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第8話 ひたすら自己嫌悪

「はぁ~~~~~~………!」


 撮影スタジオの隅っこで、有凪はクソデカため息を吐いた。


 今は休憩中だ。両手で頭を抱え、反省と後悔で悶々とする。


 昨日、有凪はやってしまった。ブチ切れてしまったのだ。後半は風斗もキレていたから、BL営業どころではなくなってしまった。 


 本来なら、今頃はSNSにイチャイチャ画像を投稿していたはずだった。そして、ファンの反応を見て……。


「自己嫌悪だなぁ」


 もともと有凪は気が弱い。他人とケンカをしたことがなかった。悪口を言われても、受け流してきた。たとえ傷ついていたとしても、それを悟られないよう振舞った。理不尽な目に遭っても、我慢するような性質だった。


 だからこそ引きずる。マネージャー二人に申し訳がなさすぎる。


 仕事にも影響が出てしまった。カメラマンの宮部から「本調子じゃないね」と指摘されてしまったのだ。「キラキラが足りない」と言われた。「綺麗ではあるんだけどね」とも。 


 綺麗なんだ『けど』か……。


 芸能界に入ったばかりの頃、いや、今でもまれに言われることだ。


 造作が美しいだけでは、この世界ではやっていけない。だから、必死になって仕草や、表情を研究した。真面目にポージングのレッスンを受けて、ようやくキャラクターを認めてもらった。


 それが「王子様」だった。


「でも、さすがに限界かも……」


 飽きられている気が、しないでもない。それしかないと思われているというか。新たな引き出しが欲しい。けれど、自分ではどうしたら良いか分からない。


「BL営業をしたら、新たな可能性が広がるかもね」


「……え」


 いつの間にか、隣に坂井がいた。有凪は、目をぱちくりとさせる。


「あ、あの。聞こえてた?」


「うん」 


「心の中で、自問自答してたはずなんだけど」


「そうなの? ぶつぶつ言ってたよ」


 ……マジか。


 恥ずかしくて、有凪はますます頭を抱えた。


「はい、これ。一応は確認してね」


 坂井が、有凪にタブレットを差し出してくる。


「……なんですか」


「香椎くんと風斗くんのイチャイチャ画像だよ」


「えっ? でも、昨日は撮影できなかったし……」


 イチャイチャするような雰囲気ではなくなってしまった。不穏が過ぎるというか。それで昨日は、あの後すぐに解散したのだ。


「最初のほうに、少しだけ肩を組んだりとかしてたでしょう。すぐに香椎くんが胸倉を掴んじゃったけど」


「……すみません」


 自己嫌悪で、ぺしゃんこになりながらタブレットを受け取る。


「あ、これ」


 有凪が背伸びして、風斗の肩に腕を回しているカットだった。緊張して、ちょっと戸惑っている表情まで映し出されている。そのくせ、必死に肩で手を回して。


 それから、今度は風斗が有凪の肩に腕を置いているシーン。肘置きにされた有凪が、不満そうに頬を膨らませている。すまし顔の風斗との対比が良い感じだ。


 風斗の胸倉を掴んでいるカットもあった。ただ、余計な部分……怒っている有凪の表情は切り取られていた。二人の鼻先が、触れそうで触れない。なんだか、有凪がキスをしたがって、強引に風斗を引き寄せているようにも見える。


「ちょ、ちょっと、これ……!」


 驚きすぎて、有凪は口をぱくぱくさせた。画像と坂井の交互に視線をやる。


「うん? 我ながら、よく撮れてるでしょう」


 坂井は嬉しそう、というより、鼻高々といった感じだ。


「……坂井さん、上手すぎない?」


「学生時代は、カメラが趣味だったから」


 なるほど。どうりで上手いはずだ。そういえば、SNSにアップするだけの予定だったのに、やたら機材を持ち込んでいた。今思えば、カメラも高級そうだった。


「昨日のカメラとか、諸々の機材って。もしかして、坂井さんの私物だったりする?」


「そうだよ。久しぶりにカメラを触れて、なんだか懐かしかったなぁ」


 坂井が、ほくほくしている。


「……すみません。途中でダメになっちゃって」


「確かに。もうちょっと、撮りたかったね。でも、良いものが見れたな」


 しみじみと坂井が言う。


「良いもの……?」


「君が、感情をむき出しにしてるところ初めて見たよ」


「す、すみません……」


「悪いことじゃないよ。昨日の香椎くん、すごい良い顔をしてた。ホームシックになっても、本当に辛いっていう姿は、見せようとしなかったじゃない? 周囲の人間に、心配をさせないように。そんな子が、ああいう風になるんだって。ちょっと感動した」


 確かに、初めての感覚だった。いつもの自分ではなくて。取り繕う余裕もなくて。


「……風斗にムカついてただけ、なんだけど」


「殻を破れるかもね」


「そう、なのかな……?」


「風斗くんと一緒にいたら、新たな香椎くんの一面が見れるかも。その分、きっと可能性が広がる。王子様キャラは、あれはあれで良いんだけど。それだけだと、物足りないんでしょ」


 こくり、と有凪はうなずいた。


「相性っていうのは、そういうことだったのかもしれないなぁ」


「……どういうこと?」


「ほら、社長が言ってたでしょう。二人は『相性がバッチリ』って。化学反応みたいなのが、起こると踏んだんじゃないかな。さすがは社長、ナイスな人選だね」


「どこが!」


 納得がいかず、有凪はぷいっと顔をそむけた。


「……香椎くん」


「なに」


「その画像、SNSにアップする?」


 有凪が持つタブレットを、坂井がトン、と指で軽く叩く。


「アップしたら、BL営業がスタートするってことだよね?」


「そうなるね」


 風斗の顔が浮かぶ。いつもダルそうで、やる気がなくて。


「俺は、風斗とケンカした……」


「うん」


「向こうは、きっと俺のこと良く思ってない」


「そうかもしれないね」


「だから……」


 嫌われているのに、その相手とBL営業できるんだろうか。いくら仕事とはいえ、イチャイチャしたり、仲良く振舞ったり。自信がない。でも、仕事だし……。いや、そもそも相手から断ってくるんじゃないか?


 ぐるぐると考えていたら、有凪の手から坂井が、そっとタブレットを奪った。


「香椎くんは、どうなの?」


「え……」


「BL営業」


「し、したいです」


「相手が風斗くんでも?」


 有凪は、思わず口ごもった。


「それは……」


 ぎゅうっと拳を握る。


 それを見た坂井が、苦笑いする。


「少しだけ、猶予をあげるから。考えてみて」


 坂井の優しい声に安堵する。


「嫌なこと、無理矢理させたりしないよ」


 思わず泣きそうになった。


 でも、泣かない。まだ仕事が残っているから。


「ちゃんと、考える……」


 そう言って、有凪は深呼吸をした。もうすぐ休憩が終わる。王子様になって、微笑む時間だ。  


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