――お天気が良い昼下がり。
「じゃあ、ガウ、お留守番頼むね~♪」
「はーい!」
マリーとジークルーンは、王都に前回の戦利品を売りに行く。
今回、ドラゴはお休みで、荷物運びは借りてきたロバが3頭だ。
お昼、マリーがいないので、食事当番は私。
適当に野菜を鍋に放り込み、猪の肉をシチューにして煮込む。
「カエルの肉もいれてポコ!」
「いや、それは勘弁して……」
――その後。
久々に、弓の鍛錬を兼ねて、イノシシ狩りに興じた。
「ぽこここ!」
「旦那様、イノシシが出てきましたぞ!」
ポココが追い立てた猪を、私が弓で仕留める。
実は、ポココが咆えても、あまりイノシシがビックリしなかったというのは内緒である。
☆★☆★☆
――2週間後の夕方。
「マリー様のお帰りが遅いですな」
「そうだね」
「遅いポコ!」
今日はマリーたちが、王都より帰って来る予定の日だった。
ポココは美味しいお土産を目当てに、落ち着かない。
……が、代わりに現れたのは、全身漆黒の鎧に包まれた人物だった。
「ここがベルンシュタイン卿のお屋敷でよろしいですかな?」
「……ええ。で、貴方は?」
古城周りの集落の入り口で、オーク族のバルガスが応じる。
「拙者、魔将ラムザ様の騎士長、エドワードと申す!」
「……ラ、ラムザ! ラムザ殿の?? ……ま、まぁ、お入りください!」
慌てて、バルガスが古城に案内する。
私達は、遠目の水晶玉でそれを眺めていた。
「凄そうなのが来たポコね!」
「旦那様! 相手は何用でしょうか?」
「……さあ?」
こっちが探しているのは確かだが、先方様がコチラに用があるとは思えなかった。
☆★☆★☆
「ベルンシュタイン伯爵、はじめてお目にかかります! 魔将ラムザが名代、エドワードにございます!」
「遠いところからようこそ! ……で、ご用件は?」
「実はですな、ベルンシュタイン殿が傭兵をやっているとお聞きいたしまして……」
騎士長エドワードは、羊皮紙でできた地図を広げる。
遥か南方、ズン王国内の地図だった。
「この険しい山の山頂の屋敷にいる、パール伯爵を討ち取ってほしいのです!」
「報奨金の前金は、ミスリル黒銀貨で50枚。成功後にもう50枚ということで……」
黒光りする、ミスリル銀の銀貨が机に置かれる。
……正直、初めて見る。
金貨の100倍の値打ちがあると言われるミスリル貨幣だった。
「うーん、パール伯爵って何者なの?」
「我が魔王アトラス様に立てつく、バンパイアロードです!」
「!?」
「バンパイアロードですと!?」
お茶を運んできたスコットさんも驚く。
無理もない、バンパイアロードとは、沢山の吸血鬼たちを束ねる最上級位クラスの魔族だったのだ。
人間界の感覚では、半ば伝説に近い存在だ。
「……いや、そんな強い相手は厳しいかな?」
「いやいや、貴公ベルンシュタイン伯爵も、近接戦ではもはや魔族でも随一との噂にございますぞ!」
やたらと褒めてはくれるが、エドワードは鉄仮面の兜をかぶったままなので、表情は見えない。
「悪いけど、仲間を危険に晒したくない……、また今度で……」
「それは困りますな!」
急にエドワードの声が低くなる。
そして、黒騎士は小さな水晶玉を取り出した。
「これをご覧ください!」
「!?」
小さな水晶玉を覗き込むと、中にはマリーとジークルーンがいた。
魔法でこの水晶に閉じ込められているのだ。
……くそっ、謀られた!
「貴様! 何がしたい?」
こちらも声が低くならざるを得ない。
「コリオの町の戦いでは、こちらがお世話になり申した! 是非今回は、我らにお味方願いたい!」
「宿敵パール伯爵を討ち取って頂けたら、必ずこのお二人は無事にお返しいたす!」
……ああ、コリオの町の奪還は、結果的に、この黒騎士に迷惑をかけたのだろう。
この黒騎士を今ここで倒したとしても、マリーやジークルーンが無事に帰って来る保証はなかった。
「やむをえぬ! その依頼を受けてやる! しかし、約束を違えたら、貴様を八つ裂きにするぞ!」
「ご協力感謝いたしまする!」
黒騎士は、床に跪いて謝意を表してくる。
きっとこいつは約束を違えないだろう。
この鎧の中身は魔族だろうが、信用に値する風格と、誇り高い雰囲気があった。
……まぁ、人質をとられたのだ。
やるしかあるまい。
例え相手が、伝説の魔王であろうともな。
☆★☆★☆
「バルガス、ルカニ。留守を頼む!」
「「はっ! ご武運を!」」
――クゥン
「……ドラゴよ、そう心配するな! 必ずマリーを助けてやる!」
ドラゴは今回、初めてその背中に私を乗せてくれるらしい。
マリーの鞍を外し、巨人の姿でも使える丈夫な鞍に交換する。
マリーが作ってくれた、襤褸のつなぎのマントを羽織り、喋る盾を背中に担ぐ。
いつもの愛用のかばんには、スコットさんを詰め込んだ。
「ぽここ~!」
ポココが飛び乗って来る。
いつものメンバーに少し足りないのが寂しい。
……が、行くしかあるまい。
「はいやぁ!」
ドラゴに走れと合図する。
と共に、ドラゴが今まで見たことのない速度で駆ける。
巨人の体だったので、如何に龍族のドラゴが激しく疾駆しようとも大丈夫だった。
ドラゴは私を乗せ、山も川も森も、まるで平坦な草原を駆け抜けるように走った。
……その甲斐もあり、僅か3日で国境を越え、さらに2日でパール伯爵が住む山の麓までくることが出来たのだった。