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第5話 王子様は清純派

 決意はしたものの、そう簡単に割り切れるものではない。メンズ雑誌の撮影の合間、有凪はマネージャーの坂井に文句を言いまくった。


「なんかさーー! 社長は風斗のことを騎士とか言ってたじゃん? それで俺が守られる王子様なんでしょ?」


「そう言ってたね」


 有凪にミネラルウォーターを手渡しながら、坂井がうなずく。


「ということはだよ! おれが受けってことじゃん! あり得ないんだけど!!」


 書店での失態の反省をいかし、極限にまで声のボリュームを落として抗議する。


「絵面的には、そうだね……。風斗くんは格好いいから」


「けっ!」


 余裕ぶった風斗の表情を思い出し、有凪はイライラしながらミネラルウォーターに口をつけた。


「社長は『守られてこそ魅力が増すのよ!』とか言ってたけどさ。俺は守られる側じゃなくて、受ける側じゃん! 風斗は俺を守るんじゃなくて、攻めるんじゃん!!」


 キイーーー! となり、ミネラルウォーターが入ったペットボトルをがしゃがしゃと振る。


「坂井さん、実は俺さ……」


「どうしたの」


「この年で、恥ずかしいんだけど」


「うん」


「まだ、キスもしたことなくて」


 真っ赤になりながら、誰に訊かれたわけでもないのに白状する。


「本物の清純派だね」


「……茶化さないでよ」


「茶化してないよ。品行方正で助かる」


 至極真面目な顔で、坂井が言う。コンプラ違反が相次ぐ昨今なので、有凪のようなタイプのほうが事務所としては管理しやすいのかもしれない。 


「その清純派がだよ?」


 ……あ、自分で清純派とか言っちゃった。


「汁まみれになるのは、ちょっと……。まだ覚悟ができなくて」


 真剣に相談したのに、坂井はふき出した。腹を抱えて笑っている。


「ちょっと……! 香椎くん、一体どんな本を読んだの?」


「ハートフルから、ドエロまで……。異世界モフモフだったり、裏社会で汁という汁にまみれてたり」


 たまたま書店で手に取ったのが、そういうラインナップだったのだ。BLというジャンルは懐が深い。深すぎて迷子になったら一生出られない気がする。


「それは行き過ぎだから。匂わせ程度で大丈夫だよ」


「匂わせ?」


 ……それって、芸能人がやらかしたらダメなやつでは? 


 炎上しないのだろうか。匂わせという行為は、ファンからは忌むべき存在とされているのだ。


「あからさまな感じより、友だちの延長みたいなので良いと思うよ。初めは『この二人って仲が良いな』くらいから始めて、少しずつスキンシップを増やしていくとか」


「なるほど……!」


 さすがだ。やはり坂井に相談して良かった。


「これでも一応、芸能マネージャーだからね」


 どうやら、有凪は「BL営業」を完全には理解していなかったようだ。しかし、坂井から得た情報により準備は万全になった。


「香椎くん。撮影が終わったら事務所に行くんだよね」


「そうだよ!」


 事務所で風斗と会う約束をしている。


 約束といっても、直接やりとりをしたわけではない。アイツのアドレスなんて知らないし、知りたくもない。互いのマネージャーを通して、日程を調整したまでのこと。 


 風斗と、会う。


 顔を合わせて、それから仲良くして……? い、いちゃいちゃするん、だよな……。


 想像したら、急に体の奥がざわざわした。なんというか、居ても立っても居られない感じだ。


 ぎえーーーー! と奇声を発して暴れたくなる。スタジオでそんな真似はできないので、黙ってペットボトルを振りまくる。


 がしゃがしゃと振り回していたら、背後から声がした。


「おや、今日はテンションが高めの王子様だね」


 振り向かなくても、誰だか分かる。ナンパ野郎の宮部だ。


「……俺だって、たまにはこういう日もありますよ」


 演じなければ、と自分を戒めつつ「王子様」というワードに過敏に反応してしまう。


「君の心を乱すなんて……。相手は、男?」


 宮部の問いに、思わずビクリと体が反応してしまった。いけすかない男の顔が浮かんだので、条件反射のようなものだ。


「はぁーー……」


 宮部が大げさにため息を吐く。


「羨ましいなぁ。いつもの君じゃなくなるくらい、その男に心を奪われてるのか……。仕方がない、今日はデートに誘うのをやめておくよ。負け戦はしたくないんだ」


 宮部が肩をすくめる。まるで自分に酔っているみたいだ。


 ……毎回、負け戦じゃないか。


 もしかして、勝てる算段が宮部にはあるのだろうか。見当違いもいいところだ。


 去っていく宮部の背中を見ながら、有凪は「残りの撮影、がんばろう」と気合を入れた。







 無事に撮影が終わり、有凪はマネージャーの坂井と一緒に事務所を訪れた。


 社長はテレビ関係者との食事会とやらに出かけているらしい。西日が差し込む事務所で、有凪と坂井、それから風斗。風斗を担当している嘉内かないという女性マネージャーの合計四人で、顔を合わせることになった。


 有凪の隣に坂井が座り、テーブルを挟んで向かいに風斗がいる。その隣に嘉内が腰を下ろした。


 嘉内のことは、もちろん知っている。三十代前半で大人しいタイプだ。小柄でいかにも気が弱そうなのに、これで風斗を担当しているなんて可哀そうだと有凪は密かに同情した。彼のわがままに振り回されているに決まっている。


「この度は、香椎さんの貴重なお時間をいただきありがとうございます」


 嘉内が深々と頭を下げる。


 有凪の代わりに、坂井が「いえいえ」と首をふる。


「こちらこそ、風斗くんも舞台が始まったばかりなのに。お時間を調整していただき感謝します」


 マネージャー同士、坂井と嘉内は和気あいあいとした雰囲気だった。


 有凪と風斗は、無言で顔を突き合わせている。例の王子様キャラを維持するため、有凪はひたすら微笑んでいる。そろそろ表情筋が辛い。風斗は、いかにも「不満です」といった態度だった。


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