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第13話 やって来たガオンハルト。【ざまぁ回】

「よぉ、久しぶりだなダーザイン。なんかすっかり様変わりしちまったな。まるでエルフみてぇだ」


 俺の兄であるガオンハルトが、悪びれる事もなく俺の前に立って挨拶した。


 ここは謁見室。二つある玉座には俺と母さんが座り、ガオンハルトと対峙している。


「おい、陛下の御前だぞ。ひざまずけ!」


 国家騎士団の一番隊隊長であるイシュタルが、ガオンハルトに怒鳴る。奴の周囲は、イシュタルを含む一番隊の精鋭が四人で取り囲んでいる。


 普通の来客なら彼女達もこんな態度は取らない。だが奴は一度フォレス村を襲撃したオークの大将。強い態度を取るのもやむを得ないだろう。


「おいおい、俺はその国王陛下様の兄貴だぜ。長男だ。ちったぁ敬えや」


 だがガオンハルトは不遜な態度を取り続ける。


「貴様ぁ!」


 イシュタルが剣を抜く。母さんがハッとなる。俺は立ち上がり、右手でイシュタルを制した。


「いいんだ、イシュタル。ガオンハルト、そのままでいいからとっとと用件を言え」


 俺の制止に渋々剣を鞘に収めるイシュタル。母さんもほっと胸を撫で下ろしている。


「ほう。この俺に指図するとは随分と偉くなったもんだなダーザイン。まぁ国王って事らしいが......こんな小国、ヴァンパイアの王国【カミラ・キュラス】が攻めて来たら一瞬で地図から消えるぜ。そこでだ。俺に一つ提案がある」


 また剣を抜こうとするイシュタルを手で制し、俺はガオンハルトを促す。


「なんだ。言ってみろ」


「フッ。簡単な事だぜ。この国をオークの支配下に置け。雌エルフ共がオークの兵士を全員連れてってくれたもんでよ、今ヴィーハイゼンは【もぬけの殻】だ。残っているのは王族である俺と父上のみ。ぶっちゃけ滅亡寸前って訳よ。オークが滅びるのはお前も嫌だろう? だが喜べ。寛大な父上はお前を許してくださるそうだ。お前に戻ってこいとおっしゃっている」


 自信満々に言い放つガオンハルト。コイツも父上も、自分達の立場を分かっているのだろうか。


 俺はおもわず言葉を失い、母さんと顔を見合わせた。母さんもキョトンとした顔をしている。可愛い。


「フッ。嬉しすぎて声もでねぇか? だがな、お前が戻ってくるには条件がある。それがさっき言った、オーク国【ヴィーハイゼン】の支配下に入れって事だ。もちろんお前はそれなりに優遇するぜ。オークロードに復帰させてやるよ。お前が戻ってくりゃ、この国にいるオーク共は力を取り戻す。そしたらまたエルフ共を奴隷にするんだ。そしてここを拠点に、今度は人間国【ルーデウス】やドワーフ国【シュタンガイン】を攻めるって訳だ。どうだ、いい話だろ?」


 ドヤ顔で腕を組むガオンハルト。周囲に立つ騎士団員達は呆れ顔で、イシュタルは鼻で笑っている。


 母さんもクスッと笑った。可愛い。


「確かに、俺は誰かが滅びるのはあまり嬉しくはない。だがなガオンハルト。オークは【悪】の種族。それが闇の女神テネブラエ様のご意向だとしても、少々やり過ぎた。殺し過ぎたんだよ、エルフを。オークやヴァンパイアのような魔族と、人間、エルフ、ドワーフのような人族は争う運命だ。だがそれでもバランスが保たれていた筈だ、これまでは。これ以上の殺戮や略奪を望むのであれば、俺はお前たちを仲間とは認められない」


 俺はオークの支配下に入る事を拒んだ。だがガオンハルトは眉間に皺を寄せ、頭を掻く。どうやら難しく言い過ぎたらしい。


「つまりどう言うこったよ」


「要するに、エルフ国【ドノナスト】はオーク国【ヴィーハイゼン】の支配下には入らない。そして俺も、今更戻る気はない! 俺の言い分を聞かずに追放したのは父上だ! もう遅いんだよ、何もかもな!」


「なっ......!」


 緑色の顔を赤ピーマンみたいに真っ赤に染め、ガオンハルトはワナワナと震え出した。怒り心頭なのだろう。


「テメェ! こっちが下手に出てりゃいい気になりやがって!」


 叫ぶガオンハルト。ぶっちゃけ、それはこちらのセリフである。


「陛下! やはりこの男、無礼の極み! 斬り捨て......もとい、つまみ出しますか!?」


 イシュタルが剣を抜き放ち、ガオンハルトに向かって構える。


「イシュタル、いいんだ。この男では傷一つつけられないさ。この場にいる誰にもな。格(レベル)が違いすぎる」


「......確かに。失礼致しました」


 イシュタルは再び剣を収め、目を閉じる。自分を落ち着かせているのだろう。そしてこのやり取りが、ガオンハルトをさらに苛立たせる。


「いい度胸だぜ。この俺様をここまでコケにするとはなぁ......前にも言ったが、レベルなんぞ圧倒的なパワーの前には役に立たねぇ。糞喰らえだ。俺にはそれが出来る。レベルを度外視した怨念の産物を生み出せる。前回は壊されちまったが、スカルジャイアントの強さにはまだ上があるんだ。もっともっと死者の骸と魂を依代にして、最強のスカルジャイアントを顕現させてやるぜ」


 狂気に染まるガオンハルトの表情。目を見開き、歯を食いしばりながら笑っている。


「それがお前のセールポイント......と言うわけか? 良いだろう。ではこうしよう。俺はエルフをお前の下に戻す気はさらさら無い。だが、オーク達は元々お前の配下でもある。俺かお前か。どちらに付くか、オーク達自身に選んでもらおう。自らの命を犠牲にしてまで、お前のヴィーハイゼン再建に力を貸したがる者がいるならば止めはしない」


「ほう! おもしれぇ! いいぜ乗ったぜその話! オークさえ取り返せれば、エルフなんぞカス! 全員ぶっ殺してやる!」


 目を血走らせ、俺を指さすガオンハルト。俺はイシュタルに声をかけ、オークのみで構成される国家兵団の団長を呼んでもらう。国家兵団は騎士団の後で出来た新しい軍だ。しばらくして、彼はやってきた。


「お呼びでしょうか、ダーザイン陛下」


 うやうやしく膝をつき、頭を下げるオークの青年。名前はギルデロイ。彼は七千のオーク達をまとめ上げる優秀な男。ヴィーハイゼンにいた頃から能力は高かったが、ご多分に漏れず残忍な性格だった。


 だが、今の彼は違う。覚醒した俺の配下となってからは、その目に優しさをたたえるようになった。その為部下のオーク達のみならず、エルフ達にも慕われている。間違いなく、【エルブン・オーク】の影響を受けている。エルフでは無いからレベルが十倍にはならないが、それでもその精神は崇高。俺の魂を引き継いでいる。


「よく来てくれたな、ギルデロイ。そこにいるガオンハルトがな、お前達に戻って来て欲しいそうだ。どうする? 全員の処遇を、君の判断に委ねるよ」


「クククッ! 当然戻って来るよな、ギルデロイ! お前等の力が、俺様には必要だ! こんなエルフ共の下にいては息が詰まるだろ!? もう一度暴れようぜ! そしてこんな国、ぶっ潰すんだ! 皆殺しだ! ヴィーハイゼンを最強の王国に、のし上がらせるぞ!」


 唾を飛ばして力説するガオンハルト。だがギルデロイは冷めた目で奴を見つめる。


「馴れ馴れしく俺の名を呼ぶな。こっちは貴様など必要としていない。俺たちはバリハロスに捨てられたんだ。『兵士共は好きにして構わん』と奴はノーティアスに言った。そして一人で逃げた。エルフの反乱を報告に行った俺の目の前でな。あの時は絶望したよ。死を覚悟した。だがノーティアスは俺たちを殺さなかった。そしてダーザイン陛下に判断を委ねたんだ。陛下は寛大にも......俺たちを受け入れてくれた。命を救い、仲間として認めてくれたんだ。エルフ達もみんな! 俺たちを受け入れてくれた! そんな陛下や彼女達を裏切ると思うか!? 貴様のようなクズと一緒にするな! 失せろ! 二度とこの国に来るな!」


 ギルデロイは涙を流し、叫んだ。その迫力に、その場にいた誰もが息をのんだ。ガオンハルトも愕然としている。


「聞いたか兄上。これがオーク達の率直な意見だ。たった二人で国家を名乗るような戯言は、今後はおやめいただこうか。イシュタル、お客様がお帰りだ」


 呆気に取られるガオンハルトを、イシュタル達四人の騎士が連行していく。奴はもう、一言も喋らなかった。ギルデロイの反発を全く予想していなかったのだろう。完全に心を折られた筈だ。


 奴が謁見室から追放された後、俺は膝をついたまま号泣しているギルデロイの肩に手を置いた。そして正面から彼を見つめる。


「良く言ってくれたな。ありがとう」


「......陛下! 私は......! 感謝しています。あなたに。そしてドノナスト国民の皆様に。この命、必ずや王国のお役に立たせて見せます。皆様を守る為に、使わせていただきます......!」


 そう言って嗚咽を漏らすギルデロイ。彼の心に、もう邪悪さはカケラも残ってはいない。俺と同じく、心から善の為に動こうとしている。


「立派になったわね、ギルデロイ。ヴィーハイゼンにいた頃のあなたとは大違いだわ。とても輝いている。私はあなたを、誇りに思います」


 母さんも俺と同じように、ギルデロイの肩に手を置いて彼を見つめた。


「王妃様......!」


 泣きじゃくるギルデロイ。俺は確信した。もうオーク達は、以前のオークではない。ならば彼ら自身も覚醒させるべきだ。俺の古代魔術【緑】によって、その生命の質を変化させる。その時彼らは、真に俺たちの仲間となるのだ。




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