「司令官代理殿!」
「おう、なんだ!?」
俺様の名は、ラムザ。
日々功を立てて、いまやこのマッシュ要塞の司令官代理だ。
「南側の城壁の補修工事ですが、あと3日で完了は難しそうです。あと2週間ほど頂ければ……」
ペコペコと工事担当者の下級貴族が頭を下げてくる。
「何を言ってやがんだ! この無能! ぺっ」
「奴隷と農民を寝がさずに働かせるんだよ、このボケェ!」
「はっ!」
工事担当者の下級貴族に、唾を吐きかけてやった。
平民上がりの俺様に、悔しそうな顔……、いい気味だ。
……やはり、出世はいいもんだ。
このためにこそ、俺様の才能と努力はあるってもんだぜ。
「……ら、ラムザ殿、あまりに過酷だと、民衆の反乱を招きませんかな?」
無能で有名な上流貴族の司令官様が、心配そうに後ろから助言してくれる。
「いえいえ、閣下におかれましては、何もご心配なさいますな」
「全て、このラムザめに、お任せあれ!」
「そうか、では、よきにはからえ!」
「ははっ!」
――1か月後。
この無能の左遷が決まり、俺様が司令官となった。
☆★☆★☆
「司令官殿! 敵影です!」
下級参謀が部屋に入って来る。
我が方の斥候が、敵を見つけてきたようだった。
「おおそうか、王都に至急伝令を出せ!」
「はっ!」
王都からの援軍が来るまで、この要塞を持ちこたえることが、ここでの俺様の仕事だった。
敵方であるズン王国の領域は、ここより南側に広がる。
よって、きまって敵は南側から現れるのが、通例となっていた。
「敵影、約500名の騎兵です!」
「……よし、投石器部隊に射撃を命じろ!」
「はっ!」
下士官が旗で射撃命令を伝える。
城壁の上で投石器がしなり、大きな石を次々に敵騎兵に投げつける。
「敵騎兵、離脱!」
「騎兵の背後から歩兵部隊。数、約3000!」
「弓兵と魔法使いに迎撃させよ!」
「はっ!」
――数時間の戦いの後。
敵は算を乱して潰走し、マッシュ要塞での俺様の初陣は勝利を飾った。
戦勝の席にて。
「あはは、司令官殿! このままいけば、次はご領主様ですな!」
「……ああ、そうかもな」
次々に戦功を立てれば、次は城持ちの貴族様への出世も見えてくる。
城の壁は白亜の大理石が良いかな、と夢が広がりやがる……。
しかし、俺様は酒を控えめにしていた。
昼間の敵の攻勢が、やけに生ぬるかったからだ……。
「司令官殿! 夜襲の様ですぞ!」
「……きたか、迎え撃つぞ!」
「はっ!」
……予想通りだった。
ズン王国軍もそろって単純な奴らだ。
……くくく、これで俺様の勲章がまた増えるな。
俺様は笑いながら、城壁の一段高いところにある塔に登る。
「夜の闇を照らすよう、魔法使い達に伝えよ!」
「はっ!」
空高くに、辺りを真っ赤に照らしだす、火の魔法が上がる。
「!?」
……闇から浮かび上がる。
が、敵の様子がおかしい。
やはり、人間では無いな。
魔物を戦に使うことは、よくあることだったのだ。
土煙の下から、盾と剣を構えた2足歩行の爬虫類が、整然と列をなして行軍してくる。
「……これはおかしいぞ?」
「いやいや、司令官殿。ただのリザードマンではありませんか?」
……そうじゃない。
小型下級龍族のリザードマンが怖いんじゃない。
怖いのは、奴等が整然と進んでくることだった。
人間が魔物を使役すると、もっと雑な感じになるはずだったのだ。
「司令官殿! 敵歩兵の後ろ側に、きょ、巨影が!!」
遠眼鏡を覗く下士官が騒ぐ方向を見る。
100mもありそうな巨塔のようなものが、土煙を上げて歩いてくるのが見えた。
「……こ、これは、古代竜族!?」
初めて見る巨竜だった。
……というか、今生きている人間は、書物の中でしか見たことがない魔物だったのだ。
「司令官殿! どういたしましょう!?」
「全軍を撤退致しますか?」
「馬鹿かお前! 逃げるなんて選択ある訳ないだろ!」
若い下士官を励ます。
……な~んてな。
俺様だけが逃げるんだよ、このボケェ。
俺様は司令官用の貴賓室に戻ると、運べそうな分量の宝石と金貨を漁る。
「……地獄の沙汰も、金次第ってな。くくく!」
「いい心がけだな」
俺様の後ろから、腹の底に響きそうな低い声が響く。
大男!?
……いや、女とも思えるような不思議な音色だった。
振り返ると、そこにいたのは、羊の角が生えた麗人の様な魔物だった。
「お、お前はだれだ?」
まだ、城門は突破されていないはず。
一体、どこから現れやがった?
「何を怯えているのだ?」
「……」
確かに俺様は怯えていた。
何故ならこの要塞には、魔法使いの侵入を阻むために、強力な結界が張られているのだ。
……しかし、こいつの気配は明らかに魔法使い。
つまり、結界をものともしない、人知を超えるほどの強力な魔法使いだったのだ。
怯えながら振り返ったときには、俺様の頭は胴から音もなく切り離され、床の上を転がっていたのだった。
……く、くそう。
俺様はここで死ぬのか……。
「人間にしては、素晴らしい闇を感じるな、貴様名を名乗れ!」
……我が名はラムザ。
力にて人間の王を目指す者。
心の声にて答える。
「ほう……、よき心がけじゃ」
「……よし、貴様に2度めの命を授けてやろう!」
……不思議なことに、地面にころがる俺様の頭から、徐々に体が生える。
気が付いたころには5体満足な体に戻っていたのだ。
「ラムザとやら、我が僕として再び生きよ! そして人間を滅ぼすのじゃ!」
「……ははっ、御意のままに!」
俺は再び生を受けた。
魔物の体を得て。
魔王アトラスの僕として……。
……魔王アトラスの参謀、魔将ラムザの誕生だった。
――その翌朝。
ズン王朝は滅び、代わりに王として、魔王アトラスが君臨したことが、シャルンホルスト大盆地全土に伝わった。
マッシュ要塞以南は、かくして魔族の治める地となったのだ。