「行ってらっしゃいませ、ダーザイン陛下!」
大勢の国民が、俺とノーティアスの出立を見送りに来てくれた。王都ストーリアにはまだ「怪物(モンスター)」避けの外壁も何も作られてはいない為、もう家の間とか道のところにびっしりエルフが詰めかけている。
「見送りありがとう、みんな! 行ってくる!」
俺は馬に跨ったまま、大声で叫んだ。後ろにはノーティアスが乗っている。彼女は俺の腰をしっかりと掴んで密着していた。背中に柔らかいおっぱいの感触が、むにゅむにゅと伝わってくる。思わず伸びそうになる鼻の下。だが俺は必死に真顔を保った。
群衆の中に混じっていた母さんとナディアが、俺達の側まで駆け寄ってくる。
「ダー君! 体には充分気をつけてね。それから、知らない人にはついて行かない事。生水も飲んじゃダメよ。それから......」
「シェファ、俺はもう二十歳だよ。大丈夫だって」
「だって......心配なんだもの。やっぱりお母さんも行くわ!」
涙目になって馬に乗り込もうとする母さん。
「本当に大丈夫だから。俺がいない間、ドノナストを頼むよ。ちゃんとお土産は買ってくるからさ」
「ううー。わかったわよう......」
不満そうではあるが、母さんはようやく納得してくれた。
「陛下、ルーデウスの王都リーファスには、【裁定者】と呼ばれる強力な魔術師がいるそうです。彼は能力の高い者を観察し、犯罪を犯す危険がないか常に見張っているとの事。陛下が犯罪など犯すわけは有りませんが、人間のルールは私達エルフには分かりません。ふとした事が、犯罪とみなされる可能性もあります。くれぐれも、お気をつけて」
ナディアがそう言って、馬上にいる俺の手にキスをする。
「ああ、わかった。気をつけるよ。忠告ありがとう、ナディア」
「ああー! ナディアずるい! 私も!」
母さんも俺の手を取りキスをした。
「お二人とも、もうよろしいですか?」
後ろに乗っているノーティアスが、やんわりとした口調で二人を急かす。
「ええ、もう大丈夫よ。二人とも、気をつけてね」
「ああ。伝えるべき事は伝えた。旅の無事を祈っているぞ」
母さんとナディアはそう言って、微笑みながら俺とノーティアスに手を振った。
「さぁ、では参りましょうダーザイン様。僕と二人っきりのデートに」
「ああ、行こう」
俺は馬の腹を蹴り、みんなに手を振りながら王都ストーリアを後にした。そして一路北西を目指す。
人間の国についての情報源は、時々エルフの村を訪れていた行商人だ。彼はフォレス村がドノナスト王国に発展した今でも訪れていた。
エルフの作る木製の弓矢や防具、工芸品、麻や動物の皮で作られた衣服、そして蜂蜜。そう言ったものが人間の間では高く取り引きされるらしく、物々交換をして行くのだ。
行商人がこちらに差し出すのは首飾りや指輪等、アクセサリーの形をした「魔術道具」。そしてゼンマイ動力等の機械と魔術が組み込まれた「魔術機構」が主な品。これらは魔術のような不思議な効果を生み出し、日常生活の役に立つ。
例えば時間を示す時計も、この世界では魔術機構。常に正確な時間を、ほぼ永久に示してくれる。
それらの道具を手に入れた事で、エルフの文化レベルもかなり向上している。だが、今の所時計はまだ手に入れていない。今日は是非ともゲットしたいところだ。
「人間国ルーデウスの王都リーファスまでは、馬で一か月程かかるそうですね。となると、僕とのデートも一日ではなく一か月以上はかかる計算です。途中の村や町で、いっぱいイチャイチャしましょうね」
ノーティアスが嬉しそうに言う。
「ふふっ。そうはならないと言っただろ? まぁ、王都には何日か滞在するかも知れないけどな。それじゃあ、そろそろ加速するぞ。しっかり掴まっててくれ」
「はぁい♡」
ノーティアスが俺の腰にギュギュッとしがみつく。くあ、おっぱいの感触ヤバイ......! いかんいかん、集中しなくては。俺は前傾姿勢になり、愛馬スラストの首に手を触れる。スラストは、元々フォレス村で飼われていた馬。俺との相性は抜群で、ナディアから譲ってもらったのだ。
「さて、それじゃあ頼むぞスラスト。【活力最大活性(フル・バイタライズ)】!【強靭(ストロング)な肉体(ボディ)】!」
俺の右手が緑に光り、スラストの体に古代魔術の力が注ぎ込まれる。彼は力強くいななき、一気に加速した。
「おおッ! 想像以上のスピード!」
「きゃああああぁーっ!」
周囲の景色があっという間に流れていく。これなら数時間もすればリーファスに到着するだろう。
それにしても......ボーイッシュなノーティアスの悲鳴、女の子らしくて普段とのギャップがすごい。
そう、なんというか......めちゃくちゃ可愛い!
キャーキャー言うノーティアスの悲鳴は到着まで続いた。時計がないので正確な時間はわからないが、おそらく体感で三時間程だ。
「着いたぞ、ノーティアス」
「ふああ! これが王都リーファス......!」
目をキラキラさせるノーティアス。俺も感動していた。高い外壁の向こう、遥か遠くにに見える巨大な王城。ちらほら見える、時計台や塔、教会。ぶっちゃけ町の中はほとんど見えないが、壁の高さだけでもかなり壮観だった。
出入り口はアーチ状になっていて、門の前には左右三名ずつ、合わせて六名の兵士が番をしている。
大陸の北側に位置する王都リーファスは、東西と南、全部で三箇所に入り口がある。ここは南側の入り口だ。
俺は馬をゆっくりと進め、門の前に到着。馬上から番兵に挨拶をする。
「初めまして。私は南東にあるエルフの村【フォレス】よりやって来た者です。名前はダーザインといいます。この者はノーティアス。私の従者です。この度フォレスは国となり、ドノナスト王国を名乗る事となりました。以後、お見知り置きを」
すると、おそらく番兵をまとめているらしき初老の男性が、俺達のそばに近寄って来る。
「エルフですか......! やはり、噂に違わず美しいお姿。フォレス村が、今後はドノナスト王国となるのですね。かしこまりました。陛下にはお伝えしておきます。ところで今日は一体どのような御用件ですか?」
いかめしい外見に似合わず、丁寧な物腰。素晴らしい対応だ。兵士に対する教育の、質の高さがうかがえる。国王の人柄も、きっと良いのだろう。
「今日は買い物と観光です。もしかすれば、技術者に声をかけて、我が国との交渉を行うかも知れません」
そう伝えると、初老の番兵は微笑む。
「なるほど、了承致しました。では馬を降り、こちらの石板に手を置いて下さい。そちらの女性もお願い致します」
言われた通りに手を置く。続けてノーティアスもそれにならう。
「この石版には魔術が込められていて、邪(よこしま)な考えを持つ者を我々に知らせます。はい、もう結構ですよ。お二人とも問題ありません。どうぞ、お通り下さい。ただし、王都内では騎乗せずに徒歩で移動をお願い致します。馬を預ける場所もいくつかございますので、詳しくは案内人にお尋ね下さい。門をくぐってすぐの場所に、案内所がございます」
彼はニコリと笑い、手を門の向こうへと差し伸べた。俺とノーティアスは会釈をし、馬を引く。
「では、どうぞごゆっくりと観光をお楽しみ下さい。私の名前は、クルーゲンです。身元の証明を尋ねられたら、その名を出すと良いでしょう」
「ありがとうございます。クルーゲンさん」
俺は番兵のクルーゲン氏と握手を交わし、他の番兵にも挨拶をして門をくぐる。ノーティアスも同じようにし、俺の腕にしがみついて来た。
少し歩くと、クルーゲン氏が言っていた案内所があった。小さな木造の小屋で、上に「案内所」と看板が出ている。入り口はドアが一つ。その前に二、三人が順番待ちをしている。周囲の視線を感じながら、俺達もそこへ並ぶ。
「まずは馬を預けよう。それから宿を決めて、色々な店を回ろうと思う」
「宿を取るんですか!? じゃあ、一泊出来ますね!」
ウキウキするノーティアス。
「いや、念の為さ。泊まらないかも知れない」
「ええー。せっかく二人だけでイチャイチャ出来ると思ったのにぃ」
赤裸々なノーティアスの発言に、俺はドキリとする。周りの人間達が、ヒソヒソと話し合っているのが聞こえる。俺は覚醒してからと言うもの、あらゆる感覚が鋭い。それは聴覚もだ。少し耳を澄ましてみる。
「おい、見ろよあの耳! きっとエルフだ。なんて美しいんだろう」
「そうね。素敵な男性だわ。あの女の子が羨ましい」
「いやいや、羨ましいのは男の方だろう? あのエルフの女の子、可愛いくておっぱいも超デカい。最高じゃないか。それに今、イチャイチャって......きっと今日エッチな事をするんだぜ。羨ましいなぁ」
「あなたって最低ね。さようなら」
「おい、ちょっと待てよ!」
なんて事だ。罪のないカップルを破滅に追いやってしまったようだ。
「ノーティアス、そう言う話はこっそりするものだぞ」
「あはっ。ごめんなさい」
自分の頭をコツンとし、ウインクしながら舌をぺろりと出すノーティアス。クッ......! なんて可愛さなんだ! やっぱり一泊するか......!
なんてやりとりをしていると、俺達の順番が回ってきた。俺は案内所のドアをノックする。すると中から、可愛らしい少年が顔をのぞかせた。歳の頃は十二歳くらいだろうか。
「はぁい、お客さんですね。僕は案内人のケイト! 若くても経験は豊富ですよ。よろしくね! 案内料は一時間で二千レンです。精算は案内終了後に経過時間で計算します。よろしいですか?」
「ああ、構わないよ。俺はダーザイン。こっちはノーティアスだ。よろしく頼む。ただ、今は現金がないんだ。途中で品物を売ってお金を作るよ。それでいいかい?」
「ええ、いいですよ! まずはどこから行きますか?」
「まずは馬を預けたい。その次は宿だ」
俺の要望を伝えると、ケイトは人差し指をピンと立てる。
「それなら、馬を預かってくれるうってつけの宿があります。そこへ参りましょう」
「そうなのか! 助かるよ。それじゃあ頼む」
「お任せ下さい! では、出発!」
ケイトは半ズボンに革靴、そして半袖のワイシャツにサスペンダーと言う、いかにも少年らしい服装で、意気揚々と前を歩いて行く。
俺とノーティアスもその後へ続く。少し歩いた所で、ノーティアスが俺の袖をクイッと引っ張り、耳打ちして来た。
「ダーザイン様、あの子、気を付けた方がいいです」
あの子とは、ケイトの事だろう。
「何故だ? 根拠はあるのか?」
するとノーティアスは首を振る。
「いえ、単なる勘です。ですが、僕の勘は当たるんです」
確かに、オークを殺さなかったノーティアスの判断は結果として正しかった。
「わかった。じゃあ気をつけるよ」
「はい!」
ノーティアスはニコッと微笑み、おっぱいを腕にむにゅむにゅと押し付けて来た。
うーん、やっぱり一泊しようかな......。