「よぉー! テメー何やってんだダーザイン! まさか俺らの家畜兼孕み袋、雌エルフ共の肩を持つってんじゃねーだろうな!」
オーク軍が壁のように立ち並ぶ平原で、俺は中心に立つ兄、オークロード・ガオンハルトと対峙した。奴は驚くべき事に、巨大なスカルジャイアントの心臓部分にいた。そこには大きな水晶球のようなものがあり、ガオンハルトはその内部にいる。
ガオンハルトの声は、スカルジャイアントの口から響いて来る。前世のアニメで見たロボットや巨人のように、あのスカルジャイアントはガオンハルトが操作しているのかも知れない。
畏怖するナディアや側近達。俺は彼女達を鼓舞するように、ガオンハルトに大声で返答する。
「そのまさかだ! 俺はエルフを守る! 命懸けで守ってみせる! オークは他者を蹴落とし、利用し、食い物にする事をいとわない! 死んだ者を弔わず、食べ物への感謝もない! だがエルフは違う! 互いを支え、助け合い、仲間は全て家族! 信頼の元で協調が成り立っている! 狩りを行った際も、獲物へ感謝を捧げてから食す! 俺はそんなエルフを愛すると誓った! 俺の魂は、今エルフと共にある!」
そう言って剣を掲げる。ナディア達も、そこに剣を合わせてくれた。俺たちの想いは一つだ。
「はっ! 笑わせてくれるぜ! 愛だの感謝だの協調だの、そんなもんは吐き出されたゲロよりも価値のねぇものだ! だが、たった七人でヴォルフに騎乗した千人のオーク軍と、このスカルジャイアントと戦えるってんなら見せてもらおうじゃねーか! おら、踏み荒らせ兵士共! そして森を焼き尽くせ!」
オオオーッと雄叫びをあげ、こちらへ突進してくるオーク達。ガオンハルトは動かない。様子を見るつもりだろう。
「みんな散れ! 一人最低でも百五十人は倒せよ!」
「任せろ!」
「はい!」
俺たちが散開して敵を迎え撃つと同時に、後方のオーク達が火矢を放った。それは赤く輝きながら上空を飛び、弧を描くように森に到達する。
「ははは! 燃えろ燃えろ!」
ガオンハルトはスカルジャイアントに拍手をさせる。だが、火矢は森を燃やす事なく、透明な水の壁によって弾かれた。グッジョブ母さん。
「なんだと!?」
唖然とするガオンハルト。俺は「ざまぁ」と呟きながら、次々と襲いかかって来るオークとヴォルフを蹴散らしていく。
レベル百の俺にとって、レベル二十のオーク兵士など正直ザコに過ぎない。後は体力と集中力の勝負だ。いくらザコ相手でも、油断すればやられる。神経を研ぎ澄ませ、全方向の敵に注意を払う。
レベル六十のナディアやレベル四十の側近達も、集中して戦えばギリギリ行けると思う。だが彼女達は女性であり、オークもヴォルフも見境なく雌を襲うケダモノ。その点は少し心配ではあった。
だがイケる! 俺たちは次々と敵を蹴散らしていった。さらには森の樹上からエルフ達の援護射撃。約五百人の一斉射撃は、確実にヴォルフとオーク達を仕留めていく。
「おいおいおいおい! なんなんだよコリャ! 楽勝でぶちのめせる相手だろうが! 無敵のオークが千人も揃っておいて、なんだよこのザマは!」
怒り狂うガオンハルト。悔しそうにスカルジャイアントの拳を震わせる。
「だから言っただろうガオンハルト! 俺の能力【エルブン・オーク】は仲間のレベルを二倍にすると! 貴様らはもう俺の仲間じゃない! 元のレベルに戻って弱っちくなったんだよ! それに引き換え俺の仲間であるエルフ達は、全員レベル二倍! 俺たちの【協調】による連携攻撃の前では、お前らなんか敵じゃないんだ!」
敵兵を斬り捨てながら、俺は叫ぶ。すると突然、ガオンハルトはスカルジャイアントの両膝を地面に付けて四つん這いの体制を取らせる。そして両手で、思いっきり地面を叩いた。
「ぎゃああーっ!」
「ギャウウウーンッ!」
巻き込まれるオーク兵とヴォルフ達。ガオンハルトは味方が死ぬのもお構いなしに、俺たちを狙ってどんどん周囲の地面を叩いていく。
「うーははは! 死ね死ね死ね死ね! お前らみんな叩き潰してやる! 長男を舐めるんじゃねぇぇ! レベルがなんだ! この圧倒的なパワーを前に成すすべもねぇだろが! 力こそパワーだ! ぎゃーはっはっ!」
クソッ、なんて事しやがる! 俺は咄嗟に馬を捨て、横っ飛びを駆使して巨大な平手をかわし続ける。だが中々反撃の隙がない。
ナディア達は大丈夫だろうか。良かった、まだ無事だ。俺の乗っていた馬も無事なようで、どうにか森の方へと走り去って行く。
「ナディア! ここは俺に任せて、側近達と森に避難しろ! 奴は必ず仕留めて見せる!」
「分かった!」
「わかりました!」
馬を駆り、走り去るナディア達。
「ほらこっちだガオンハルト! 俺を叩き潰してみろ!」
俺はナディア達を逃す間の囮になる為、ガオンハルトを挑発した。スカルジャイアントの暗い眼窩にギョロリと覗く目玉は、チラリとこちらを見た。だが、俺を狙わずにまっすぐナディア達へと手を伸ばす。
「うわぁぁ!」
「きゃああーっ!」
側近達は逃げおおせたが、ナディアが捕まってしまった! 左手で彼女を持ち上げ、高く掲げている。馬はうまく逃げたようだが、このままだとナディアが危ない!
「おいガオンハルト! その娘を離せ!」
俺は叫びながらスカルジャイアントの足に切りつけた。だが白骨の足は鋼のように硬く、全く歯が立たない。
「誰が離すかバーカ! こいつ、お前の雌だろ。目の前で頭からボリボリ食ってやるよ! さぁ、あともう一匹! みーつけた!」
スカルジャイアントは四つん這いのまま走り出す。そして森の前まで到達すると、右手を森の中に突っ込んだ。
まさか、母さんを狙っているのか!? だが、大丈夫な筈だ! 森の周囲には水の障壁が......!
「きゃあああーっ!」
だが俺の希望は打ち破られた。スカルジャイアントの右手は水の障壁を易々と突き抜け、母さんを掴みあげた。
「シェファ!」
「ダー君! 助けて!」
母さんの声は震えている。怯えているんだ。この圧倒的で禍々しい怨念の塊に。俺は全力で走った。このままでは母さんもナディアも食われてしまう!
「ぐーははははっ! いいぜいいぜ、その悲鳴! もっとギリギリまで鳴いて、俺を喜ばせてくれよぉー! いっただきまぁーす!」
「うわぁー!」
「きゃあーっ! ダー君! ダー君!」
「やめろガオンハルト! やめろぉぉーっ!」
スカルジャイアントは左手にナディア、右手に母さんを掴み、その両手を口元に持っていく。そしてアーンと大口を開けた。
「やめてくれぇーっ!」
俺は血を吐く程絶叫した。母さんの笑顔が脳裏に浮かぶ。そしてナディアや側近達、集会でのエルフ達の喜びの涙。歓喜の声。
全てが愛おしい。失いたくない。
(力が欲しい! もっと、もっと強い力......! エルフ達を守る力が欲しい......!)
そう強く願った。その時、奇跡は起こった。時が止まったように感じ、その直後、頭の中に響く声。
(エルフ族への強い愛により、レアスキル【エルブン・オーク】が覚醒しました。今後は全ての【仲間】のレベルを十倍にします)
じゅ、十倍!?
(また、それに伴い使用者のレベルが向上。基礎レベルが五百となり、能力でレベル十倍の五千になります)
ええ!? 俺のレベル、五千!?
(レベルが五千を超えた事で、混沌の神ケイオスの加護を授かりました。古代魔術(エンシェントソーサリー)【緑】を会得)
古代魔術(エンシェントソーサリー)!? それって勇者エステルが探し求めてる魔術......前世でプレイしてたゲーム、エンシェントソーサリー・クエストの鍵となる魔術だ。それを俺が会得したってのか!?
(【エルブン・オーク】の加護がエルフへ固定化されます。使用者の姿も、オーク・ハイブリッドエルフへ進化。膨大な魔力を生み出す事が可能となりました)
おおお! 俺の姿が変わっていく......! 鏡を見ている訳でもないのに、どんな姿になっているのかわかる。
肌の色は、エルフのような白でもなく、ダークエルフのような褐色でもない。日本人のような肌色だ。耳は長く、緑色の長髪も生えた。犬歯が鋭くほとんど牙で、体は筋肉質。長身で骨格もしっかりしている。
基本的にはほとんどエルフと変わりないが、体格や牙にオークの名残りがある。そしてエルフには珍しい緑色の髪は、オークの肌の色と同じだ。
そして問題の顔はどうなったかと言うと......。結論から言えば凄く良くなった。
ナディアに散々嫌がられたオークの容姿は、髪はなく小さく尖った耳。しゃくれた顎とそこから突き出した牙。大きめの鼻と緑色の肌。まぁ醜いとかブサイクと言われても仕方のない姿。
だが今の俺の容姿はオールクリア! 長身のマッチョボディに美形の顔。もう、恐ろしい程のイケメンだ。
よぉし! この圧倒的なパワーでガオンハルトをぶちのめし! ナディアを振り向かせて見せるぜ!