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第十四章 【だから、それは何?】



只今21時45分。

仕事が終わり、春香を誘って近所の居酒屋に飲みに来ている。

なぜこんな時間かというと、今日は結婚式の2次会による貸切りの為、宴会終了に伴い店も営業終了となったからだ。


乾杯後、春香はいつも通り、ジョッキのビールを一気に半分まで減らした。


「疲れた!マジで疲れた!あいつら散らかすだけ散らかしやがって」


「あのはしゃぎようは凄かったね」


「食べ物はこぼしまくるわグラスは割るわ、歌い出すわ!カラオケにでも行ってろっつーの!」


完璧な接客に徹している分、反動が大きいんだろう。今日、何度春香の舌打ちを聞いた事か。


「新婦、20歳らしいよ。友達もみんな若かったしね」


「あたしが20歳の時はもっと節操あったわよ。ったく、今時の若もんは」


「ウチらも十分若いと思うが・・・」


「何言ってんの、もう25よ?アラサーよアラサー。あー!早く結婚したい!働かないで楽したい!」


「旦那の稼ぎだけで楽したいなら、お金持ってるおじさんと結婚すればいい」


春香はテーブルに頬杖をついた。「・・・最近、それでもいいって思い始めてるのよねえ。なんだかんだ言って、結局はお金だし?」


「節操はどこに行った」


「でもある程度の容姿は必要よ?ダンディーなおじさまならアリかも」


「ダンディーなおじさまは結婚してるか彼女いると思うけどね。お金持ちにこだわらず、普通の人と結婚して共働きする事をオススメします」


「なによ、早坂さんが稼ぎ良いからって余裕ぶっちゃって」


持っていた箸を落としかけた。「早坂さん関係ないし、稼ぎ知らないし、意味わからないし」


「早坂さんの話があったんじゃないの?」


今度は本当に箸を落とした。「・・・なんで?」


「だって、一真くんに内緒であたしの事飲みに誘うって事は2人じゃないと言いづらい事でしょ。イコール早坂さんじゃない」


この余裕な顔で断言されるのは癪に触るが、事実なだけに言い返せない。気を取り直して長芋のわさび漬けを一切れつまむ。


「ッ・・・」鼻の奥がツーンとなって涙が出てきた。ビールで長芋を流し込む。


「泣いてんの?とうとう振られた?」


「わさびだ!そしてとうとうってなんだ!」


「まあ、それはないか。早坂さん、アンタの事溺愛してそうだし」


「・・・溺愛って・・・」


春香は2杯目のビールを頼み、わたしも濃いめのハイボールを追加した。勢いをつけなければ話せそうにない。


「ヤケ酒?」


「・・・まあ、ある意味」


「何があったのよ」


「・・・あのさ・・・」とは言ったものの、切り出し方がわからない。ここはグダグダと経緯を説明するより、ハッキリ本題に入ったほうがいいよね。


そうこうしている間に、追加のお酒が運ばれてきた。春香はビール、わたしはハイボールをゴクゴクと喉に流し込む。そして、春香は痺れを切らしたようにジョッキをテーブルに置いた。


「あーめんどくさい!早く言え!」


「キスッ・・・」情けない事に、その一言しか出てこなかった。


「キスゥ?されたの?」


当たり前のように察してくれる春香に感謝だ。


「うん・・・と言っても、首にだけど」


「首にって、それどーゆうシチュエーションよ?押し倒された?」


「ぶぁ・・・っか!違う!その・・・抱っこされてて」


「抱っこぉ?待って、全然状況が掴めないんだけど」


「とにかく!状況は置いといてっ・・・首にキスする心理って、なに?」


春香は呆れたように上を向いた。「なんだ、ただのノロケか」


「ちがーう!本気で悩んでるんだって!」


「逆に何をどう悩むわけ?」


「だから、向こうが何を考えてるかわかんないから・・・」


「アンタら、本当に付き合ってないの?」


「付き合ってない!」


「嫌だった?」


「・・・何が」


「キスの話をしてるんでしょうが!」


「声がデカい!・・・嫌というか、驚いてそれどころじゃなかったというか」


「答えになってないわよ。嫌だったの?」


「・・・いやぁ・・・?じゃ・・・ない?」


「どっちよ。正直に言ってみなさい」


あの時の感情に、"嫌"という物が少しでもあったか?考えて、すぐに答えは出た。


「じゃない」


「はいおめでとう」しれっと言い、春香は自分のジョッキでわたしのグラスを鳴らした。


「なにが?」


「カップル成立記念」


「人の話聞いてた?」


「アンタは早坂さんが好き。早坂さんはアンタが好き。カップル成立。簡単な話じゃない」


「そんな事、一言も言ってないけど」


今度はうんざりしたようにテーブルに額をつけた。「あー、ホントめんどくさい。好きだからキスする。好きだからキスされても嫌じゃない。至って単純!ニホンゴワカリマスカー?」


「・・・わたし、早坂さんの事、好きなのかな」無意識に口から出ていた。


「どっからどう見てもね。アンタには難易度高いだろうけど、認めたほうが楽になるわよ」


「・・・なるほど」


「なによ、やけに素直ね」


この心のモヤモヤの意味を自分で理解した今、本当に楽になった。

そうか、わたしは早坂さんが好きなんだ。

いや、わかっていたけど、何処かに認めたくない自分がいたんだ。


「でもさ、早坂さんは、わからないんだよね」


「まあ、あたしはあの人の事よく知らないけど、遊び人のようには見えないけどね」


「遊び人・・・」早くも、モヤがかかる。


「あれだけの容姿よ?かなりモテてきたのは間違いないだろうし、その気になれば女なんか取っ替え引っ替えよ」


「取っ替え引っ替え・・・」


「でも、そこはアンタのほうがわかってるんじゃないの。どーゆう人か」


「・・・前にさ、他人には興味がないって言ってたんだよね」


「あー、それわかる気がするわ」


「そお?」


「うん、人当たりは良いけど、悪く言うと上辺だけっていうか、冷たさを持ち合わせてる感じはするわね」


「それ、わたしは感じないんだよね」


「はい、またノロケね」


「なんでだっ!意味がわからん!」


「アンタには違うって事でしょ。あたしから見ても、アンタに対する早坂さんの接し方は他とは違うわよ」


「・・・そうかな」


「うん。なんていうか、アンタが世界の中心って感じ?ちょっと怖さも覚えるくらい」


「前も言ったけどさ、過保護・・・なんだよね。異常に。それって、異性としてなのかなって」


春香はまた頬杖をつき、鼻からフーと息を吐いた。「こればっかりは、本人にしかわからないわねえ。聞いてみればいいじゃない」


「・・・なんて?」


春香は顎の下で両手をグーにした。「早坂しゃ〜ん、わたしのこと、どう思ってましゅか〜?って」


「・・・答える前に病院に連れて行かれそうだわ」


「気になるなら本人に聞くしかないわよ」


「・・・本人に、ねえ」それが聞けたら、苦労はしないんだが。


「ま、天然記念物には無理だろうけど。行動起こさないと何も始まらないわよ。それでもいいなら、いつまでもウジウジしてなさい」


今日は一段と風当たりが強い気がするが、聞いてもらった感謝と今日のストレスを考慮して、反論するのはやめておいた。




その日の夜、早坂さんからメールが入っていた。

次のわたしの休みに家に遊びに来ないかというお誘いだった。そういえば前に、またご飯を食べに来いって言われてたっけ。


酔っ払った勢いに任せてメールで聞いてみようと思ったが、実行に移すほど酔ってはいなかった。

よろしくお願いします。とだけ返す。


ベッドに横になり目を閉じると、早坂さんの顔が浮かんだ。笑っている顔、真面目な顔、わたしを叱る時の顔。


わたし、好きなんだな──。

思えば、これが初恋になるのか。24の女が言う事じゃないよなと、自分で笑えてくる。


早坂 遊里。あなたには、わたしがどう映ってますか?

それがわかるなら、全財産叩いて文無しになっても構わない。


あ、叩くくらいのお金なかったんだ。そんな事を思いながら、意識が遠のいていった。








早坂さん宅へと向かう当日、起きて鏡を見たわたしは思わず発狂しそうになった。

頬に吹き出物が2つ。それも、なかなかの大きさだ。ここ連日の飲酒と深夜の海外ドラマ鑑賞という不規則な生活のバチが当たったんだろう。なにも今日現れてくれなくても・・・。

ポーチの中のコンシーラーを確認する。今日はキミにお世話になりそうだ。


萎えた気持ちでコーヒーを淹れ、昨夜良いところで終わった海外ドラマの続きを再生する。

リアルタイムで事が進む刑事物のドラマは、昔爆発的に流行ったが、その時はなぜか観る気になれず、今になってデビューしたのである。これがまた、時間を忘れるほど面白い。ハラハラドキドキの連続で常に続きが気になり、あと1話!が永遠に続くのである。



案の定、観始めたらあっという間に午後になっていた。

シャワーを浴びて、化粧に取り掛かる。この憎き吹き出物をコンシーラーでしっかりと隠し、いつもよりパウダーを多めに塗る。若干ケバくなった気がしないでもないが、これくらいは許容範囲だろう。


5時半に迎えに来るという事になっているが、あと1時間はある。迷わず、ドラマの続きを再生した。

わたしの好きな登場人物が銃で撃たれるという衝撃的な展開で1話が終わったが、続きを観る時間はない。今日も帰ってから深夜コースだと確信しながら家を出た。


10分前に出たが、早坂さんの車はアパートの前に停まっていた。しかし、肝心の本人がいない。運転席にもおらず、辺りを見回してもいない。はて、いったい何処へ?


「あ、雪音ちゃん」


声がするほうを向くと、アパートの敷地の裏側から早坂さんが顔を出した。


「こんばんは。何してたんですか?」


「うん、ちょっと偵察」


「偵察・・・って、なにを?」


「あなたのお家」


「・・・なぜに?」


「セキュリティに問題あるのはわかってたけど、思ったより酷いわね。登ろうと思えば外から簡単に2階のベランダに行けるわよ。いつ引っ越すの?」


「・・・引っ越すなんて言いましたっけ、わたし。それに、簡単には登れないと思います」


「最低でも4階以上、オートロックのところにしなさい。出来るだけ早くよ」


──だめだ、すでに過保護モードに突入している。「ここが気に入ってるんです。河原も近いし。車、乗りますね」


「河原の近くにもセキュリティのしっかりしたところはあるわよ」


「そーゆうところは高いんです」


会話を遮るように助手席のドアを閉めた。早坂さんも続いて運転席に乗り込む。


「家賃のこと?出してあげるわよ」


「・・・それを、はい、お願いしますって受け入れると思いますか?」完全に呆れ口調になった。


「気にしなくていいのよ?」


「無理です」


「あたしの為だと思って、ね?」


「嫌です」


早坂さんは不満そうに黙り込んだ。「まあ、なんとかするわ」そう呟き、車を発進させる。


なんとかって、何をするつもりだ。ちょっと、怖くなった。


「今日は瀬野さんとは別行動なんですね」


「なんのこと?」


「や、前回は瀬野さんが迎えに来てくれたので」


「なあに?瀬野のほうがよかったの?」早坂さんの口が尖る。


「いや、道的に瀬野さんがわたしを拾って行ったほうが効率がいいって前に言ってたから」


「それはそうだけど、今日は瀬野は来ないわ」


「えっ!!」ということは、2人きり?おばあちゃんは居るにしても、急に緊張してきた。瀬野さんには声をかけなかったんだろうか。


「一応声はかけたんだけどね。用事があるみたい」


──なんだ。あえて2人きりを選んだわけじゃないのか。内心、少しふてくされる。


「まあ、あたしとしてはラッキーだけど」


早坂さんはいたずらっぽい笑みを浮かべた。また、意味深な発言だ。でも、そんな何気ない一言で一喜一憂する自分がいる。


「・・・おばあちゃん、元気ですか?」


「ええ、元気よ〜。あなたに会えるの楽しみにしてたわ」


「ふふ、わたしも楽しみです」








2回目の早坂邸。前回来た時も十分に驚いたが、今回もまたそれを隠せない自分がいた。


「雪音ちゃん?どうしたの?」


玄関先で立ち尽くすわたしの耳元で早坂さんが囁いた。


「いえ、相変わらず立派だなと。ていうか、近いです」


早坂さんは背後霊のように背中にピタリとくっついている。


「ほんとそうよねえ。一人暮らしにはもったいないわ」


「・・・わたしも、こんな家に住みたいな」


何気なく言ったつもりだったが、早坂さんが背後からわたしの顔を覗き込んだ。


「いいわよ、一緒に住む?」


早坂さんの顔はわずか数センチ前で、少し動けば唇が触れそうだった。


「さっ、おばあちゃんに挨拶挨拶」


動揺を隠しながら玄関へ進み、早坂さんが開けてくれるのを待った。


「何してるの?」 早坂さんはわたしより後ろにいる。


「何してるのって、鍵開けてもらわないと」


「開いてるわよ」


「えっ!」 驚いて確かめると、本当に開いている。


「鍵、閉めないんですか?」


「ええ、閉めたことないわ」 早坂さんはしれっと言った。


「・・・不用心すぎでは?」


「そお?美麗ちゃんもいるし、気にしたことないわ」


── おばあちゃんもいるしって、普通の人には見えないじゃん。

人の事危機感が足りないって怒るくせに、自分もでは?


「なあに?その顔」


「いえ別に。世の中物騒ですから、鍵くらいはかけたほうがいいと思いますよ」


「まあ、そおね。次からかけるわ」


たぶん、かけないだろうな。この言い方は。


「さ、入って入って」


早坂さんに背中を押されるように中へ入り、玄関ドアが閉まると、それと同時に奥の部屋の扉が開いた。ひょこっと顔を覗かせる小さな人物。


「あっ、おばあちゃん!」


「雪音、来たが!」


おばあちゃんは齢を感じさせない軽い足取りでわたしの元へ駆け寄って来た。


「久しぶりだね、元気?」


「ガッハッハ!オラァこの通り元気だ!雪音も元気そうだな!」


久しぶりにおばあちゃんの豪快な笑い声を聞いて、自然と笑みが溢れた。


「うん、わたしも元気だよ。会いたかった」


「そうがそうが!オメーはいづ見でも、ベッピンだなぁ!」


「ふふ、ありがとう。おばあちゃんも可愛いよ」


「そうが?ガッハッハッ!」


ふと早坂さんの顔を見ると、目を細めてわたしを見ている。何か言いたそうだ。


「なんですか?」


「ふん、あたしには会いたいって言ったことないのに。美麗ちゃんにはそんな笑顔で言うのね」


イジけモードだ。


「ダッハッハッ!ふてくされでだぞ!雪音、遊里にも言ってやれ!ベッピンだって!」


「そうですね、早坂さんは綺麗です」 それだけは紛れもない事実だ。


早坂さんはハアと肩を落とした。「そんなの嬉しくないわ。どうせあたしは女顔よ」


「美形って事じゃないですか。わたしは好きですよ、早坂さんの・・・」言いかけてハッと停止した。今、普通に好きって言ったよな、わたし。いや、ここで止まったらダメだろう。顔がって、あくまで顔がって言わなきゃ。早坂さんはジッとわたしを見ている。


「早坂さんの・・・?」 早坂さんが返事を急かすようにわたしに1歩近づく。


「早坂さんの・・・容姿が!」


早坂さんはまた目を細め、さらに肩を落とした。「遊里、ぜんぜん嬉しくな〜い」


「なんでですか、容姿が良いに越した事はないですよ」


ここで終わると思ったが、早坂さんは更にわたしに近づき、顔を寄せた。


「容姿だけ?」


──いや、近いから。


「いや・・・容姿だけというわけじゃ・・・」


「じゃあなに?」


「・・・なにって、何を言わせたいんですか・・・」


「あなたの本音よ。さあ、あなたはだんだん言いたくな〜る〜」


これ以上縮められないほどの距離に早坂さんがいて、それどころではない。


「本音って・・・」言いかけて、思った。それ、わたしの台詞では?圧をかけてくる早坂さんの目をジッと見つめた。「早坂さんは?」


「え?」早坂さんは言葉の通り、キョトンとしている。


「早坂さんは・・・・・・わたしの事、どう思ってますか」


最後が聞き取れるかわからないほどか細くなってしまったが、早坂さんには聞こえたようだ。

虚を突かれた顔をしている。わたし自身、自分の口から出た事に驚いている。


早坂さんは少しの間わたしを見つめると、ニコリと笑い、いつものように頭に手を乗せた。


「可愛くてしょうがないわ」


──たぶん、それも嘘ではないんだろう。


でも、わたしが聞きたいのは──・・・「それだけですか?」


早坂さんが真顔に戻る。わたしを見るその目には、驚きと困惑が見て取れた。

話題を逸らすべきか──いや、わたしは知りたい。この人が、わたしに対してどんな感情を持っているのか聞きたい。

早坂さんは一瞬口を開きかけたが、すぐに閉じた。



ここで、おばあちゃんがわたしの腕を掴んだ。「雪音!早ぐ中に入れ!」


それに安心したのは、早坂さんだ。顔を見てわかった。いや、実際、わたしもだ。聞かなくて良かったと思う自分が何処かにいた。

早坂さんがわたしの頭に置いた手をスッと離す。


「そうね、入りましょう。ご飯の準備するわね」早坂さんはいつもと変わらない笑顔に戻った。


「・・・はい」


安心と同時に心にかかるモヤモヤ。それは意気地なしな自分に対してだ。自然とため息が漏れた。





今日のスペシャルディナーはなんと、和食だった。海老と筍の入った茶碗蒸し、鯖の味噌煮、塩風味の肉じゃが、舞茸の炊き込みご飯に魚のすり身のお吸い物。見た目だけでグッと胃袋を掴まれたが、その味ときたら、言葉で表すのが難しいほど素晴らしかった。どれをとっても絶品。一口食べる度に発狂した。そんなわたしを見て、早坂さんはおかしそうに笑っていた。




食後、食器洗いを買って出たが、早坂さんに即却下された。お客さんは黙って座っていなさいと。わたしも譲らず、2人でやるということで折り合いをつけた。



「早坂さんて、作れない物あるんですか」


「ん?料理の話?」


「はい」


早坂さんは皿を洗っていた手を1度止めて考えた。「んー、どうかしら。まあレシピがあれば出来るわね。誰だってそうでしょうけど」


「・・・いや、レシピ通りにやっても上手くいかない事もありますよ」


「まあ手際の問題もあるしね。そーゆう意味では慣れかしら?」


「手際・・・」先程から早坂さんの洗った皿がどんどんわたしの前に積み重なっていく。わたしも負けじと拭いているが、手際の違いとはこの事か?


「雪音ちゃんは?料理するの?」


「・・・早坂さんには言いたくないんですけど」


「えっ、なんでよ」


「アレを見たら、わたしのは料理なんて言えません」


「どーゆうこと?」


「・・・いや、そのまんまです。フライパンで炒めるくらいだし」


今考えれば、手の込んだ料理なんてした事あったか?大体冷蔵庫の余り物をフライパンにぶち込んで、適当な調味料で味付けするくらいだ。料理というには程遠い。


「それだって、立派な料理じゃない。自分が美味しく食べれれば何だっていいのよ」


そんなふうに優しく言われると、そうだと思えてくる。


「・・・早坂さんて、昔から料理が好きだったんですか?」


早坂さんは最後の皿を洗い終えると、わたしの手から布巾を取り上げ自分で拭き始めた。


「遅くてスミマセン・・・」


「そーゆう意味じゃないわ。そこに座ってなさい」


「そこ?」


早坂さんは答える代わりにわたしの両脇を掴み持ち上げ、シンクの隣のカウンターに乗せた。

──なんという早業。


「あら、怒らないのね」 早坂さんは何処か面白そうだ。


「抵抗しても無駄だとわかったので・・・」


「あら、良かったわ。とりあえず第1歩ね」


──どういう意味だ。


「今でも、料理が好きかどうかわからないわ」


「え?」


「普段、自分の為に手の込んだ料理なんてしないしね。ただ、あたしが作ったご飯を誰かが幸せそうに食べるのを見るのが好きなのよ」今はわたしの方が目線が上だから、早坂さんの睫毛の長さが際立つ。「さっきのあなたのようにね」笑顔を向けられ、心臓がギュッとなった。


「それは、やっぱり好きって事ですかね」


「うーん、そうねえ。まあ、好きな方ではあるんだと思うわ」


「あはは、なんなんですかその曖昧な言葉は」


ふと、思った。ここでわたしが、"じゃあわたしの事は好きですか?"と聞いたら、どんな顔をするだろう。さっきみたいに困った顔を見せるだろうか。


早坂さんに見つめられて、自分が見つめていた事に気づいた。


「わたしは好きですよ」


「え?」


そのまま、目を見つめた。「好きです」


早坂さんも目を逸らさない。


「好きです。早坂さんの・・・料理!」


ニコリと笑って見せた。

早坂さんはキョトンとすると、気が抜けたように笑った。


「なんだか、嬉しいのか嬉しくないのかわからないわね・・・」


わたしは早坂さんの視線から逃げるようにピョンとカウンターから飛び降りた。


「なんでですか?喜ぶところですよ」


そのままそこから去ろうと思ったが、早坂さんの腕に前を塞がれた。そのまま押し戻され、早坂さんはわたしを挟むようにカウンターに手を置いた。


「あ、あの・・・早坂さん?」


いつもの見上げる体制に戻ったが、近すぎて顔を上げる事が出来ない。視界は早坂さんの黒いティーシャツ。早坂さんの手が顎に添えられ、上を向かされた。

自分が今、どんな顔をしているのかわからない。逃げたくても、早坂さんの真っ直ぐな目がわたしを捉える。


「雪音ちゃん」


「・・・は、はい・・・」


「あなた・・・」


自分の心音のせいで早坂さんの声が聞きづらい。


「お肌荒れてるわよ」


「・・・・・・はい?」


「ほっぺにニキビが出来てるわ」そう言い、早坂さんはわたしを横に向かせ頬をまじまじと観察した。「不摂生してない?ちゃんと栄養ある物食べてる?」


一気に、身体の力が抜けた。

何を言うかと思えば、そこ?引き止めて、それを言う?さっきまで馬鹿みたいに緊張していた自分がアホくさくなったきた。それと同時に恥ずかしさも押し寄せる。

わたしは早坂さんの手を払い、頬を手で隠した。


「・・・寝不足と飲酒が祟ったんです。それに大人になって出来るのは、ニキビじゃなく吹き出物って言うらしいですよ」 少し、つっけんどんな言い方になってしまった。


「お酒好きなの?」


「まあ、人並みには」


「飲む?」


「・・・えっ?」


「ビールなら冷蔵庫にあるわよ。あとウイスキーと」


「飲みます」


早坂さんはプッと笑った。「早いわね」


「ウイスキーください。ロックで」


「・・・大丈夫?まあ、帰りはちゃんと送ってくけど」


「・・・あ、でもそしたら早坂さん飲めないですよね」


「あたしはいいのよ。いつも寝酒に軽く飲むくらいだから。美麗ちゃーん、あなたもウイスキー飲む?」


「えっ!」


早坂さんの呼びかけに、おばあちゃんがリビングからひょっこり顔を出した。


「飲むべ!氷はいらねぇぞ!」


「あいあい」


「おばあちゃん、飲めるんだ・・・」


「ウイスキーは飲むのよ。嫌いらしいけどね」


──どういうこと?あえて聞きはしないが。




早坂さんは重厚感のある立派なロックグラスでウイスキーを作ってくれた。わたしの量が半分なのに対して、おばあちゃんのグラスには氷無しで並々と注がれている。大丈夫なのか?

乾杯後、おばあちゃんはそれをゴクゴクと一気に半分まで飲み、わたしは口に含んだウイスキーをグラスに戻しそうになった。


「ちょっ、おばあちゃん!一気に飲み過ぎだよ!大丈夫!?」


おばあちゃんは水でも飲んだかのように涼しい顔をしている。


「うん、まずい!」


「まずいって・・・それなのに飲むんだ」


「雪音も早ぐ飲め!」そう言って残りの半分を飲み干す。見ているこちらが酔いそうだ。


「言ったでしょ美麗ちゃん、人間はアルコールを一気に摂取出来ないって。美麗ちゃんみたいに飲んだら身体壊しちゃうわ」


「そうが!ダッハッハ!遊里、おかわり!」


早坂さんはテーブルに置いたウイスキーをまた並々とおばあちゃんのグラスに注いだ。

これ、国産のかなり高価なウイスキーだけど。


「おばあちゃん、酔わないの?」


「酔うわよ。いつだったか1本空けた時は、その辺に唐辛子撒き散らしてキッチンのキャビネットの中でウイスキーの瓶と寝てたわ」


「・・・プッ」その姿を想像して可笑しくなった。おばあちゃんならキャビネットの中にも入りそうだ。


「まったぐ覚えてねえ!ダッハッハッ!」


「だからこの1杯で終わりよ美麗ちゃん」


「わがった!まずいからもういらねっ!」おばあちゃんはソファーから身軽に飛び降りると、テレビ台の引き出しから何かを物色し、わたしの元へ持ってきた。


「あ、トランプ?」


「んだ!雪音、出来るが!?」


「うん、出来るよ。やる?」


「ババ抜きだ!やるべ!遊里もな!」


「やっぱりやるの?」と、早坂さんは苦笑いだ。「この前教えたら、ハマっちゃってね。2人でやってもつまらないって言ったら、雪音ちゃんが来たら一緒にやるって張り切ってたのよ」


「なるほど・・・いいですね、じゃあやりますか、ババ抜き」


実際、トランプなんて何年ぶりだろう。いや、何十年ぶり?子供の時に遊んだ以来だ。


「言っとくけど、美麗ちゃんとは勝負にならないわよ」


早坂さんの言葉の意味は、すぐにわかった。おばあちゃんは自分がババを持っている時、顔が険しくなる。そしてそのババに手をかけると表情がパッと明るくなる。わかりやすいにも程があるだろう。途中何度か指摘をしたが、我慢出来るのは最初だけですぐに表情に出てしまうのだ。


「ねえ、まだ続ける?」5ターン目が終わったところで、早坂さんがトランプを置いた。


「いえ、やめましょう。これ以上は、おばあちゃんがかわいそう・・・」


「1回も勝てながった!遊里もつえーども、雪音もつえーな!ガッハッハッ!」


「・・・おばあちゃんには誰でも勝てると思う」


「今度あなたが来る時までに特訓しておくわ」


「今度は瀬野さんも含めて、4人でやりましょう」


早坂さんは笑いながら片眉をクイっと上げた。「アレはアレで問題ありだけどね」


「どーゆうことですか?」


「勝負事向いてないのよ」


「あー・・・なんとなく、わかる気が・・・」


超がつく正直者の瀬野さんの事だ、おばあちゃん同様、わかりやすいんだろう。早坂さんはクスクス笑いながらトランプを束ねた。


「いつの間にかこんな時間ね。雪音ちゃん、そろそろ送ってくわ」


気づいたら、22時を回っていた。ご飯を食べてトランプをしただけなのに、楽しい時間はあっという間だ。本当はまだ居たかったけど、我儘は言えない。


「よろしくお願いします」と、ソファーから立ち上がった瞬間、ふらつく足元。そのまま前につんのめりそうになり、早坂さんの腕に支えられた。


「ご、ごめんなさい・・・」


「あなた、酔っ払ってる?」


「いや、まさか。だって、そんなに飲んでないし・・・」


「ロックで3杯飲んだわよ?」


「えっ!2杯では?・・・だとしても、そんなに酔うはずは・・・」


「氷で薄まってるとはいえ、元々度数が高いからね。慣れてないと酔うわよ」


確かに、普段からハイボールは飲むが、ロックで飲むのは初めてだった。それに口当たりが良すぎて、ハイペースだったのも否めない。


「ええ・・・酔っ払ってるのかわたし・・・」


「大丈夫?気持ち悪くない?」早坂さんはしっかりとわたしの腕を掴んでいる。


「そこまでじゃないです。むしろ気持ち良いくらいで・・・」


「あらそう、じゃあ良かった」早坂さんは何処か面白そうだ。「車まで行ける?抱っこして・・・」


早坂さんに強行に出られる前に、バッグを身体に掛け、玄関へと向かった。


「おばあちゃん、今日は楽しかった。またトランプやろうね・・・今度はババ抜き以外で」


「ガッハッハッ!また来いよ雪音!」



おばあちゃんに見送られ車へ向かうわたしに、ピタリとくっついてくる早坂さん。わたしが転ぶとでも思っているんだろうか。そこまで酔っていないし、万が一転びそうになっても自力でカバーは出来る。


「1人で乗れますから」


「わかってるわよ」


いや、わかってないでしょ、この距離感は。案の定、早坂さんはわたしが助手席に乗り、シートベルトをしてドアを閉める所まで見届けた。


── この人は、何を考えているんだろう。なんだか、訳もなく無性に腹が立ってきた。

運転席に着いた早坂さんと目が合う。


「・・・睨まれてる?」


「いいえ」



心地良い車の揺れに、暗闇の中静かに流れる洋楽。良い感じに酔いが回ったわたしには最高の睡眠要素だった。シートに身体を預け、おりてくる瞼に抗いながら窓の外の景色に意識を向ける。


「寝ていいわよ。着いたら起こしてあげるわ」


「・・・イヤです」窓に向かって言った。


「嫌って・・・半分目、開いてないわよ」


「・・・この車が悪いんです」


「え」


「居心地良すぎて、すぐ眠くなる」


「アハハ、まあ、それは何よりだけど。いいから寝なさい」


「眠くないです」


「・・・頑固ねえ」 早坂さんの口調は呆れ笑いだ。


「早坂さんは、たらしですよね」


そんな事を言う気はまったくなかったのに、勝手に口から出ていた。やっぱりわたし、酔っ払ってる?


「たらし?って・・・ちょっと、何よそれ」


「そのまんまですよ。たらしの中のたらしだ」

そのまま窓に向かって呟いた。


「・・・初めて言われたわそんな事」


「そうなんですか?てっきり自他共に認めてるものかと」


ぶっきらぼうな言い方になり、ああ、やっぱりわたし、酔っ払ってるわ。


「なんだか言い方にトゲがあるわねぇ・・・ややっぱり何か怒ってる?」


「怒ってません」


「じゃあ、あたしの顔見て言ってみて」


「運転中は危ないので前を向いてください」


ウインカー音が鳴り、減速した車がゆっくりと路肩に停められた。わたしが隣を向くより先に、早坂さんがわたしの顎に手を添えて自分を向かせる。


「ん?」 早坂さんはそれしか言わない。


「・・・ほら」 今のは、わたしだ。


「え?」


「こーゆうの」


「何が?」早坂さんの表情を見る限り本当にわかっていないようだ。


「たらし」


早坂さんは目をパチパチさせると、自分でも驚いたようにわたしの顎から手を離した。


「すぐそーゆう事するところが、たらしって言ってるんです」


「・・・すぐそーゆう事って、あたしがいつもしてるみたい言い方ね」


はあ?口には出してないが、顔に出ているのが自分でわかる。いつも、してるだろう。あの時の首にキスとか、今日のキッチンでの事とか。


「わかりませんけど、わたしのように思ってる人は他にもいると思いますよ」


「あなた以外にこんな事しないわよ」


驚いたのは、わたしだけじゃなかった。早坂さんは何処か苛立ちながらも、自分の発言に自分で驚いていた。


「なんで?わたしだけ?」


いつもなら、ここまで食い付かない。高級ウイスキーがわたしを後押ししている。

早坂さんは、また同じ顔をした。困惑。でもここには、話を遮る人は誰もいない。わたしは待った、この人から返ってくる言葉を。



そして、──沈黙が破られた。

早坂さんの着信音によって。


「もしもし?」 早坂さんは、ものの数秒で電話に出た。「ええ、今雪音ちゃんを送ってるとこよ。ええ、場所は?──そう、わかったわ。了解」


携帯が耳元から離れると、早坂さんは一点を見つめ、何か考え込んだ。


「瀬野からよ。妖怪の仕業と思われる事件の報告があったみたいなんだけど、雪音ちゃん・・・」


「行きます」


早坂さんはやっぱりねというように溜め息をついた。


「まだ何も言ってないわよ」


「伝わりました」


「そお?だといいんだけど」


これは皮肉だというのがわかったからスルーする。


「場所は何処ですか?」



「山中としか聞いてないわ。詳しい事は追って連絡するって」


そう言い、早坂さんは車を走らせた。


「・・・どんな事件なんだろ」


「さあねぇ、大した事ないといいけど」



──ふと、あの時の事が脳裏を過ぎった。

わたしの地元の公園に現れた女の子。化け猫と呼ぶには違和感を覚えるほど小さく、一見、普通の子供と見間違えるような妖怪だった。それでも、人間に危害を加える者は容赦なく始末するしかない。


「山の中か・・・」考えると、少し鳥肌が立った。


「怖い?」 早坂さんが言った。


「・・・少し」


「虫が、でしょ」


これには、驚いた。「すごい、よくわかりましたね」


早坂さんはまた息を吐き、両手をハンドルの上で組んだ。


「だいたいわかってきたわ。一応言っておくけど、怖がるのはソコじゃないから。一応言っておくけど」


「そんなに強調されると一応の意味が変わってきますね」


「まあ、言ったってしょうがない事はわかってるのよ。どうせあたしの言う事なんか聞かないし」


ブツブツと、独り言のようだった。


「用心します」


信用されてないのは早坂さんの物言いたげな横目でわかったが、ポンと頭に乗る手は優しかった。わたしに微笑む表情も。



そして毎度の如く、あっという間にアパートの前に到着した。

なんで、帰りはこんなに早く感じるんだろう。──それだけ、帰りたくないと思っているから?自分の気持ちを自覚すると、気づく事があるものだ。

早坂さんの家がもっと遠くだったらよかったのに。いや、それだと早坂さんが大変だろう。あくまでも冷静でいたい自分がいる。


「じゃあ、おやすみなさい。今日は・・・今日も、ご馳走様でした」


わたしがドアを開ける前に、早坂さんが運転席から降りた。車の前方から助手席へ回り込み、ドアが開く。


「・・・ちゃんと降りれますから」


「この車高いから。念の為、よ」


「そこまで酔ってません」


それを証明する為、座席からピョンと飛び降りた。当然のように着地するつもりだったが、脳の指令が上手く身体に伝わらず、バランスを崩してしまった。案の定、また早坂さんの腕にしがみつく形となった。


「・・・・・・スミマセン」


おずおず早坂さんを見上げると、片眉を上げてニヤリと笑った。


「いいのよ」


この得意げな顔が、なんとも腹立たしい。

早坂さんから離れようと腕を伸ばすと、その腕を早坂さんが引っ張った。


「ぅおっ」わたしはまた、早坂さんの胸にしがみつく体制となる。「なんですか・・・」


「なにが?」


なにがって──また離れようと腕を伸ばすと、今度は両手首を掴まれ早坂さんの背中に引っ張られた。手と手がくっつき、結果、わたしは早坂さんに抱きついている状態となる。


「だから・・・なんですかっ」


「ふふ、酔ってるんじゃない?」


──これは、遊ばれている。

わたしはすぐに反撃に出る事にした。早坂さんの背中から脇へと手を移動し、思いきりくすぐってやった。


「ギャッ!ちょっ・・・やめ、やめなさい!」


「断る」ドスを聞かせて言い、くすぐる手に力を込めた。


「ゴメンゴメン!あたしが悪かったわ!」


早坂さんはわたしの攻撃から逃れようと、わたしを思いきり抱きしめた。身動きが取れないほど強く。そして、頭のてっぺんに何かが押し付けられた。早坂さんがふう・・・と息を吐き、それを髪の中で感じた。


その時わたしが思ったのは、いつ、髪洗ったっけ?家を出る前にシャワーを浴びたからセーフだよね。──いや、何がセーフ?

お酒が入っているせいか、緊張より安堵している自分がいる。


しばらくわたしを抱きしめた後、早坂さんは身体を離した。さっき息がかかった所に手を置き、子供のように撫で撫でする。


「帰りましょうか」


「・・・あい」


「あっ、そうそう、忘れるとこだったわ」


そう言うと、早坂さんは後部席のドアを開けて中から紙袋を取り出した。それをわたしに渡す。反射的に受け取ったが、ズッシリと重い。


「なんですかコレ?」


「今日の残りよ」


「えっ!・・・また頂いていいんですか?」


「そう思って多めに作っておいたの。冷凍も効くから、ゆっくり食べなさい」


「嬉しすぎる・・・」


「いい?お酒ばかり飲まないで、ちゃんと栄養のある物を食べなさい。睡眠も大事よ。若いからって油断してると後々出てくるんだから」


オカンモードが発動した。


「若くないですが、気をつけます」


早坂さんの手がわたしの頬に出来た吹き出物をチョンと小突いた。


「早く治るといいわね」


「ああ・・・まあそのうち、治ります」


「まあ、何が出来ようとあなたの可愛さは変わらないから大丈夫よ」


──こういうところが、たらしだと思うんだけどなぁ。


「顔にドデカいイボが出来ても、そう言えますか」


「ええ」 即答だ。


「顔中がホクロだらけになっても?」


「ええ」


わたしが懐疑の目を向けると、早坂さんはニコリと笑った。


「言ったでしょ、あなたは内面から滲み出る可愛さがあるの。イボが出来ようが巨漢になろうが可愛いわ」


あまりの清々しい言い様に、噴き出さずにはいられなかった。


「巨漢になったらなったで怒られそうですけどね、不摂生だって」


「大丈夫よ。その前にあたしが止めるから」


「お願いします」


「でも、あなたはもう少し太ったほうがいいわ」笑っていた早坂さんが真顔になった。「身体の線が細すぎるわ。そのうち骨が飛び出るわよ」


「・・・至って平均体重ですので、ご心配なさらず」


「嘘おっしゃい。あなた、内臓入ってないんじゃないかと思うくらい軽いわよ。言われた事ない?」


「・・・そもそも、自分の体重がわかられるような状態になった事がないので。誰かを除いて」


「まあ、そうね。そんな事はなくていいんだけど」──出た、"得意"の意味深発言。なくていいと思う、その理由(ワケ)は?そこが1番知りたいところなのですが。「ちょっと、再確認してもいい?」


早坂さんの手が伸びてきて、わたしは素早く後ろに引いた。


「帰ります」


早坂さんは、「そうね」と可笑しそうに笑った。

自分には皆無なこの余裕がまた、腹立たしい。本当はもっと怒って見せたいが、この笑顔を前にそれは不可能だ。


「はあ・・・じゃあ、おやすみなさい」


「今溜め息ついたわよね」


「勝手に出るんです。では」


「なんの溜め息?ねえ」


早坂さんの追及を無視してその場を離れた。アパートの階段を数段上り、振り返る。


「気をつけて帰ってくださいね。さっきの件、連絡待ってます」


早坂さんは頷き、ひらひらと手を振った。




部屋に戻り、早坂さんからのご褒美を大事に冷蔵庫へ送り届ける。そのまま着替えもせず、ベッドに仰向けに横たわった。


"あなた以外にこんな事しないわよ"


──結局、あの言葉の真意を聞く事は出来なかった。

早坂さんはなんであんな顔をするんだろう。思わせぶりな事をしたり言ったりする割に、核心を突こうとすると、困惑の表情を見せる。


そもそも、わたし以外にそんな事しないって、なんだ?逆の意味に取れば、わたしが好きだからするという事では?


──・・・一瞬でも自惚れた自分に、ビンタを喰らわせたくなった。そして、実行に移した。

都合の良いように考えるな。あの人は、一言もそんな事言ってないじゃないか。春香や一真くんの言葉を鵜呑みにしてはダメだ。


「はあ・・・」


部屋に帰ってきてから、何度目の溜め息だろう。


ねえ早坂さん、あなたの"ソレ"は、いったい何・・・?




































































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