澄み渡る青空の下。
――カーン、カーン
小川近くの水車小屋から金属音が響く。
「旦那様、いらっしゃいませ」
今日は城下の領内の見回りだ。
水車小屋では、工員のドワーフに案内を受ける。
「これが新式の鍛造機です」
「……へぇ」
ドワーフが人間より力が強いとはいえ、水車が作り出す巨大な力には勝てない。
ここでは、もうもうと上がる蒸気の中、熱した鉄を水車の力で叩いていた。
ここ古城の周り、改めベルンシュタイン領の主要産業は鉱業。
鉱石や石炭を掘り出し、加熱精錬して行商人に販売するのが主な収入源だった。
ベルンシュタイン領の住人の85%は、買ってきた非人族系の奴隷が元である。
ほとんどが奴隷期間を満了し、そのまま住んでくれているのだ。
自分が買った奴隷だからといって、厳しく扱えば逃げられるかもしれないし、そうなれば管理するのが大変なのだ。
……なぜ非人族系なのかって?
私が人間を嫌いだからだ。
他に理由は無い。
「旦那様、これが蕎麦の実です」
次に向かったのは農場。
紹介を受けたのが新種の作物の蕎麦。
前世で食べたことはあるけど、植物として見るのは初めてだ。
「これって何が良いの?」
「年に3回収穫ができるそうです」
「……3回!? 飢饉対策にとても良いね!」
「ただ、食べ方が難しいですね。良い食べ方がありません」
……よっしゃ、初めて転生者としてのメリット来たる。
やはり、こういうことが多少は無いとね。
「旦那様、何をニマニマしてるんです?」
「……いや、何でもない」
蕎麦きりを作ろう。
出汁は川魚を干すとして……。
問題は醤油だな。
大豆を煮て発酵させるんだよね。
とりあえずは、魔法で安全に発酵させよう。
「旦那様、魚を生でお食べになるんで!?」
次に訪れたのは、川の漁場。
管理人はルドルフの所から雇ったリザードマンだ。
「ああ、食べたい」
「寄生虫に内臓をやられますぞ」
「いや、一度魔法で冷凍したら防げるんだよ!」
「おお! 流石はバンパイアロードを倒しただけはありますな!」
うんうんと頷く、漁場管理主任のリザードマン。
……いやいや、全くバンパイアロード関係ないよね。
まぁ、食用事情が悪い世界だから、干し物のほうが、とりあえず需要があるんだけどね。
――最後は郊外の畑。
連作障害を避けるために、魔法で土壌調査をする。
「旦那様、この畑は次も使えますかな?」
「……ああ、ちょっとやめといた方が良いかな」
「わかりました、とりあえず3か月休ませますわ!」
「お願いしますね」
魔法で地質改良できないこともないが、膨大な魔力が必要となる。
まぁ、自然に逆らわない農法というのが、やはり基本だろうと思う。
――大麦畑にて。
「皆さん、鎌の遣い方はこうですよ!」
「は~い」
新参のゴブリンに刈り入れ指導をするのはスコットさん。
彼は鎌の遣い方にはめっぽうウルサイ。
……個人的には、刈れればなんでも良いじゃないかと思うんだが、これが彼の唯一のこだわりだから黙っておく。
最後は、猟場だ。
主に弓を使って獲物をとるのだ。
この世界では、羊は飼っているが、牛や豚の畜養はさほど行っていない。
よって、狩りは肉をえる主要な手段だった。
「旦那様、新しい猪用の罠でございます!」
「……へぇ」
狩猟担当のオークに、大きな籠のような罠を見せて貰う。
罠さえあれば、非力な者でも獲物が獲れる。
職業の汎用性は領内の豊かさに繋がる。
一部の技術者にしかできない仕事は、できるだけなくしていくべきだった。
「仕上げは必要なのはどのくらいいる?」
「今のところ、冷暗所に保管してある3匹分です」
オークに連れられて、冷暗所に向かう。
保管されていた猪肉に、筋肉繊維分解の闇魔法を掛けた。
こうすると、程よく熟成されていい肉になるのだ。
……たくさん実験した効能である。
「OKです!」
「じゃあ、2頭分は解体して領内で、1頭分は丸ごと行商人に売り払いますね!」
「了解です!」
暗黒精霊デス・サイズを苦労して支配し、スコットさんに厳しい教えを乞うた闇魔法は、主に精肉加工にその力を発揮していた。
誰にでもできることではないだろう。
……まさに匠の技だ、ごめん大嘘。
それはさておき、我が領内のお肉は柔らかくて美味しいと、王都パウルスの貴族にも大人気だそうな。
……いずれは、ブランド化してガッポリ稼ぎたいね。
その後、シカ肉の処理と野鳥肉の処理を施し、古城に帰る。
まぁ、私でないとできない仕事は、この肉処理くらいのものである。
☆★☆★☆
「旦那様、これが先日の行商人の分です」
「はいはい」
古城に帰ると事務作業だ。
城下では商取引に税金は課さないが、領境の関所で関税を課していた。
税金が欲しいというより、何がもたらされ、何が出ていくかを調査するためだ。
この古城の城下町に来るには、モンスターが湧く森を通る必要がある。
よって、やって来る商人は少なく、流通量も大したことは無い。
……が、この城下町が大きくなれば、いずれ事務員を雇う必要が出てくるだろう。
しかし、意外なことに、この関税というのは儲かる。
歴史上の偉人が関所撤廃をしたと歴史の本にあったが、絶対に撤廃したくなくなるほどの儲けだったのだ。
「旦那様、お客様ですよ!」
お客様の様だ。
ちなみに新しい秘書は、女性のバンパイアだ。
パール伯爵の屋敷から連れてきた。
今回の客人は、なんと空からやってきたのだった。