「これで終わりよっ! オークロード、ダーザイン!」
「クッ......!」
女勇者エステルの剣が倒れた俺の頭上に高々と振り上げられる。
決して油断した訳ではない。俺の持つレア種族スキル【エルブン・オーク】で俺と仲間のレベルは二倍になっていた。仲間達のレベルは平均して二十程度だが、俺のレベルは五十。つまり二倍で百。その上で全力を尽くしたが敗北。エステルのレベルは、おそらく百以上なのだろう。レベルが全てでは無いが、レベル百を超える事は、この世界においてはかなり稀有な事だった。
ああ、くそっ......! こんな所で死ぬのか、俺は......!エルフの村から女を攫い、男は皆殺し。そのつもりで来たのに返り討ち。百人いた部下は全員殺され、俺も絶体絶命。この女の強さは異常だ......!
ああ......作りたかったなぁ......エルフのハーレム......。
死を覚悟した俺の脳裏に、走馬灯の様に蘇る記憶。その中では、オークキングである父と、エルフである母が俺を大切に育てる姿。特に母シェファールの溺愛ぶりは、ちょっと度が過ぎる程で、よく父から嫉妬の目を向けられていたものだ。
......ん? なんだ、この記憶......! 途中から記憶が切り替わり、人間達が中心の記憶になる。俺を囲む友人達は、皆人間。そして......テレビゲームをプレイして......テレビゲーム!? そうか、記憶が整合した! これは俺の前世の記憶なのか!? わかる! 思い出せる! ユウヤにケンジ、それにミコト......俺の大切な友達。
って事は、俺は死んで転生してたって事か。それもこの、思いっきりファンタジーな世界に。
だが二度目の人生もこれでお仕舞い。こんな事なら、もっとみんなに優しくしておけば良かった。特にエルフ達には申し訳ない事をした。沢山酷い事をしてしまった......。
そんな回想が一瞬で頭をよぎり、現実に戻される。勇者エステルの剣が、兜を失った俺の頭を叩き斬る、まさにその瞬間。
エステルは横からの衝撃に吹き飛んだ。衝撃が放たれた方向を見ると俺の母、エルフのシェファールが右手を前に突き出して立っていた。きっと魔術を使ったのだろう。エステルは不意打ちによって気絶したのか、倒れたまま動かない。
「ダーザイン! 大丈夫!?」
大きな胸と金色の髪を揺らしつつ走ってくる母。エルフだけあって、その美しさは俺が幼い時となんら変わらない。前世の俺がエルフ好きだった事も相まって、俺の心臓はドキリとした。
今までは息子という立場で、おまけに悪逆非道のオーク。母に対しては愛情というものを持ち合わせていなかった。だが今の俺にとっては、前世では見たこともないような美女。しかもリアルなエルフ。胸がときめかない訳はなかった。
「出てきちゃダメじゃないか、母さん! 危ないだろ!」
前世の記憶とごっちゃになってしまって判然としないが、確か母はオーク兵士達の癒やし手として、村の外へ待機していた筈だった。ここは森の中。エルフの村の一画。まだ日も高く、母さんが単独行動を取れば誰か気付きそうなものだが......魔術で姿を隠して来たのかも知れない。
実力の程はわからないが、母さんは魔術の使い手なのだ。
「あなたが心配で......ええ!? ダーザイン、今、母さんって言ったの!?」
信じられない、と言った表情で口を覆う母さん。
「ああ、言ったよ! 助けてくれた事は感謝するけど、ここは危ないから、早く逃げて! 勇者が目覚めるかも知れない! そいつは化け物みたいに強いんだ! たった一人で、俺以外のオーク兵士を全員切り捨てた! だから早く逃げるんだ!」
俺は必死に母を逃がそうとした。だが母はポロポロと涙を流す。
「嬉しいわ、ダーザイン! だって今まで、一度だって母さんだなんて呼んでくれなかったでしょう!? うるせーぞ雌エルフとか、死ねよ糞エルフとか、酷い事ばかり......だけどやっぱり、お母さんの思いは届いていたのね、ダーちゃん!」
「ダーちゃんはやめて!」
俺は冷や汗を垂らし、母に懇願した。
「いいえ、やめないわダーちゃん! そして逃げる事もしない! お母さんの命に代えてもあなたを守るわ! 私の大事な坊やだもの!」
俺、もう二十歳だよ母さん......。
母の迫力に負けて、どう返答しようか迷っていると、エステルが頭を振りながらゆっくりと立ち上がる。
「私とした事が......まさかエルフのあなたが攻撃してくるなんて思わなかったわ。こいつは邪悪なオークなのよ! 庇うなんて一体どういうつもり!?」
エステルは俺に対して剣を構えつつ、母さんを睨みつけた。母さんは倒れている俺とエステルの間に入り、両手を広げた。
「この子は私の息子です! オークだろうとなんだろうと、愛しい息子です! どうしてもこの子を殺すというなら、先に私を殺しなさい!」
「母さん......!」
俺は目に熱いものが込み上げた。こんなにも俺を大事に思ってくれるなんて......ああ、今まで酷い事言って、ごめん、母さん。過去の俺をぶん殴ってやりたい。
だがこのまま母さんを犠牲にする訳には行かない。俺はどうにか立ちあがろうとした。両足ともエステルに切り裂かれてはいるが......。あれ? 痛くない。ふと体を見ると、ほとんどの傷が消えていた。
そうか、母さんが癒しの魔術で治してくれたのか!
「くっ......!」
俺は涙を堪えながら身を起こす。身構えるエステル。
「エステル......俺の事は殺しても構わない。それだけの事を、俺はした。死んで償えるとは思ってないが、殺されて当然だとは思う。だけど母さんの事は助けてやってくれ」
俺は剣を捨てて、土下座した。母さんの為にも本当は死にたくは無い。だが、今の俺ではエステルには勝てない。なら、せめて母さんだけでも生きて欲しい。
「ダーちゃん!」
母さん、ダーちゃんはやめて......。
「なっ、なんなのよあんた達! そんな戦う意思のない奴らを、勇者たるこの私が、むごたらしく殺害なんて出来る訳ないでしょーが! なんかダーちゃんとか可愛いあだ名で呼ばれてるしさ! いいわ! 今回は見逃してあげる! だけどもし! 今度悪さしてるのを見かけたら、容赦なく殺害するわよ! いいわね! ふん!」
エステルは剣を納め、俺と母さんをシッシッと追い払った。俺は立ち上がり、エステルに頭を下げる。
「ありがとう、エステル」
するとエステルは顔を真っ赤にして目を背ける。
「なっ、あんたバカ!? オークのくせに、礼儀正しい事してんじゃないわよ! バカ! わっ、私は避難させたこの村のエルフ達の様子を見に行くわ! あんたがいつまでもいたら、エルフが怯えるじゃないの! さっさと消えて!」
「わかった。行こう母さん」
「そうね。エステルさん......ダーちゃんを助けてくれてありがとう」
「だからダーちゃんはやめってって......」
エステルはすでに歩き出していたが、振り返る事なく手を振ってくれた。案外いい奴で助かった。母さんの命だけでなく、俺の命も助けてくれた。
案外、いい奴。いや、違う......! そうだ、俺は知っている筈なんだ、エステルの事を......!「案外」なんかではなく、いい奴なのは知っていた......! 俺はこの展開を覚えている。細かいセリフは違うが、この状況は、俺が前世でプレイしたゲーム「エンシェントソーサリー・クエスト」に、そっくりだったのだ。
たった一人で大勢の敵をバッサバッサと薙ぎ倒す爽快な無双系アクションゲームで、エステルはその主人公。オークロード・ダーザインは中盤のボスキャラ。つまりやられ役だ。
つまり俺がここで助かるのはストーリー通り。そしてこの後、俺は再度この村を訪ずれる。そして非道にも村を焼き討ち。怒り狂った勇者に仲間ごと殺される流れだ。
そうなってはまずい。せっかく拾った命。仲間や母さんの為にも、どうにかその「死亡フラグ」を回避しなければ......!