15
他に人がいないトイレ前では、怯えた表情の佳奈を、腰に手を当てた夏希が射抜くような視線で睨んでいた。
「椎名先輩の邪魔する気はなかったんです。私はただ源先輩に、気持ちだけ伝えておこうって思って……」
消えそうな声で言う佳奈を、夏希は表情を変えずに責める。
「あのね、わかってるだろうけど、源くん、ぱっと見はぶっきらぼうだけど、ほんとは親切で優しくて。あんたみたいなお子様と関わって、ロリコン疑惑を掛けられていい人じゃあないの。わかった? ってかわかって。そんでもって、もう源くんと関わるのやめて。源くんの半径十メートル以内に近寄らないで」
泣きそうになる佳奈。そこに恭介が現れる。
「なんか切羽詰まった話をしてるよな。俺もぜひ混ぜてくれ。綺麗さっぱり、解決してやるからさ」
冷めた思いの恭介は、重厚感たっぷりに二人の会話に割り込んだ。重さを意識した遅い足取りを止める。
「源くん」
「先輩……」
二人は恭介の方を振り向く。
「椎名さん、今その子のことチビって言ったよね。なんで? その子椎名さんになんかしたの?」
恭介に詰め寄られた夏希は、完全に目が泳いでいた。
「いや、その……」
「さっきの話聞こえたよ。椎名さん俺のこと好きなんだよね。でも俺、何にも悪いことしてない子をチビっつってバカにする人とは関わりたくないよ」
俺も同じこと言っちゃったんだけどな、と心の中で呟く。
「俺その子と話あるから、椎名さんちょっとよそ行っててくれる?」
無言で聞いていた夏希だったが、とぼとぼと歩き始め、去っていった。
夏希の方には目をやらず、恭介は暖かい顔で佳奈を見続けていた。
「手紙読んだよ。ほんとごめんな。俺のためにいろいろしてくれてたのに、別の子の恋愛相談持ちかけたりして。俺が好きだったのさっきの椎名さんなんだよ」
「……実は知ってました。椎名先輩、よく源先輩の話してますから。私、椎名先輩にあんまり好かれてないみたいで……」
言い終わると同時に俯く佳奈を、恭介は真剣な顔で見つめる。
「ちょっと君にお願いがあってな」
佳奈は顔を上げた。
「なんですか?」
恭介は視線をそらし、指で顔を掻きながら続ける。
「まあ、あれだな。あの時の君風に言うとだな『これから俺と一緒にいてくれませんか』ってとこかな」
「……先輩」
佳奈は、顔をくしゃくしゃにして泣き始めた。
「でも先輩、椎名先輩にあんなこと言ったらクラスで……」
恭介は晴れやかな様子で口を開いた。
「そうだな。ちょっとめんどくさいことになるかもな。ま、でもなんとかなるよ」
佳奈は知らないが、恭介は狩野にも嫌われている。二人が結託して恭介を責めるようなこともあるかもしれない。
だが恭介には、逃げる気はなかった。それが佳奈の身長を馬鹿にして、佳奈の前で夏希のことを相談した罰であり、同じように苦しみを味わってこそ、恋人関係だと思うから。
佳奈を見つめ続ける恭介は、自分の中に強い感情が満ちるのを感じていた。
この子のためなら何でもできる。甘くも激しいその感情は、恭介に果てしない無敵感を与えていた。