「それで勇者に恐れをなし、逃げ帰って来たというわけか!」
そう怒鳴り散らしているのは、俺の父であり、オーク族の王「オークキング」でもあるバリハロス。玉座に座り、苛立たしげに俺を見下している。
「申し訳ございません。ですが勇者エステルはあまりにも強く......。今の私では勝てぬと判断し、撤退致しました」
ここはオーク国「ヴィーハイゼン」の王城、その謁見室。俺は片膝をつき、頭を下げた姿勢で父にそう進言した。例え父親であっても相手は国王。無礼は許されない。
「父上。所詮ダーザインは次男坊。長男ではありません。長男であれば、勇者になど負けなかった筈。次はこの俺、長男であるガオンハルトにお任せを」
父の周囲に控える家臣達や大臣に混じって立つ俺の兄、長男のガオンハルトがニヤけた顔で父にそう進言する。
「いや、責任はダーザインに取らせるべきだろう。ダーザインよ。貴様にもう一度だけチャンスをやる。再度あのエルフ共の集落に赴き、火を放て。もちろん兵は貸してやる。今度は千人。そして焼け落ちた家々から逃げて来たエルフ共を捕らえるのだ。男は皆殺し。女は連れて来い。次こそはしくじるなよ」
来た。この命令に従いエルフの村を襲えば、間違いなくエステルに殺される。それだけではない。美しいエルフ達の尊い命が失われてしまう。さらにゲームでは、エステルの選択次第で母さんも死ぬ可能性があるのだ。それは絶対に避けたい。
「父上。今エルフの村を焼き討ちすれば、間違いなく勇者の怒りに触れるでしょう。下手をすれば、この王国ごとオーク一族を滅ぼされる可能性もあります。今回はエルフ達を見逃すのが得策かと。子を孕ませる目的であれば、人間から奴隷を買うと言う手段もございます。私のこれまでの功績に免じて、どうか冷静な判断を」
俺はそう言って深く頭を下げた。
「なっ......! なんと情けない! 貴様それでもワシの息子か! オーク一族は戦闘民族! 全てを戦いで手に入れる! 今までもこれからも、それは変わらぬ! エルフとオークは血の因縁とでも言うべき因縁があるのだ! 奴らを殺し、孕ませるのは本能! オークの本能よ! それを......! 人間から奴隷を買えだと! ふざけるな! これまでの功績を持って免じろと言ったな! 思い上がるな! 貴様はもうワシの息子でもなんでもない! 追放だ! 今すぐこの城を......いや、国を出て行け!」
父はそう言って、側近から剣を受け取り立ち上がる。そしてスラリと抜き放ち、構えた。
「お待ち下さい父上! 私のスキル【エルブン・オーク】は仲間のオーク達を強化するスキル! レベルを二倍にしています! 私を追放すれば、仲間ではなくなる! つまり、父上を含め、この国のオークは全てレベルが元に戻ってしまいます! 今後もし敵が攻めて来た場合、苦戦するのは必至! ですが私がいれば対処出来ます! どうぞお考え直し下さい!」
俺は必死に訴えた。エルフの焼き討ちはもちろん止めたいが、だからと言って同族の仲間達が弱体化するのを放っておく訳にもいかない。
すると父ではなく、兄のガオンハルトが鼻で笑う。
「またその話かダーザイン。いい加減、おかしな妄想を語るのはやめろ。父上、我が弟の虚言癖は昔からなのです。本気になさらぬよう」
「妄想などでは......!」
俺は弁解しようとした。【エルブン・オーク】はあまりにも希少なレアスキルの為、誰もその存在を知らない。俺の話も誰一人信じるものはいなかった。これまでは。父は兄の言葉を受けて、俺に剣を向ける。
「黙れ! この痴れ者が!」
「くっ......!」
やはり信じてはもらえないか......!
「我が国の兵士達の実力が、今の力の半分だと? ふざけるな! そんな筈がなかろう! 自分が勇者に敗北したからと言って、我が兵士達を侮辱するのも大概にせよ! この無能が! やはり追放! もう顔も見たくない! 即刻この場から消えよ!」
追放宣告。もう、誰も覆す事は出来ない。
「かしこまりました。では......」
俺は頭を下げ、立ちあがろうとする。するといつのまにか側に立っていた母さんが、俺の肩に手を置いた。つい先ほどまで、兄や臣下達と共にいた筈だ。
「陛下。ダーザインの話を、私は信じます。この子は嘘をつくような子では無いですもの。どうか、追放処分の撤回を」
母さんは俺の隣で同じようにひざまずき、両手を組んで父に懇願した。思えば、これまでこの話を母さんにした事はなかった。やはり、信じてくれた。
「おい貴様! たかが孕み袋の雌エルフの分際で父上に意見するなど......! 無礼だぞ!」
兄ガオンハルトが母さんを侮辱する。奴を産んだのは母さんではなく別のエルフ女性。すでに亡くなっている。手をかけたのはガオンハルト自身だ。
奴はかつての俺や、父よりもさらに残酷な男。三度の飯より拷問が好きと言うド変態だ。
ちなみにオークに女は生まれず、子を産むのはもっぱらエルフ女性の役目。彼女達に人権はなく、誰に何をされても文句を言える立場ではなかった。
だが父は割と母さんを気に入っていて、他のエルフ女性達よりも大事にしているように思えた。
「よいのだ、ガオンハルト。シェファールよ、いくらお前の申し出でも、ダーザインの追放は覆せぬ。諦めるのだ」
父は優しい口調でそう言った。ガオンハルトは父のその態度に納得がいかない様子で、母さんを睨みつけた。
「わかりました。では私も、ダーザインと共に追放処分にして下さい。この子と、離れたくないのです」
「何......!?」
父は衝撃を受けたようだった。母さんが父よりも俺を選んだ事が、ショックだったのだろう。
「貴様! 何を勝手に決めている! 貴様にそのような権限は......!」
怒りの形相で吠えるガオンハルト。だがそれを、父は剣を持った右手で制す。
「わかった。好きにするがいい。たった今より、エルフのシェファールとオークのダーザインは国外追放。もはや一族とは無縁。連れて行け」
「ハッ!」
複数の兵士達が俺と母さんを取り囲む。両側からガッチリ腕を掴まれ、俺と母さんは連行された。
そんな中でも、母さんは俺をまっすぐに見つめて微笑んだ。
「これからはずっと一緒よ、ダー君」
「ダーちゃん」はやめてくれたんだね母さん。「ダー君」も十分恥ずかしいけど。
俺は込み上げる涙を堪えつつ、「ああ、そうだね」と頷いたのだった。