「はぁ~~~~~~………!」
撮影スタジオの隅っこで、有凪はクソデカため息を吐いた。
今は休憩中だ。両手で頭を抱え、反省と後悔で悶々とする。
昨日、有凪はやってしまった。ブチ切れてしまったのだ。後半は風斗もキレていたから、BL営業どころではなくなってしまった。
本来なら、今頃はSNSにイチャイチャ画像を投稿していたはずだった。そして、ファンの反応を見て……。
「自己嫌悪だなぁ」
もともと有凪は気が弱い。他人とケンカをしたことがなかった。悪口を言われても、受け流してきた。たとえ傷ついていたとしても、それを悟られないよう振舞った。理不尽な目に遭っても、我慢するような性質だった。
だからこそ引きずる。マネージャー二人に申し訳がなさすぎる。
仕事にも影響が出てしまった。カメラマンの宮部から「本調子じゃないね」と指摘されてしまったのだ。「キラキラが足りない」と言われた。「綺麗ではあるんだけどね」とも。
綺麗なんだ『けど』か……。
芸能界に入ったばかりの頃、いや、今でもまれに言われることだ。
造作が美しいだけでは、この世界ではやっていけない。だから、必死になって仕草や、表情を研究した。真面目にポージングのレッスンを受けて、ようやくキャラクターを認めてもらった。
それが「王子様」だった。
「でも、さすがに限界かも……」
飽きられている気が、しないでもない。それしかないと思われているというか。新たな引き出しが欲しい。けれど、自分ではどうしたら良いか分からない。
「BL営業をしたら、新たな可能性が広がるかもね」
「……え」
いつの間にか、隣に坂井がいた。有凪は、目をぱちくりとさせる。
「あ、あの。聞こえてた?」
「うん」
「心の中で、自問自答してたはずなんだけど」
「そうなの? ぶつぶつ言ってたよ」
……マジか。
恥ずかしくて、有凪はますます頭を抱えた。
「はい、これ。一応は確認してね」
坂井が、有凪にタブレットを差し出してくる。
「……なんですか」
「香椎くんと風斗くんのイチャイチャ画像だよ」
「えっ? でも、昨日は撮影できなかったし……」
イチャイチャするような雰囲気ではなくなってしまった。不穏が過ぎるというか。それで昨日は、あの後すぐに解散したのだ。
「最初のほうに、少しだけ肩を組んだりとかしてたでしょう。すぐに香椎くんが胸倉を掴んじゃったけど」
「……すみません」
自己嫌悪で、ぺしゃんこになりながらタブレットを受け取る。
「あ、これ」
有凪が背伸びして、風斗の肩に腕を回しているカットだった。緊張して、ちょっと戸惑っている表情まで映し出されている。そのくせ、必死に肩で手を回して。
それから、今度は風斗が有凪の肩に腕を置いているシーン。肘置きにされた有凪が、不満そうに頬を膨らませている。すまし顔の風斗との対比が良い感じだ。
風斗の胸倉を掴んでいるカットもあった。ただ、余計な部分……怒っている有凪の表情は切り取られていた。二人の鼻先が、触れそうで触れない。なんだか、有凪がキスをしたがって、強引に風斗を引き寄せているようにも見える。
「ちょ、ちょっと、これ……!」
驚きすぎて、有凪は口をぱくぱくさせた。画像と坂井の交互に視線をやる。
「うん? 我ながら、よく撮れてるでしょう」
坂井は嬉しそう、というより、鼻高々といった感じだ。
「……坂井さん、上手すぎない?」
「学生時代は、カメラが趣味だったから」
なるほど。どうりで上手いはずだ。そういえば、SNSにアップするだけの予定だったのに、やたら機材を持ち込んでいた。今思えば、カメラも高級そうだった。
「昨日のカメラとか、諸々の機材って。もしかして、坂井さんの私物だったりする?」
「そうだよ。久しぶりにカメラを触れて、なんだか懐かしかったなぁ」
坂井が、ほくほくしている。
「……すみません。途中でダメになっちゃって」
「確かに。もうちょっと、撮りたかったね。でも、良いものが見れたな」
しみじみと坂井が言う。
「良いもの……?」
「君が、感情をむき出しにしてるところ初めて見たよ」
「す、すみません……」
「悪いことじゃないよ。昨日の香椎くん、すごい良い顔をしてた。ホームシックになっても、本当に辛いっていう姿は、見せようとしなかったじゃない? 周囲の人間に、心配をさせないように。そんな子が、ああいう風になるんだって。ちょっと感動した」
確かに、初めての感覚だった。いつもの自分ではなくて。取り繕う余裕もなくて。
「……風斗にムカついてただけ、なんだけど」
「殻を破れるかもね」
「そう、なのかな……?」
「風斗くんと一緒にいたら、新たな香椎くんの一面が見れるかも。その分、きっと可能性が広がる。王子様キャラは、あれはあれで良いんだけど。それだけだと、物足りないんでしょ」
こくり、と有凪はうなずいた。
「相性っていうのは、そういうことだったのかもしれないなぁ」
「……どういうこと?」
「ほら、社長が言ってたでしょう。二人は『相性がバッチリ』って。化学反応みたいなのが、起こると踏んだんじゃないかな。さすがは社長、ナイスな人選だね」
「どこが!」
納得がいかず、有凪はぷいっと顔をそむけた。
「……香椎くん」
「なに」
「その画像、SNSにアップする?」
有凪が持つタブレットを、坂井がトン、と指で軽く叩く。
「アップしたら、BL営業がスタートするってことだよね?」
「そうなるね」
風斗の顔が浮かぶ。いつもダルそうで、やる気がなくて。
「俺は、風斗とケンカした……」
「うん」
「向こうは、きっと俺のこと良く思ってない」
「そうかもしれないね」
「だから……」
嫌われているのに、その相手とBL営業できるんだろうか。いくら仕事とはいえ、イチャイチャしたり、仲良く振舞ったり。自信がない。でも、仕事だし……。いや、そもそも相手から断ってくるんじゃないか?
ぐるぐると考えていたら、有凪の手から坂井が、そっとタブレットを奪った。
「香椎くんは、どうなの?」
「え……」
「BL営業」
「し、したいです」
「相手が風斗くんでも?」
有凪は、思わず口ごもった。
「それは……」
ぎゅうっと拳を握る。
それを見た坂井が、苦笑いする。
「少しだけ、猶予をあげるから。考えてみて」
坂井の優しい声に安堵する。
「嫌なこと、無理矢理させたりしないよ」
思わず泣きそうになった。
でも、泣かない。まだ仕事が残っているから。
「ちゃんと、考える……」
そう言って、有凪は深呼吸をした。もうすぐ休憩が終わる。王子様になって、微笑む時間だ。