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第3話 コイツとだけは嫌!

「よく分からないけど、俺だってナイトのほうが良いんですけど……?」


 無駄だとは思いつつ、念のため要望を述べてみる。


「はぁーー! 分かってないわね」


 握っていた有凪の手をはなし、社長が頭を抱える。


「有凪! あんたはね、中身はド庶民だけど、外見は王子様なのよ! 儚げで高貴な王族なの! 守られてこそ魅力が増すのよ!」


「や、やっぱり、そうですよね……」


 有凪は大人しく引き下がった。何事にも諦めが肝心だ。


 ……よく分からないけど、自分が守られる側ってことだよな? それで、この憎たらしい風斗が守る側で。


 とりあえず、二人で何かをするというのは分かった。シンプルにイヤだ、というのが感想だった。


 有凪は、じいっと風斗を見た。まず、協調性がなさそうだ。今だって、ダルそうに腕を組んでるだけだし。きちんと話を聞いていたのかも怪しい。


 その後も、社長の独演会は続いた。ひたすら有凪と風斗の組み合わせが素晴らしいと訴えていた。キリがないので、有凪はマネージャーの坂井と一緒に社長室を出た。


 風斗はというと、もちろん有凪たちよりも一足先に社長室を後にしている。薄情者なヤツだ。その際も「……す」と言っていた。なんだよ、その挨拶は。


 いや、あんなものは挨拶ではない。どういう教育を受けたのか甚だ疑問だ。親の顔が見てみたい。


 ……いや、見たことはあるな。


 清楚美人(元女優)とイケオジ(現役俳優)だ。


「はぁーーー!」


 自宅マンションに向かう車の中で、有凪は大き過ぎるため息を吐いた。


「どうしたの。疲れた?」


 運転中の坂井が、声をかけてくる。


「……ちょっとだけ。それよりさ」


「うん」


「BL営業って、結局なんなの?」


 一瞬、車内に沈黙が流れる。


「あーー、それは。うん……」


 坂井が言葉を濁した。


 どうやら、彼は「BL営業」なるものを理解しているようだ。


 気になり過ぎて、有凪は後部座席から、運転席を覗き込むような体勢になった。


「俺は、風斗となにをすれば良いわけ?」


「とりあえず、イチャイチャする感じかな……」


「はぁ!?」


 思わず、大きな声が出た。


「イチャイチャって何? 俺と風斗が? なんで? どうしてそんなことするわけ?」


 まるで意味が分からず、坂井に質問をしまくる。


「僕も、そこまで詳しいわけじゃないから……」


「そうなの?」


「あ、そうだ。本とか良いんじゃないかな。漫画とか小説とかで、勉強するといいよ」


 どうやら、BLというのはジャンルらしい。


 坂井のアドバイスはいつも的確なので、今回も素直に従う。自宅付近で車を停めてもらい、有凪は大型書店に向かった。一応は芸能人なので、帽子を目深に被り、大きめのマスクで顔を隠す。


 きょろきょろしていると、店員に声をかけられた。


「なにか、お探しですか?」


 若い女性店員だった。一瞬「バレたか?」と焦ったが、そのような心配は無用だった。


「そろそろ閉店の時間ですので、お探しのものがあればお手伝いいたします」


 自意識過剰だった。恥ずかしい。確かに、閉店を予告するメロディが店内に流れている。


 迷惑をかけるわけにはいかないので、店員に案内してもらうことにする。


「あの、BLを探してるんです」


「……は、はい?」


 店員がピクリと反応する。


 ……もしかして、聞こえなかったのだろうか。マスクを装着しているし、声がこもっていたとか?


 有凪は、さっきよりも大きな声で、はっきりと発声した。


「BLを、探してまぁ~~~す!!」


「くぁ、か、かしこまりました……」


 どうやら、無事に理解してもらえたらしい。若干、店員がしどろもどろになっているのが謎だったけど。


 とにかく無事に案内され「BL」と分類された棚の前にたどり着く。


「ありがとうございます」


 女性店員に礼を言ってから、有凪は平積みされた漫画本を適当にパパッと手に取った。


 タイトルやあらすじをしっかりと吟味したい気持ちもあったが、今日のところはムリそうだ。閉店間際に来てしまったので、のんびりしている時間はない。五冊もあれば、とりあえずは十分だろう。小走りでレジに向かい、会計をしてもらう。


 ……あれ?


 支払いをしながら、少し気になったことがあった。表紙の絵の人物が、どういうわけか皆、半裸なのだ。


 ……なんで着替えの最中なんだろう?


 疑問に思ったけれど、袋に入れられてしまったので詳細が分からなかった。


 しかし、無事に買えたので問題はない。家に帰ってから確認すれば良いのだ。本が入った袋を受け取り、軽い足取りで有凪は店を出た。





 有凪は、幼いころから母親と二人暮らしだった。


 物心つく前に、父親が病気で亡くなってしまったのだ。決して体が丈夫とはいえない母親だったので、経済的には厳しかった。はっきり言うと貧乏だった。平和に慎ましく暮らしていたけれど、住むならボロいアパートよりは豪邸のほうが良い。


 大きな新築の家で暮らしたい。スカウトされたとき、それが叶うと思った。


 有凪の夢は、いつか母親のために立派な家を建てることなのだ。マザコンだと言われようとも構わない。夢は夢だ。


 そのためには、芸能界で成功しなければいけない。売れっ子になって、スターになって、がっぽり儲ける。


「BL営業だろうが、やってやるぞーー!」


 自宅マンションの鍵を開け、有凪は意気揚々と部屋に入った。


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