパイアの王ノヴァ。白は人間の勇者エステル。赤はオーガの王グランザイム。青は人間の裁定者フェイト。そして最後に緑。これはオーク王バリハロスの息子、王子であるあなただった。つまり今期は魔族に三色が振り分けられ、戦いを有利に進められる筈だった」
なるほど、話が読めた。
「だが俺は魔族であるオークでは無くなった。人族であるエルフへと変身してしまった。それが問題だって訳だな」
俺の言葉に、ミナが頷く。
「その通りです。我々としてはあなたを手放したくはないのです、ダーザイン陛下。エルフとはこれまで敵対していましたが、これを機に和平を結びたい。そして同盟国として、共に大陸を治めましょう。如何でしょうか。我が主ノヴァに会って頂けますか?」
「確かに君の話す内容は正しい。そうするのが正解なんだろうな」
俺の返答に、ミナが微笑む。ノーティアスが、俺の腕をぎゅっと掴む。彼女の表情は不安に満ちていた。きっと嫌な予感を感じているのだろう。
「だが、断る」
「なっ......!」
おそらく承諾を予想していたであろうミナの眉間に、深い縦皺が刻まれる。
「エルフだけ助かってもダメなんだ。人族全部を守りたい。ドワーフにはまだ会った事がないが、俺は人間も好きなんでね。勇者エステルには命を助けられた恩もある。この王都の人々も、みんないい人ばかりだ。それに......」
俺はノーティアスを抱き寄せる。
「彼女の不安そうな顔を見ちまったんだ。この娘は勘が鋭いんでね。きっとあんたらが何か企んでるのを見抜いたのさ。だから悪いが、この話には乗れないな」
「ダーザイン様......」
潤んだ目で俺を見つめるノーティアス。
「不安にさせてごめんなノーティアス。もう、大丈夫だから」
「......はい!」
目を指でこすり、笑顔を見せる彼女はとてもキュートだった。
「クッ......! 愚かな! 我が誘いを断った事、後悔させてやるわ!」
ミナは激怒し、恐ろしい形相となって姿を消した。直後、部屋全体が揺れ始める。
「ダーザイン様!」
「大丈夫だ! 俺に掴まれ!」
まるで落下しているような浮遊感。まさか......!
俺はノーティアスを抱きしめ、ドアを蹴破った。
「うおおおおおッ! マジかッ!」
そこは雲の上だった。この部屋だけが隔離され、空中に浮かんでいる。
「きゃあああーっ!」
ノーティアスの黄色い悲鳴。俺はギャップ満点のこの声が大好きだ。だがいつまでも聞いている訳にはいかない。彼女は危険を感じている。早く安心させてあげなければ。
「ノーティアス、絶対に俺たちは大丈夫だ! 必ず助かる! 俺を信じろ!」
「はい! 信じます!」
「よし、行くぞ! とうっ!」
「きゃあああああーっ!」
俺は落ちて行く部屋から飛び降りた。さーて、ここからどうするかな!