「お主、名を何という?」
奇妙にも剣が話し掛けてくる。
前世であったら、まさに驚愕モノだ。
「ガウといいます……」
伯爵との死闘が終わり、興奮と緊張によるアドレナリンが引き、肩の痛みに引き攣りながら答える。
「ガウというのか……、我の名は魔剣イスカンダル。これから良しなに頼むぞ!」
「は、はぁ……」
そう返事をすると、剣の表面に浮かんでいた顔がふっと消えた。
伯爵の遺体から鞘を探し、有難く頂戴する。
「ふあああ! 良く寝た。終わりましたかな?」
どこからともなく、スコットさんが現れる。
「終わったよ!」
そう告げると、彼がニッと笑うので笑い返した。
死霊と巨人のほほ笑み合いなど、他人からしたら気持ち悪いだけかもしれないが、我々としては最高の瞬間だった。
「お外が大変ポコ!」
「え!?」
ポココが騒ぐので、外に出て様子を見る。
「!?」
そこには、ゾンビやら骸骨剣士やらワーウルフやら、夜を主体に活動するモンスターが一斉に私に敬意を示してきた。
「「「我が王よ……」」」
伯爵に変わり私が主人になったようだ。
私は彼らに一通り手を振り応えると、ドラゴに跨り、古城への帰路についたのだった。
☆★☆★☆
帰りは傷が痛むのもあり、ある程度のんびりと進む。
「旦那様も立派なドラゴンナイトになりましたな!」
「あはは、今だけかもね」
スコットさんにドラゴンナイトと言われ、悪い気はしない。
前世でドラゴンナイトと言えば、超一握りの英雄のイメージがある。
……まぁ、死霊連れの血まみれ巨人なので、ブラッディナイトといったほうが近いかもしれないが。
「……しかし、旦那様のマントも深紅に染まりましたな?」
「ああ、そうだね」
自分の血は蒼いので、多分伯爵の血とかだろう。
バンパイアロードの血で染まったマントとか、なんだか少しカッコいい気もする。
「しかし旦那様、纏わる闘気がお替わりになりましたな? 何か変わったことをなさいましたか?」
……そう聞かれてもなぁ、何かしたっけ?
「ああ、そうそう、伯爵の心の臓たべちゃった」
「なんですと?」
「やめた方が良かった?」
「……いや、わかりませんが、それで皆に新しい主人と勘違いされたのかもしれませんな」
そんなことを呑気に言いながら街道を進む。
……あとで知ったが、魔族の世界では、不死身の英雄パール伯爵が新参者に倒されたと大層な噂になったらしかった。
☆★☆★☆
「ただいまぁ」
「お帰り!」
……というか、既にマリーは水晶から無事に解放されていた。
マリーたちは血色も良さそうだ。
出血による貧血なせいで、私の方が、若干顔色が悪かったかもしれない。
多分、黒騎士エドワードは、自分とパール伯爵の戦いを遠目で見ていたのかもしれないと思った。
「隊長、囚われの身となり申し訳ないです……」
マリーと一緒に捕まっていたジークルーンが、申し訳なさそうに謝る。
「気にするなって!」
……と、私より早く言ったのは、盾のデルモンドだった。
こいつは、本当に私のことを主だと思っているのだろうかと、いつも悩む。
「皆さま、お初にお目にかかります!」
聞きなれない声に、マリーたちが驚く。
魔剣イスカンダルが、自ら鞘から出てきて自己紹介した。
「……ガウ、この人誰?」
「ええと、さっき戦ってきたバンパイアロードさんの持ち物」
マリーは魔剣イスカンダルをしげしげと見つめる。
「しゃべる剣! これは高く売れそうね!」
「えー、勘弁してくださいよ!」
久しぶりに目が$マークになったマリーに、いきなり凹まされた魔剣イスカンダルだった。
そう、マリーに逆らったら売られかねない。
ひょっとすると、私でさえ。
……なんだか、そんな少し怖いことを思ってしまった一幕だった。
☆★☆★☆
久々に古城で風呂を沸かし、お湯を被る。
もう血やら汗やらで、ぐちゃぐちゃだ。
この世界には、お湯につかるという発想の風呂は無い。
だいたいがサウナ風呂だ。
しかし、ここには湯船につかれるタイプのお風呂を作っていた。
前世の記憶があればこそである。
「ぽここ~♪」
ポココが楽しそうに湯船で犬かきをする。
「ガウ、眼をつむってね!」
私はマリーに頭を洗って貰っていた。
湯気がもうもうと上がる景色。
幸せである。
――バシャーン
巨人の私が湯船に入ると、お湯が大量に溢れた。
お湯が貴重なこの世界では、かなり勿体ない行為でもある。
「……ぽここ!?」
湯船で温まった後。
洗われるのを嫌がるポココを捕まえて、ごしごしと洗う。
たまに洗わないと、フカフカの毛並みが維持できないのだ。
――バシャーン
「……ぽこ」
一通り洗った後のポココはとても不機嫌だった……。
☆★☆★☆
お風呂から上がったあと、晩御飯にする。
一応は戦勝パーティーということで、ご馳走が出る。
今回のメインシェフは、ルカニだそうだ。
「ぷは~♪」
冷えたエールが旨い。
まさにこの為に生きているって感じだ。
「お待たせです!」
「ぽここ~♪」
緑が映えるサラダのあとに、湯気が立ち上る子羊肉のシチューがお目見えする。
疲れていたのもあって、鍋3杯分もお替りしてしまった私であった。
お腹いっぱいになって、ベッドに潜り込む。
「助けてくれてありがとう……」
寝る前に耳元で、そんなマリーの泣きそうな小さな声を聞いた気がする。
しかし、とても疲れていて、極度の眠気に押しつぶされた幸せな夜だった。