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第4話 これが、BL……!?

 ポイポイと衣服を脱ぎ捨て、お気に入りのパジャマに着替える。パジャマといっても、着古したカットソーを格下げしただけなのだが。


 しかし、この着古した感がたまらなく良いのだ。妙に体に馴染むというか。


 有凪はベッドに転がり、漫画本を閉じているナイロンを豪快にビリビリと破った。ちなみにだが、包装はされているものはたいてい勢いよく破り捨てる有凪だった。ちまちまと開封するのは時間の無駄だ。


「えーーっと、なに。『あなたとばんです』? 変なタイトルだなーー!」


 番の意味が分からない。一緒に給食当番でもするのだろうか、と有凪は訝しむ。


 正直にいって読む気が起らなかったので、次の本に手を伸ばした。またしてもビリビリにナイロンを破いてやろうと思ったが、帯が気になり過ぎて手が止まった。


『ケーキバースの金字塔! 甘い味覚に誘われて、満たされる!』


 ……ケーキバース? 最近は、ケーキバイキングのことをそう呼ぶのだろうか?


「BLって、グルメものかな……?」


 給食当番にケーキバイキング。申し訳ないが、あまり興味をそそられない。バイキングの本もポイッと投げ捨て、また次の本を手に取る。


「書店でも思ったけど……。なんで皆、半裸なんだろう……?」


 不思議なことは他にもある。どの本の表紙にも、男子しか描かれていないのだ。美少年だったり、美青年だったり、イケオジだったり。タイプは様々だけど、とにかく男性しか登場しない。そして謎に衣服が乱れている。


 その謎を解明するためには、中身を確認しなければいけない。有凪は手にしていた漫画本のナイロンを乱暴に剥ぎ取り、ページをめくってみた。


「なんだこれは……」


 めくってもめくっても、やはり男子しか出てこない。たまに女子が登場しても扱いはひどいものだった。完全にモブなのだ。ストーリーは、本当に摩訶不思議だった。


 主人公はサラリーマンだったのに、急に異世界に飛ばされて勇者にジョブチェンジしてしまった。魔王を討伐するのかと思ったら、その魔王に溺愛されているし、有凪はひたすら首を捻った。


 そして途中から、やたら主人公が「ドキッ……!」とするようになった。魔王相手に赤面したり、かと思えば意地を張ったり。ラスト近くになって、やっと素直になったかと思えば……。


「えぇ……」


 有凪は、思わず自分の目を疑った。


 勇者(平凡)と魔王(イケメン)が絡み合っているのだ。


 ……な、な、なんということだ! き、ききき、キスしてる! というか、え、えーーー!


 えっちなこともしてる……。


「う、嘘だろ……?」


 BとLの意味がやっと分かった。


 ボーイズラブ……!!!


 自分は、なんと世間知らずだったのだろう。


 漫画本を持つ手が、ぶるぶると震えた。次々と中身を精査していったが、結果は全て同じだった。たいてい「そういう事態」になる。「そういう事態」というのは、まぁ、その、なんだ。


 つまり、えっちなシーンなのだが。比較的ライトなものから、とてつもなくエロいものまで存在した。もう、ドエロだ。汗なのか、涙なのか、よく分からないけれど主人公はぐちゃぐちゃになっていた。汁という汁まみれで、汁以外のものは描かれていないのではと疑いたくなるほどだった。


「どうりで、表紙の人物の服がはだけてるわけだ……」


 おかしいなとは思ったのだ。


 ちなみに「番」は「ばん」ではなく「つがい」と読むらしい。よく分からないが、オメガバースとかいう世界観なのだそうだ。もちろん給食当番は無関係で、ケーキバースはバイキングの物語ではなかった。


 ……え、え、待って。ちょっと待って。ということは? ぎゃーーー! こ、これをレジに持って行ったのか! しかも、書店で「BL」を連呼してしまった。


「こんなことなら、電子書籍で買えば良かった……!」


 後悔しても今さら遅い。


「と、というか……」


 ごくり、と唾を飲み込んだ。


「これを、俺と風斗がやるの……?」


 きぇーーー! むり! やめてぇーー! 


 ベッドの上で、ごろごろと転がる。ドタバタと暴れる。抱き枕をペンペンと叩いて、最終的に布団を頭まですっぽりと被る。


 そういえば、坂井も「イチャイチャする」と言っていた。知っていたのなら、教えてほしかった……。


 頭がグラグラする。火が出るほど顔が熱い。布団を被っているせいだろうか。


 真っ赤な顔をしながら、有凪は購入した全ての漫画本を読破した。


 ラブコメかと思いきや、意外にセンシティブストーリーだったりする。人間というものの存在を問う骨太な物語だったりもする。


「ぐずっ……。かんどうするぅーー!」


 洟をすすりながら、ページをめくった。 


「びーえるっていうジャンルは、懐が深いんだなぁ~~!」


 ティッシュで涙を拭く。鼻をかむ。とりあえず、BLという存在を知った。


 一晩中、ネットの海を漂ったことで「受け」と「攻め」の用語も理解した。陽が昇るころ、ようやく「BL営業」の意味にも合点がいった。


 つまり、BLというものを「きゃっきゃ」しながら嗜む人々がいて、その層に向けてアピールするということなのだ……!!!


 認知してもらって、「きゃっきゃ」してもらって、人気を得る。自分たちを売り込むのだ!


「せめて風斗が、相手じゃなかったらなぁ……」 


 有凪は、大きくため息を吐いた。


 風斗のクソ生意気な顔を思い出すだけで、胸のあたりがむかむかする。


 しかし、風斗とBL営業をするしかない。社長命令だし、夢の新築一戸建てのためには、有名になって仕事の依頼をもらうしかないのだ!


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