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今日からBL営業はじめます!
今日からBL営業はじめます!
みずしま
BL現代BL
2025年02月06日
公開日
2万字
連載中
【ネオページ契約作品】 ※毎週、月・木、更新中! 《 あらすじ 》 香椎有凪(かしいゆうな)は、弱小事務所に所属するモデル兼俳優。ある日、事務所の社長である雪村景織子から「BL営業」なるものを提案される。相手役は、後輩で二世俳優でもある藤間風斗(ふじまかざと)。 社長の意向に素直に従う有凪とは違って、風斗は何を考えているか分からない。やる気のない彼をその気にさせるのは、一苦労で……。 美貌の年上モデル兼俳優(受け)と、クソガキな二世俳優(攻め)による芸能界ラブコメ!

第1話 モデルの王子様

「はい、OKでーーす!」


 シャッターを切っていたカメラマンの声が、スタジオ内に響いた。


 カメラに向かって微笑んでいた香椎有凪かしいゆうなは、ふうっと肩の力を抜いた。同時に、表情筋も緩める。


 ここは、メンズ雑誌の撮影スタジオだ。早朝から撮影が始まり、今はもう夕刻だった。


 片手でスマートフォンを操作しながら、有凪は自分でメイクをオフする。そこそこ人気のメンズ雑誌に、まぁまぁの頻度で登場するモデル。それが有凪だった。


 ごくまれに、深夜ドラマに脇役として顔を出すこともある。いわゆる芸能人というやつだ。弱小事務所なので、大きな仕事が舞い込むことはないものの、レッスンやら撮影やらで、それなりに毎日忙しくしている。


 中学生の頃にスカウトされ、有凪はこの業界に足を踏み入れた。修学旅行で東京を訪れた際、今の事務所の社長に声をかけられたのだ。


 派手な女性だなというのが第一印象だった。「あなたなら、絶対にスターになれるわ!」と言われた。「私の目に狂いはないもの!」という、その目が血走っていて怖かった記憶がある。


 有凪は現在、二十三歳だ。


 今のところスターには、なれていない。残念ながら、なれる未来も見えない。


「はぁ……」


 思わずため息を吐いたら、カメラマンの宮部みやべが寄ってきた。ヒゲが似合う四十代。いかにも業界人といった空気を漂わせている。


「有凪くん、疲れた? 今日もすっごくイケメンだったよ」


「ありがとうございます」


「いや、イケメンというより美人って言ったほうが良いのかな」


 そう言って、無遠慮に距離を詰めてくる。


「このあとデートしない?」


「予定がありますから」


 本当は、何もないけど。


「またお断りかぁ」


 宮部が天を仰ぐ。


「一緒にご飯、食べるだけだよ? それでもダメ? 今、恋人いないんでしょ」


 肩を抱かれそうになり、有凪はサラリと躱した。微笑を浮かべながら。


「ごめんなさい」


「その美貌で微笑まれると、強引に手を出せないんだよな……」


 やれやれ、といった感じで宮部が肩をすくめる。顔を合わせる度に、彼は有凪をナンパしてくる。


 毎度のことなので、もはや挨拶のようになっている。すぐに引き下がってくれるので、そこまで警戒はしていない。


 軽く頭を下げて、有凪はマネージャーのもとへ向かった。


 マネージャーの坂井さかいは、スタジオの隅でスタッフと談笑している。有凪が近づくと、それに気づいた坂井がスタッフとの会話を切り上げた。


「……いいの? 話、途中だったんじゃない?」


「平気だよ。世間話だから」


 そう言って、柔和な笑みを浮かべる。


 坂井は、事務所に入ったころから有凪を担当してくれている。社長の甥にあたる人物で、端的に言えば縁故採用なのだが、仕事は真面目だし人当たりも良い。信頼のおける人物だった。


 なので、心置きなく文句を言う。


「今日もナンパされたんだけど!」


 坂井が運転する車の後部座席に乗り込み、有凪はくちびるを尖らせた。


「カメラマンの宮部さん?」


「そう」


「やっぱり、香椎くんに張り付いてないとダメだな」


「別に平気だけどね。宮部さんは、すぐに引いてくれるから。でも、断るのが面倒くさい。イメージを壊さないまま『NO』を突き付けるのは大変だよ~~!」


 両手で頬をムニムニと揉む。酷使した表情筋が悲鳴を上げている。


「いつもの王子様キャラ?」


 坂井が、くすくすと笑う。 


 ルームミラー越しに、有凪は坂井を睨んだ。


「好きでやってるわけじゃないから! 社長命令だから仕方ないじゃん! 好き好んで王子様キャラとかするわけないし。普通に恥ずかしいんだからなーー!」


 後部座席で、有凪はキイキイと喚いた。


 香椎有凪は、王子様キャラで売っている。外見が儚げで麗しいんだとか。守ってあげたくなるらしい。……黙っていればの話だが。 


「だいたいさーー! 王子様なのに守ってあげたくなるって何!? お姫様なら分かるけど。王子様は助けに行く側じゃないの? ナイトとか言うじゃん」


「ナイトは王子様じゃなくて、騎士だよ」


 至極真っ当なツッコミをされ、有凪は押し黙る。


「……カメラの前で微笑を浮かべてると、たまに背中が痒くなる」


「まだ慣れないの?」


「永遠にムリだよ。キャラじゃないもん」


 しかし、仕事なのでやり遂げる。自分は自分である前に商品なのだ。王子様というパッケージがある以上、しっかりとその振る舞いをしなければならない。


 これは、社長である雪村景織子ゆきむらきょおこの受け売りだ。良いように丸め込まれている気がしないでもないが、ボスには従うものだ。


「でも、外見は確かにそう見えるよなぁ」


 うんうん、と坂井がうなずいている。


「そういえば、モデル仲間にも『王宮で暮らしてそう』とか言われたよ。ちょっと信じられない。どんな目してんのって話だよ」


 有凪は、自然豊かな……まぁ、簡単に説明するとド田舎で育った。王子様というより平民が似合っている。いたって普通の庶民なのだ。


 本物の上流階級の人間を知ってしまったので、余計にそう思うのかもしれない。


 同じ事務所の後輩に、そういった類のヤツがいるのだ。金持ちオーラを発していて、妙に余裕があって。年下なのに、アイツを前にすると気圧されてしまう。


 とにかく、鼻もちならない男なのだ。貧乏人の僻みと言われようとも、気に入らないものは気に入らない。


「あ、そうだ香椎くん。今日これから、事務所に行くから」


 坂井が思い出したように言った。


「何かあるの?」


「さぁ。社長から話があるみたいだよ」


 詳しい内容は、坂井も聞いていないようだ。


「社長から直々に……? 俺、何かしたっけ?」


 腕を組んで考える。けれど、まるで思い当たるフシはない。


「畏まらなくても良いと思うよ。そういう雰囲気じゃなかったし。どちらかと言えば、嬉しそうというか。ウキウキしてる感じだった」


「ふぅん……」


「そもそも、香椎くんは真面目だし。怒られるようなことはしてないでしょう」


 ルームミラー越しに、坂井と目が合った。


「品行方正な子を担当できて、マネージャーとしては助かってるよ」


「……別に」


 有凪は、ぷいっと窓の外に視線をやった。


 品行方正というか、単に人見知りで交友関係が狭いだけだった。あとは単純に、東京の街が怖い。


 ビビりなのは認める。しかし、都会は怖ろしい場所だ。ただ歩いているだけで、見ず知らずの人間から声をかけられる。人気のない場所へ引っ張りこまれそうにもなる。


 強引に金を握らされ「頼むから一晩だけ」と乞われたこともあった。それも、一度や二度ではない。さすがは欲望の街だ。おかげで田舎者の有凪は萎縮し、すっかり引きこもりになってしまった。


 その結果、マネージャーからは扱いやすいタレントとして見られているのだった。


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